※予後には個人差があります

古柳幽

あとは自己責任で

 あそこか、行くのはやめといた方がいいと思うけど。前に話したところだろ。街はずれの、人が住んでなくて誰が管理してるか分かんない以外は普通の家。庭がぼーぼーになってるくらいで建物は綺麗。鍵全開だから入ってくださいって感じになってる。そんで因縁の候補が何個かあるやつ。

 

 まあね、俺が言えたことじゃない。それはごもっとも。お前に話したのも俺、そんでもって神谷に教えたのも俺。さらに話した後は自分も行った。明らかに止められる立場じゃないよな、それは分かってる。


 いやでも止める立場でもあると思うんだよな、俺。信じてもらえるかはさ、はっきり言って無理に等しい気がするけど。


 二人が行きたいって言うのも仕方ないとは思うよ、夏だもん。せっかくの夏休みのさ、地元に帰るでもなし、そこまで金に余裕があるわけでもないけど時間だけはたっぷりある大学生がやれる楽しいことったら、やっぱ肝試しは候補に入る。俺もそう。気軽に行けるわりにそれなりの緊張感が味わえるし、休み明けの話題としてはもってこいだし。季節感があって、その上怖い場所に行ったっていう若気の至りのデカい顔ができる。後輩にも喋れるしな。家でホラー映画見るのとじゃ大違いだ。お前のことを貶してるわけじゃない、当然だから仕方ないって話だよ。何もないならお得だよ。ちょっと怖い思いすればあとで色々喋れるもん。

 

 それでもさ、やっぱやめない?いや……無理には止めないよ、行きたいんだったら行けば良い。俺が止めたって、お前がやるって決めたら俺にはどうしようもないからね。ただサークルが一緒で飲んだり遊んだり、それなりに仲良くしてるつもりの先輩ってだけだもん、お前からしてどれだけ信用あるか知らない。だから俺は忠告するけど、お前が行くかは自由。好きにしな。


 でもさあ、他にもあるじゃん。ただの廃墟ってならなんかほら、ここって都心でもないし、空き家になって放置されてるとこって歩いてたらまあまあある。一応デカめに見れば人はたくさん居るけど、減ってるからね。うちの伯父さんちも死んでから放置だ……どうなったんだっけな、忘れた。生活感残ってるけど確実に人が住んでないとこってだいたい不気味だよな、一回行ったらお化け屋敷感覚だった。


 それに怖いやつったら……あっちの商店街の裏手にそれっぽい店舗兼住宅の空き家があるし、ちょっと山登れば用途不明な四角い建物もあんじゃん。おばけの出る因縁みたいな話もあるけど……聞きたい?俺は嫌、喋りたくない。だってあそこので懲りたから。面白半分で茶化しながら話したのが本当だったって、一番恰好つかないし、痛い目見たし。懲り懲りなんだよ、そういう話。聞く分には楽しいけどさあ、責任が伴うのは別じゃん。自分で決めて行ったくせにこっちの責任にされても困るけど。行って確かめたくもないしね、もう信憑性の低い話はしないよ……どんだけできるかわかんないな、この宣言。


 というか一年以上前に喋ったのを覚えてるなんて思わなかったよ、あれだろ、春だったね、お前一年の。新歓のときだな、サークルのメンツがそれなりに集まったとき。集められたのは良いものの結局暇で仕方なかったときだ。初対面のくせに怖い話しろってお前が言うから先輩からの受け売りで話したんだっけな。先輩も聞いただけだったんだ、だから先輩の先輩の話だった。


 俺としてはさ、可愛い後輩には痛い思いしてほしくないってわけ。やっぱ仲いいやつは贔屓したいのよ。……嫌いなやつだったら進んで話すよ。だって嫌なやつに多少興味を引きそうな信憑性に欠ける話しただけで痛い目見てくれるんだったら安上がりじゃん?こっちの責任だって言われても。お前に話したのは俺が行く前だったからさ、そこは許してほしい。なにがって、好奇心を掻き立てたのが?楽しいこと呈示しておいてお預けってさ、そこそこ苦痛じゃん。


 うん、どうしてもって言うなら別にね、行ったらいいよ。おはようからおやすみまで見守ってられるわけじゃないし。でもそのかわり、あとは自己責任ね。俺は止めたよ。まあさ……なにもない可能性だって多分にあるし。むしろその可能性の方が高い。俺の同期はだいたい無傷で帰ってきたからね。


 万が一遭ってもどうにかなることもある……予後には個人差があるけど。


 ……知らない?他の奴に聞いてると思ったんだけど。そこそこ有名だし。まあそうだよな、あんまり現実味の無いやつ聞いたって作り話だって片づけるもんな。俺もそうだったよ、行くまでは。食われました痛い目見ました二度としませんみたいなやつより、行ったけど雰囲気だけでなにもありませんでしたみたいな話の方が信憑性がある、その通り。おばけなんか怖がってもまともに信じてるヤツがどんだけいるかって話だね。


