僕の師匠は③
師匠を見つけてから、どれだけ時間が経っただろうか。
それすらも分からない。
夕日はとうの昔に沈みきった。
いつもは見守ってくれるはずの月も無情に通り過ぎ、いつの間にやら朝日が昇っている。
師匠は目を閉じたまま。呼吸も聞こえない。
僕は師匠の上半身を抱きしめて、ただ涙で滲んでぼやけた世界をぼんやりと眺めていた。
黒の厄災は消えた。
魔物はいなくなった。
けれど、師匠がいない世界にどれほどの価値があるだろう。
師匠がいないなら、僕に生きている意味なんてあるわけが無い。
彼女が僕の世界のすべてだったのだから。
「お前……そんなところで何やってるんだ?」
ふとかけられた声に、緩やかに視線を上げる。
そこに居たのは、白衣に丸メガネをかけたガタイのいい少年だった。
若くして黒の厄災の研究をしているというその少年の名は、ヴィクターというらしい。彼に助けられた僕は、しばらくの間共に暮らすことになった。
数年後、昼夜問わずに研究三昧、気づけば部屋で行き倒れているヴィクターの有様に耐えかねて、僕は独立するのだけれど……。
それはともかくとして、ある程度気持ちが落ち着いたあと、僕は探すことにしたのだ。
師匠を目覚めさせる方法を。
世間では、師匠は黒の厄災と相打ちになって命を落とした英雄とされている。
師匠が英雄であることは確かだ。
だけれど僕は、師匠は死んでいないと信じていた。
なぜなら、数ヶ月たっても師匠の体は一向に腐敗が始まらないし、美しいままだからだ。
師匠が眠って数ヶ月後。僕は英雄である師匠の代わりとして、国王陛下より一代限りの士爵位をたまわった。
だけど、身分や地位なんて、僕にはどうでもよかった。
この地位は本来師匠が貰うべきものだし、師匠がいない世界に意味なんてない。
村や王都に残っていた文献を調べ漁り、そうして僕はようやく、師匠が仮死状態なのではないかという結論にたどり着いた。
基本的に、魔力は魔女・魔法使いの体内で生成される。
生成が追いつかずに魔法を使った場合は、いわゆる魔力不足を起こし意識を失ってしまうことがままある。しかしただの魔力不足であれば、そのうちに体内で魔力が生成され回復する。
師匠の場合は、おそらく魔力を生成する器官が壊れてしまったのだろう。
――だったら僕が、師匠を救えばいい。
僕は残された文献に記された方法を片っ端から試してみることにした。
僕の魔力なんて、いくらでも師匠に注ごう。
何年、何十年かかろうとも、師匠を目覚めさせる。
そして僕は、師匠に伝えるのだ。
ずっと変わらず、僕は師匠を……リラさんを愛しているのだと。
◇◇◇◇◇◇
「……ル、エミル」
「……ん」
誰かに、優しく体を揺さぶられている気配がする。
そっと目を開ければ、心配そうな瞳で僕の顔をのぞきこんでくるリラさんがいた。
「エミル、うなされていたみたいだけど大丈夫?」
「……ええ、大丈夫です。少し……夢を見ていただけです」
どうやら僕は、夢を見ていたらしい。
酷く長い夢だった。
リラさんへの恋心を自覚して、ひとりぼっちになって、そしてリラさんを救うことを決意した時の夢。
師匠がいなくなってからの日々は、まるで光を失った暗闇の中で生活し続けるかのようだった。
そんな過去を夢で見てしまったのだから、うなされるのも納得だ。
「悪夢でも見たの? そんなのケーキでも食べて忘れちゃえばいいわ」
リラさんは明るい声でそう言うと、一切れのパウンドケーキがのった皿を僕の前へ置いた。
僕が寝ている間に、ケーキは無事に完成したらしい。
人食いベリーが中に混ぜられたそのケーキは、甘くて優しい匂いを放っていた。
とても、懐かしい匂いだ。
あんな夢を見たせいもあってか、なぜだか無性に泣きたくなる。
「……美味しいです」
幼い僕が、何度も作って欲しいとおねだりするほど好きだった人食いベリーのケーキ。
一口食べたそれは、以前と変わらず優しい味だった。
僕は涙を堪えて、向いに座るリラさんへ微笑みを向けた。
「あなたが目覚めてくれて、本当に良かった」
これも、夢なのだろうか。
夢ならば、一生覚めないで欲しいと思えるくらいの幸福が僕の身を包んでいた。
くすんでいた毎日だったのに、リラさんがいるだけで僕の世界は色を取り戻す。
「リラさん。僕はあなたが大好きです」
僕は、リラさんがいるだけで幸せだ。
――――――
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。中編版は一旦ここで完結となります。
今後のこの作品の予定等は、近況ノートに記しております。
今後の長編版へ活かしていきたいので、良ければ♡や☆など、ご意見ご感想をお聞かせいただければ幸いですm(_ _)m
こちら救世の魔女です。成長した弟子が私のウェディングドレスをつくっているなんて聞いていません。 雨宮羽那 @amamiya_hana_
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