第8話 ホテルマン、存在に気づかない

 その後も近いと思われる民家に挨拶をすると、どこも住んでいるのは高齢者ばかりだった。


 誰もが若いが住むことに歓迎だった。


 田舎だから俺も若い子という扱いになるのも仕方ないのだろう。


 お礼にたくさんの野菜をもらった。


 しばらくは家の畑で収穫しなくても良さそうだな。


 挨拶が終われば後はショッピングモールに向かうだけだ。


 ただ、車を走らせている時にチラッとミラーに映る姿が気になった。


 まさかそんなことが起きるとは誰も思わないだろう。


 だって……。


「何でシルがここにいるんだ?」


「ずっといたよ?」


 後部座席にシルが座っていた。


 さっき農場に行った時や野菜をトランクに入れている時はいなかった気がする。


 座敷わらしだから姿を薄くできるのだろうか。


 まずそもそもの話だが、座敷わらしが外に出歩いて良いのか?


 いや、それよりも……。


 俺はその場で車を止めて振り返る。


「熱中症とか大丈夫か?」


「ねっちゅーしょー?」


「ああ、車の中にいただろ?」


 冬が終わり春の陽気が近づいてきている。


 少しずつ暖かくなっている車内では熱中症になる可能性も高くなる。


 ずっとエンジンをつけているわけではないからな。


「ううん? ふくといっしょだったよ?」


 どうやら俺と一緒に外に出ていたらしい。


 農場にいたのに全く気づかなかった。


「うしとおはなししてた」


 俺が牛に話しかけていたのを見られてしまったようだ。


「ここの牛は話せるってすごいよな」


「うっ……うん?」


 座敷わらしがいるぐらいだから、牛が話せるのもおかしくない。


 田舎って俺が思っているよりも異世界な感じなんだな。


「せっかくだから隣に来たらどうだ?」


 俺は荷物を助手席から後部座席に移動させる。


 ただ、その時にはすでにシルの姿はなかった。


「あれ? シルどこだ?」


「ここだよ?」


 隣を見るとすでにシルは助手席に座っていた。


 さすが座敷わらしだな。


 シートベルトを締めて早速ショッピングモールに向かう。


「ショッピングモールって行ったことある?」


「それはどこ?」


「もうそろそろ着くけど、色々なものが売っているから楽しいかもね」


 俺もショッピングモールにはあまり行ったことがない。


 養護施設にいた時は弟や妹の面倒を見ていたし、ホテルに勤めた時は仕事ばかりだったからな。


 そもそも座敷わらしって外に出かけることがあるのだろうか。


「シルはよく外にでるのか?」


「ないよ」


 やっぱり座敷わらし家にいるのが基本らしい。


 外に出られたらあそこの家にずっといなくてもいいもんな。


 ただ、なぜ今日に限って外に出ているのだろうか。


 俺に取り憑いているのだろうか。


 少し疑問に思いながらも、目の前にショッピングモールが見えてきた。


「おおきなおうちだね」


「ははは、シルには家に見えるんだね」


 土地が余っている田舎ではショッピングモールも大きい。


 家にいたシルには大きな家に見えるのだろう。


 駐車場に停めてシルとともにショッピングモールに向かう。


 ただ、周囲を見渡してもシルの姿は見えない。


 ひょっとしたら車に置いてきたのかと思い、戻ろうとしたら、服が引っ張られているような気がした。


「シルいるよ?」


「あー、ごめんごめん」


 なぜかシルの姿が家より外だと見えづらい気がする。


「迷子になるといけないから」


 俺はシルに手を差し出すと、嬉しそうに微笑んで手を掴んだ。


 すると家にいた時のように見えやすくなった。


 これって取り憑かれている状態じゃないのか?


 まぁ、迷子になって置いてきちゃうよりは良いだろう。


 ショッピングモールの座敷わらしってもはやただの幽霊になっちゃうしな。



「うおおおおおお!」

「おおおおおおお!」


 俺達はショッピングモールに入ると、たくさんあるお店に驚いた。


 周囲からの視線にいつものように戻るが、シルの目はキラキラと輝いている。


「まずはキッチンで使う台を探そうか」


 俺達はショッピングモールの中を歩いていく。


 ただ、俺とシルは何がどこに売っているのかはわからない。


 傍から見たら変な人達に見えるだろう。


 ずっとキョロキョロとしているからな。


「お客様、何かお探しでしょうか?」


 そんな俺達に店員が声をかけてくれた。


 シルは少し恥ずかしいのか俺の後ろに隠れた。


 ただ、しっかりと手は繋いでいる。


「恥ずかしがり屋のようですね」


 店員にはシルが見えているようだ。


 俺だけに見えていると思ったが、座敷わらしって比較的視覚認知がしやすいタイプの妖怪なんだろう。


 そんなことを思いながらも、欲しいものがどこにあるのか聞くことにした。


「踏み台やエプロンならインテリア用品のところに置いてありますよ」


「ありがとうございます」

「ありがとう……」


 ちゃんとシルもお礼を言えてえらいね。


 ショッピングモールの地図を貰い、俺達はお店に向かうことにした。


「なんかあの人達影が薄いな……」


 店員が何か呟いていたが、俺達の耳にはそれは聞こえなかった。

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