 あそこね、行ったやつがたまになにかしら取られるんだよ。……違う。持ち物……なら良いんだけどね。俺の先輩が――俺より一足先に行った先輩は、爪だった。


 春頃だったかな、新学期始まって早々にね、行ったんだって。新歓の後だよ。馬鹿だよな、暇じゃねえじゃんって、まあ単位既に足りてなかったから逆に余裕あったのかも。ああそう……前島先輩ね、覚えてる?一時包帯してたの。爪がね、片手全部持ってかれてた。しかも利き手。拷問受けてきたのかって笑ったら、真面目な顔して食われたんだって言った。結局また生えてきてたけど、明らか生活に支障が出てたね。いきなり左手で箸持てって言われてできる?お前。俺は無理だった。どう動かしたらいいのか頭ではわかってるはずなのにダメなんだよな。あとペン握れないパソコン弄れないのは大学生として致命的だよ。バイクも痛くてまともに乗れないから拗ねてたな。多分そっちの方がダメージかなりデカかった気がする。しばらくそんな調子でさ、先輩痛そうだったけど、今思えば爪ってわりかし良い方だったと思うんだよね。その他がさ、一時期不便になるとかの程度じゃないから。


 俺が他に聞いたのはね、まずは指。指一本、根元から丸々。それから足首から下に、腕捥がれた奴も居た。もう卒業したってか、退学したやつらばっからしい。素行不良もあったらしいけどさあ、決定打はそれだって。まあ生きていくのにそこそこ関わるものをいきなり取られたらにっちもさっちもいかなくなる。指はなんとかなるにしても他は少なくとも休学はするレベルだからな。


 あとはねえ、内臓抜かれた奴も居た。先輩の友達。これはどれだか知らないけど……何、そりゃね、死んだよ。

 

 帰れないもん、内臓抜かれたら。体動かないだろうよ、どう考えてもさ。あとで見てみたらそれだけ綺麗になくなってたってね、明らかに人間業じゃない。それで一時期緘口令みたいなのがあったんだよね。まあ今じゃ誰も気にしてないけど。当時も真に受けてた奴は少なかった。その人の友達も信じてなかったってんだから、薄情だよなあって感じだけどさ、仕方ない気もするよね。最近はそこまで派手に持ってかれてないってのもある。大学で広まる噂なんてそんなもんだ。


 なんだったかなあ、髪切られたとか、そこそこ皮膚剝がされたとか。嫌がらせかどっかひっかけたかとか、最近のはそんな感じしか聞かない。そんなんコケて思いっきり行ったんだろって、気にするとこは破傷風あたりだろ。ちゃんと病院は行っとけよくらいでさ、おばけが出るなんて信じられない。そうだろ?


 先輩の先輩が肝試しの定番になってる家で内臓抜かれて死んでるのが発見されましたって言われて、真面目な顔して言われてもどれだけが信じる?俺も聞かされたときは冗談だと思ったよ。今はね、あり得るだろうなって、それくらいはあるなって……。


 それにさ、同じ時期……まあやっぱり流行る夏だよ、夏休み期間にさ、行くやつが多くって。だいたい年によって変わるんだよ、取られるもんが。同じ年に持ってかれたっていう奴、だいたい同じとこ取られてんの。内臓のときはさ……死体が出たから一応警察居たりで肝試しって雰囲気じゃなかったからな、他に死んだ奴は居なかったと思う。他はね、だいたい連れだって行くやつとか、同じように怪我して帰ってくる。


 ああいうのにも流行りとかあんのかね、なんていうの、飽き性な蒐集癖?いるじゃん、一時興味持った奴に執心したと思って、気づいたら別のものにお熱なやつ。あんまりさあ、取ってどうするみたいなのなさそうなんだよね、体験談として。欲しいから実力行使する、飽きたら別のものを取る、みたいな。そうなるとなんか親近感湧くよね、俺もそんな感じだし……迷惑の度合いで考えたらよっぽどマシだけど。


 まあ行った奴全員ってわけじゃないからさ、ロシアンルーレットみたいなもん。危険を承知で行くなら英雄か馬鹿の二択だからね、それは任せる。俺はおすすめしない、それだけね。


 というか出るのってどれなんだろうな、一家心中がどうとか、強盗がどうとか、そんなんじゃん。なんでこう、趣味みたいなことしてんだろ。強盗ならまあ、持ってくってのもわかるけどさ……違う気がするんだよね。もっとこう、化物みたいな、人間でなくってさ……。


 俺?ああ……うん、行った。そんでねえ、なんか見てね、持ってかれたよ。やっぱりね、肝試しなんかするもんじゃないんだよ。なんとなく見当はつくだろ、いきなり眼帯なんかしてたらさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

※予後には個人差があります 古柳幽 @Kasukana_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説