第7話 ホテルマン、挨拶に行く ※一部牛島視点

 どうやってサラダを食べようか考えていると、シルは俺の鞄を漁っていた。


 何かお目当ての物があったのか、手に持って走ってきた。


「ふく! かっぷらーめんにしよ!」


 うん、やっぱりカップラーメンを食べさせるべきではなかったな。


「それは毒だぞ?」


「ううん? かっぷらーめんはせいぎのみかた!」


 それを言われたら俺は何も言えない。


 独り身の人にとっては正義の味方……いや、母親と言っても良いぐらいだ。


「食べ過ぎはダメだから、また今度にしような?」


「えー」


 シルはカップラーメンもポケットに片付けて、渋々椅子に座った。


 ひょっとして隠れて食べるつもりじゃないか?


 しばらくの間は目を光らせないといけないな。


「いただきます!」

「いただきます……」


 椅子に座ると早速サラダを食べていく。


 ドレッシングや調味料もないため、ほぼ生野菜の状態だ。


「なんかうさぎになった気分だな」


 素材の味がして美味しかったが、やはり何か物足りないような気がする。


「ぷい!」


 シルは顔を背けて俺の方を見ようとしない。


 カップラーメンのあまりの強さに俺も戸惑うばかりだ。


「カップラーメンより美味しいものを買ってくるさ!」


「ほんと?」


 シルはキラキラした目で俺を見ていた。


 その後はサラダを美味しそうに、食べていたから問題ないのだろう。


 食事を終えた俺は皿を洗い終えると、荷物を持って玄関に向かう。


「どこかにいくの?」


 シルは心配そうな顔で俺を見ていた。


 前に住んでいた人はシルに驚いてそのまま居なくなったのかな?


 どこか養護施設を出るときに見た妹や弟達を思い出してしまう。


「近所の人に挨拶をして、帰りに必要なものを買ってこようと思ってね」


 さっきシルに美味しいものを買ってくるって約束したばかりだからね。


 それにシルはシンクの中に入って料理をしていた。


 せっかくなら台を買って一緒にできた方が良いだろう。


 それに服も真っ白だからエプロンがあると良さそうだ。


 調味料とかも一通り必要そうだしな……。


「これ!」


 シルはポケットから何かを取り出した。


 手にはカップラーメンも持っている。


 お湯を入れていけってことだろうか。


 俺は受け取ろうとしたら、すぐに気づいてポケットにしまった。


「あっ、まちがえた!」


 あと少しで回収できるはずだったのにな……。


 渡されたのは白色の布にお地蔵さんの絵が描かれているお守りだった。


 綺麗に縫製して売っているものというよりは、手作りで作った感じな気がする。


 きっとシルがちゃんと帰ってくるようにと用意してくれたのかな?


「ありがとう」


 俺はポケットに入れると、荷物を持って早速車に乗り込む。



 まず初めに向かったのは、昨日挨拶した農場のおじさんだ。


 車で10分走ったところが一番の近所って、本当に何もないところだよな。


 自然豊かというのか、ほぼ山と以前畑をやっていたような跡地ぐらい。


 ここで何年も暮らしていけるのかと、少し不安になってくるが今はリフレッシュも兼ねてちょうど良いだろう。


 大きな牛舎近くに車を止めておじさんを捜す。


 牛舎の中には牛がたくさんいるが、おじさんの姿はないようだ。


「牛島さんってどこにいるかわかるか?」


 俺は近くにいる牛に声をかけてみた。


 牛も何を言っているんだというような目で俺を見てくる。


「さすがにわからな――」


「なんだ?」


「うわぁ!?」


 まさか牛が答えてくれるとは思いもしなかった。


 田舎の牛ってどこか変わっているのだろうか。


 色もよく見る黒と白の牛柄じゃなくて、真っ白な牛だからな。


「牛島さんってどこにいるかわかる?」


「くくく」


 牛も人間みたいに笑うんだな。


「牛島なら仕事だけど何かあったのか?」


「あー、引越しの挨拶でお菓子を持ってきたんですけど、よかったら渡してもらっても良いですか?」


「そうか。それならそこに置いておいてくれ」


 俺は牛の近くに持ってきた手土産を置く。


 食べられないかと心配になるが、体の色は白でもヤギではないから大丈夫だろう。


「また時間がある時に来ますね!」


『ンモォー!』


 それだけ伝えて俺は再び車に乗り込んだ。


 また帰りに寄ることにした。



 ♢



「ははは、やっぱり面白い兄ちゃんだな。花子が話すはずないのにな」


 俺が花子の乳を搾っていると、昨日急に来たやつが再びお菓子を持って挨拶にきた。


 昨日みたいに焦った様子はなかったが、今日は花子に話しかけていた。


 礼儀正しいのはわかったが変わった男のようだ。


 どこか抜けているんだろうな。


 それよりもあいつの後ろにいた子が俺には気になった。


 少し顔が青白く、黒髪で白いワンピースを着た女の子がべったりとくっついていた。


 一瞬背筋がゾクっとしたが、俺の見間違いだったかな。


 ずーっとこっちを見ていたから、あいつの子どもなんだろう。


 ひょっとしたら子どもの療養で、田舎に引っ越してきたのかもしれない。


 前に引っ越してきたやつは、俺に挨拶しに来る前にまた引っ越して行ったからな。


 まぁ、実際に来てみないと生活できるかわからないぐらい田舎だから仕方ない。


「花子はいつまであいつらがいると思う?」


 そういう俺も毎日牛達に話しかけているから、人のことは言えない。


「って花子に聞いてもわからないよな」


『ンモォー!』


 花子は少し怒っているのか、俺に頭突きをしてきた。


 ずっと一緒に生活をしているから、俺のことを理解しているのだろう。


「まぁ、残された俺達には関係ないもんな」


 別に誰が隣に引っ越して来ようが俺には関係ない。


 ただただ、俺はここである人達を待っているだけだからな。

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