第9話 ホテルマン、お金がない

「ねね! あれすごいよ!」


 インテリア用品店に行くと、シルは天井を見て喜んでいた。


「シーリングファンのことか?」


 シルはクルクルと回るシーリングファンに興味津々だ。


 あの家にはシーリングファンは付いていなかったからな。


「欲しい?」


 二階建てで吹き抜けの家にはあっても良さそうな気がする。


「んーいらないよ? ねね、あれはなに?」


 シルは単純に興味があっただけなんだろう。


 踏み台とエプロンを買いにきたつもりだが、その後も次々とあれが何かと聞いていた。


 気づいたときにはインテリア用品店に30分はいた。


 さすがにこのままではいけないと思い、欲しいものをカートに詰めて買っていく。


「合計1万2430円です」


 そこまで買ってはいないはずが、日用品も含めたら結構な値段になってしまった。


 俺は現金で支払うと、次に必要なものを買っていく。



「合計1万……」

「合計8778……」


「ふく、だいじょうぶ?」


「ああ、必要な物が多いからな」


 日用品や調味料、他にも元々仕事ばかりで私服を持っていなかった俺は必要なものを買うことにした。


 気づいた時にはカートに買ったものが山になっており、シルに心配された。


 現金も少なかったから、途中でお金を下ろしたがシルは興味津々に見ていた。


 突然お金が出てくるもんね。


 ずっと謎の妖怪がお金を吐き出したって言っていた。


 俺からしたら座敷わらしが外に出ていることの方が驚きだ。


 ただ、買い物をすることで問題があらわになってくる。


「施設への寄付をどうしようか……」


 俺は児童養護施設で育っている。


 養護施設は国や自治体からの補助金で賄われている。

 

 ただ、そのお金にも限度があり、施設の運営費や職員の人件費、子ども達の食費や日常生活費、教育費で尽きてしまう。


 わずかにお小遣いがもらえても、欲しいものはあまり買えないし、イベント毎のプレゼントもちゃんと貰えないことが多い。


 せめて誕生日やクリスマス、少しばかりのお小遣いとして――。


 そんな気持ちから、俺は自分の給料から育った養護施設に寄付をしていた。


 今までは特にお金を使うことがなかった。


 だが、仕事をしないってなるとそれもできなくなるだろう。


「ふく! あれなに?」


 でも今は自分の生活のほうが大事だろう。


 シルもやっと食べられるようになって、気になるものがたくさんあるからな。


「あれは……ラーメンだぞ?」


「らーめん!? かたちがちがう!」


 シルはフードコートに入っているラーメン屋が気になったのだろう。


 確かにカップではなく、器に入っているし具材も多いからな。


「ふく!」


 目をキラキラさせてこっちを見ているシルに、俺は優しく笑うしか選択肢はなかった。


「飯でも食べるか!」


「うん!」


 シルは初めての外食で嬉しそうに走っていく。


 ただ、俺から手が離れると、やはり体が薄くなったように感じる。


「うぉ!?」


 突然背中に衝撃が走ったと思ったら、他の人がぶつかってきた。


 幸い俺はカートを持っていたから、倒れることもなく無事だった。


「大丈夫ですか?」


「こちらこそすみません」


 ぶつかった女性はどこか不思議そうな顔をしていたが、すぐにどこかへ行ってしまった。


 そういえば、シルは――。


 俺は急いで周囲を見渡す。


 姿が薄くなるとシルが認識しにくくなるからな。


「ふく?」


 声がする方に目を向けると、シルは俺の手を握っていた。


 それだけでシルが見やすくなった。


 やっぱり手を繋いでおくのは大事だな。


「何か気になるのはあった?」


「らーめん!」


 やっぱりラーメンが好きなんだろう。


 俺は迷子にならないように、シルの手を握ってフードコートの中に入っていく。



「えーっと……」


「ふく?」


「あー、俺もフードコートに来たことがないからどうすれば良いかわからなくてな」


 とりあえず邪魔にならないところに荷物を置いたが、どうすれば良いのか戸惑っていた。


「あのー」


「はい!」


 振り返るとそこには、さっき声をかけてくれた女性店員がいた。


「どうかしましたか?」


「いやー、フードコートの利用方法がわからず……」


「へっ……!?」


 どうやら女性にも驚かれたようだ。


 フードコートって俺も聞いたことはあっても、行ったことがなかったからね。


「椅子に座ってても料理が来るわけでもなさそうですし……」


 しばらくは椅子に座って観察をしていたが、店員が来るわけでもなく、料理を運んでいる様子もなかった。


 そこで立ち上がってみたものの、戸惑っていたら声をかけられたってところだ。


「ふふふ、本当に変わった人達ですね。食べたいのはどれですか?」


「らーめん!」


 シルの声が大きく響いていた。


 少し恥ずかしそうにしていたが、女性は笑ってラーメンが売っているところに付いてきてくれた。


「今日は良いことがあったのでお二人にご馳走しますね」


「いやいや、さすがにそれは……」


「いいの?」


 シルを見て女性は嬉しそうに笑っていた。


「ええ、さっきお兄さん達に声をかけた後に昇進の話があったのよ」


「しょーしん?」


 シルは首を傾げていた。


「偉い人になるってことだな!」


「ああ! ぶらうにーだね!」


「ブラウニー?」


 今度は俺達が首を傾げる。


 ブラウニーってあのチョコレートケーキのことだろう。


 ひょっとして食べてみたいのかな?


「お客さん達注文どうするんだ?」


「らーめん!」


 ラーメン屋の店員に声をかけられると、すぐにシルが注文をしてくれた。


「ラーメン3つでお願いします」


「ここは俺が払うので――」


「気にしなくて良いですよ」


 優しい女性は本当に全てのラーメン代を支払ってくれた。


 世の中には本当に女神様のような慈悲深い人がいるんだな、と思い俺は手を合わせる。


「ありがとうございます」


 シルも同じように手を合わせていた。


 女神様に感謝です。

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