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駅まで、商店街を歩く。誰も歩いていない。シャッターの降りた店、シャッターの壊れた店。細々と営業を続けているコンビニの店先に、なぜかポリバケツが山積みで売られている。デタラメな流通でも、まだ機能しているのが不思議だ。
鉄道もまた、実直な鉄道マンや熱心な鉄道ファンのお陰で、かろうじて細々と動いていた。駅の自動券売機はすべて止まっていて、改札には鉄道ファンらしい中学生くらいの少年がいた。
「乗るの?」、少年は首を傾げてちょっと考えた。「切符は買わなくていいよ、別に。社員の人も、もうどうでもいいみたいだもん。ホームで待ってて。もうすぐ伊藤さんのキハ54が来ると思う」
「ありがとう」
十五分ほどで、一両だけのディーゼルカーが来た。乗客はぼくひとり。座席はほとんどが外れ、衣服や食器が床に散らばっていた。
車窓からは、走る車や歩く人が時々見えた。火事なのか、炊事の火か、赤く照らされた雪の街のところどころから煙が立ちのぼっていた。
初老の運転手に頼んで、朋子の家の近くで止めてもらい、開いたドアから砂利の上に飛び降りた。
朋子の街には比較的人が多かった。どこからか東京音頭のメロディーが聞こえ、浴衣にコートを羽織った女性をちらほらと見かけた。
すっかり忘れていた。今はお盆なのだ。
朋子は大きすぎるダウンジャケットを着てニット帽をかぶり、アパートの外階段に座って下を向いていた。ジーンズの膝の間には金属バットが挟んである。護身用の武器なのだろう。でも彼女の小さな細い身体で、こんな物が振れるのだろうか?
ぼくが来たのに気付いていないのか、朋子はそのままじっとしていた。
ぼくは何分間か彼女の姿を眺めてから、そっと声をかけた。
「朋子ちゃん」
朋子はやつれた顔を上げた。額と頬にかすり傷があったけど、朋子の顔だった。ぼくが好きな、あの朋子ちゃんの。
「朋子ちゃん、元気だった?」
「ごめんね」と、かすれた声で朋子は言った。「ごめんね、高村くん」
「隣、座っていい?」
朋子は小さくうなずき、金属バットを膝の間にはさんだまま、階段の片方に寄った。
「ありがとう、朋子ちゃん、会ってくれて」
「ごめんね。わたし、高村くんと、その………そういうこと、できないの」
「うん」僕は微笑んだ。「そうだと思った」
「ごめんね、せっかく来てくれたのに……」
「僕は、朋子ちゃんに会いたかっただけだよ」
「好きな人、いて……」
「うん。いいじゃん、まだそういう気持ちを持てるのって。やっぱり朋子ちゃんだ。そういう朋子ちゃんだから、好きなんだし」
「ありがとう」
朋子は遠くを見ていた。どんなまなざしも届かないほどの遠くを。
「ねえ朋子ちゃん、その人って……」
「いいの、もう」朋子は白い息を吐いて鼻をすすった。「もういいの、わたしは。ごめんなさい」
ぼくには分かった。きっともう、彼女の世界はもう終わっているのだ。そしてぼくにも、もう時間は必要じゃなかった。
朋子の頭がゆっくりとぼくの肩に倒れてきた。かじかんだぼくの耳に長い髪が触れる。
今だ。さあ、早く。
ぼくは祈った。
今この瞬間に。
今この瞬間に、世界が終わればいいのに。
瞬間、太陽が輝きを増したような気がした。
(了)
The happy end of the world 猫村まぬる @nkdmnr
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