第14話 ホテルマン、我が家にネコがやってきた

「ちゃんと足を拭いて入ってきてね」


「「はーい」」


 ベランダにいたシルと猫又に濡れたタオルを渡して、お昼の準備をしていく。 


 って言ってもお湯を沸かすぐらいだ。


 すでにカップラーメンを食べることは決まっているからな。


 さすがにそれだけでは、体に悪いと思いサラダも用意している。


「そういえば、ケットシーさんはなんて呼ばれているの?」 


 いつのまにかシルと猫又は移動して、椅子に腰掛けて足をブラブラとさせて待っていた。


 あれだけ喧嘩していたのに仲は良いのだろう。


「オイラは誰にも呼ばれていないよ?」


「シルもよばれていなかったよ?」


 どうやら俺は普通に会話をしているが、今までの人は怖くて逃げていたのだろう。


 さすがにびっくりするもんな。


 どちらも会ったのが、昼間だったのが良かったのかもしれない。


「いや、ケットシーさんだと呼びづらくてね」


「シルはシル! ふく!」


 シルは自分と俺を指さして、猫又のに名前を伝えていた。


 なんやかんやで仲良くできそうだな。


「オイラは?」


「ケットシーだからトシさん?」


「がーん!」


 あれ? 間違えたのか?


 ケットシーは露骨に落ち込み、シルはジトっとした目で俺を見ていた。


 すぐに違う名前を考える。


「猫又だからマタさ……」


「「ジーッ」」


 明らかにそれは違うだろうという妖怪達の視線が突き刺さる。


 これこそ呪われる一歩手前……いや、取り憑かれる一歩手前ってやつか。


「シルみたいに呼びやすい……ケット……ケトとかは?」


「それだ!」


 やっと気に入った名前が出てきたのか猫又のケトは、椅子の上に立ち上がり尻尾をピーンとさせて喜んでいた。


 相変わらず二足立ちするのは変わらないらしい。


――ピュー!


 お湯もちょうど沸いため、カップラーメンにお湯を入れてテーブルに運んでいく。


 初めてカップラーメンを見たケトはキラキラした目で見ていた。


 一方、隣にいるシルは先輩かのようにドヤ顔をしている。


「ケトは箸よりフォークの方がいいかな?」


 さすがに箸は使いにくいと思い、フォークを渡すとしっかりと手の間に挟んでいた。


 ぷにぷにとした肉球が見えて気になったが、シルの視線があまりにも痛くて目を逸らした。


 まるで浮気をしないか見張る妻のような感じだな。


「まだかなー」


 そんなシルもカップラーメンができるのを待つ姿は子どもそのものだ。


 (座敷わらしだけど……)


 ケトも何ができるのかワクワクして待っている。


 (猫又だけど……)


――ピピピピピ!


 スマホのタイマーがなると、シルはすぐに蓋を開けてかき混ぜた。


 それを隣で見ていたケトもマネして蓋を開ける。


 混ぜ終わるとシルは勢いよく麺を啜る。


「うんっまぁー!」


 つい最近までご飯が食べられなかったのを忘れるほどの食いっぷりだ。


 麺を啜るのにも慣れている。


「ケトってネコだから――」


「アチッ!?」


 やっぱりケトは猫舌だからか、シルのようには勢いよく食べられないようだ。


「フーフーした方がいいよ」


「フーフー?」


 俺が代わりにケトのラーメンに息を吹きかけて冷ますと、ケトはすぐに麺を口に入れた。


「わわわわわわわわ」


 うん、猫又って驚き方が独特だ。


 それにさっきまで貫禄を見せるために語尾に〝じゃ〟って付いていたはずが、忘れてただのネコになっている。


 いや、ネコはそもそも話さないのか。


「ふく……?」


 あっ、ケトだけ相手をしていると怒る子が隣にいた。


 シルも麺を持って俺の方を見て待機している。


 今度はシルの麺に息を吹きかける。


「へへへ、おいしくなったね」


 うん、我が家の座敷わらしはその辺の子よりかわいい気がする。


「ふく、こっちも!」


 また隣ではケトが麺を持って待機していた。


 その後も俺は交互にシルとケトの麺に息を吹きかけて冷ましていく。


 気づいた時には俺のラーメンは冷めて、麺ものびのびになっていた。


「おいしかったね」

「オイラの好物だ」


 それでもシルとケトが満足したなら良かった。


 ラーメンを食べ終わった俺は、早速民泊についてシルに確認することにした。


「シルは他の人がここに泊まりにきてもいいかな?」


「だれ?」

「いいよ!」


 シルはまた浮気を疑うような妻の顔をしている。


 普通は座敷わらしよりネコの方が住処に入るのを嫌うはずだが、猫又はネコとは違うのか?


「あー、民泊っていうかのを始めたくてな」


 俺はスマホで民泊を調べて、どんなものかを教える。


 動画には民泊の家の様子や一緒にご飯を作っている姿もあった。


 ピザ窯でピザを焼いているシーンとか、やってみても楽しそうだ。


 ケトもピザが気になるのか、スマホの画面を何度も触っていた。


「ふく、これは?」


 画面を触っていると、違う動画に切り替わったようだ。


 俺達と同じぐらいの親子が畑で野菜を作っている動画に興味を持っていた。


 地下に畑があるから気になるのだろう。


「民泊はどうかな? お金も必要にはなってくるだろうしさ」


 詳しいことは言わないが、お金が必要になることを伝えるとシルも納得はしていた。


「お金なら取ってくるぞ?」


「ケト、それは犯罪だからな」


「ダメなのか……」


 ケトも何か考えているのだろう。


「じゃあ、民泊の届けを出しておくね」


 民泊を始めるには自治体の許可が必要となる。


 ただ、届けを出すにしても形態が三つに分けられるためどれにするか迷うところだ。


 一応旅館業として民泊を運営する場合、営業可能地域が限られていたり、自治体からの認定が必要となる。


 その中でも自治体の認定はいらず、届出のみで始められるものが存在するらしい。


 あくまで住宅の延長運営で、ルールも年間営業日数が180日未満や日常生活で使用しているのが条件となる。


 ちょうど今のこの状況と合っているため、始めるならここからが良さそうだ。


「うん!」

「いいよー!」


 それにしてもケトはこのままここに住むつもりなんだろうか。


「ケトはここに住むつもりなのか?」


「えっ……追い出すの? 呪うよ?」


 それを言われたら追い出せなくなるだろう。


 まぁ、可愛いネコが増えたと思えば問題ないだろう。


 (猫又だけどな……)


「じゃあ、みんなで民泊を頑張ろうか」


「「おー!」」


 我が家に猫又のケトが加わった。

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