第3話 ホテルマン、思い出の味

――キィー!


 玄関の扉をゆっくりと開ける。


 さっきまで普通に扉が開いたはずなのに、急にホラー映画のような音が扉が鳴っているのは気のせいだろうか。


 俺は顔を中に入れて、家の中を確認する。


「あっ……」


 やっぱりそこには幼女が立っていた。


「おかえり!」


 座敷わらしってこんなに普通に現れるものだろうか。


 これは関わってはいけないやつだ。


 俺はなるべく見ないように視線を下げた。ただ、足元を見たら少しだけ浮いていた。


 やはり幼女は座敷わらしで間違いないようだ。


――バタン!


「はぁー、やっぱり世の中いるんだな」


 俺は一度外に出て息を整える。


 きっと次に開けたときはいなくなっているだろう。


「どうか俺を守ってください!」


 足元にあるお地蔵さんに手を合わせて願いを込める。


 どこかお地蔵さんも大丈夫だと言っているような気がした。


「よし、いくか!」


 再び玄関の扉を少しだけ開けて中を覗いた。


「おかえり?」


「ヒイイイイ!?」


 覗いたタイミングで、座敷わらしと目が合っていた。


 そんなホラー映画のような展開を誰が望むのだろうか。


 びっくりして腰を抜かしてしまった。


「おかえり?」


 座敷わらしは首を傾げていた。


 ひょっとして〝ただいま〟と言って欲しいのだろうか。


 ずっと一人で家の中で待っていたって思うと、どこか可哀想に感じてしまう。


 それに俺が勝手に驚いただけなのにな……。


 座敷わらしから見たら、俺の方が突然現れた新参者だ。


 一度しっかり挨拶してみようか。


 俺の方が座敷わらしにとったら邪魔な存在かもしれない。


「あのー、座敷わらしさんはいつからここに住んでるんですか?」


「ざしきわらし? シルキー……です?」


「シルキーさんですか」


 どこか舌をペロっと出した女の子が看板キャラクターのお店にも、似たような商品があった気がする。


 今度座敷わらしのお供物して買ってきた方が良さそうだな。


「それでシルキーさんはいつからここにいるんですか?」


「んー、わからないです」


「ああ、やっぱりそうなのか」


 きっと彼女は本当に座敷わらしなんだろう。


 わからないって言うぐらいだからかなり前になるはず。


「あのー、シルキーさんが先に住んでいたなら俺は邪魔になりますよね?」


「そんなことないよ? シルキーはずっとひとり!」


 そう言って俺の手を引っ張ってソファーに座らせた。


 どこかひんやりとする手が座敷わらしなんだと思い出させる。


 ただ、俺って暑がりだからちょうど良かった。


 それよりも座敷わらしって人間に触れられることにびっくりした。


 幽霊と違って妖怪だって言われているところは、こういう違いがあるのかな?


 それにずっと一人って言葉が俺の胸に重く突き刺さっていた。


「これって飴?」


「うん! さっきくれたやつ!」


 俺は座敷わらしに飴をあげた記憶はない。


 ただ、お地蔵さんに飴を置いた気はする。


 きっとあのお地蔵さんとこのログハウス。


 そして、座敷わらしであるシルキーが何か関係があるのだろう。


 考えても頭は疲れるばかりだ。


 それに一人で住むよりも座敷わらし一人ぐらいいても変わらないだろう。


 養護施設でずっとみんなで暮らしていたから、静かな場所の方が寂しいしな。


 妹ができたようなものだ。


「お腹空いたから何か食べようかな」


 俺は鞄からカップラーメンを取り出す。


「ダメ!」


 だが、シルキーは怒って手に持っていたカップラーメンを投げ捨てた。


「へっ……?」


 突然の行動に俺は戸惑う。


 まさか座敷わらしはカップラーメンが嫌いなのか?


「おすわり! まて!」


 なぜか犬のように再びソファーに座らされる。


 言われるまま待っていると、テーブルの上に次々と野菜で作ったおかずが出てきた。


「おにいちゃんこっち!」


 座敷わらしに呼ばれてソファーから移動すると、目の前にあった料理に驚いた。


 野菜の天ぷら、野菜炒めに野菜スープ。


 どれもが野菜をたくさん使っているヘルシーな料理だった。


 確かにカップラーメンよりは栄養がありそうな気がする。


 カップラーメンが嫌いなのもわかる。


「食べて良いのか?」


「うん! つくった!」


 どこか可愛い妹にご飯を作らせたような罪悪感が湧いてきた。


 せめてお兄ちゃん呼びは変えた方が良いだろう。


 自己紹介もしていなかったしな。


「えーっと、俺の名前は東福幸治です」


「うん、しってるよ!」


 どうやら俺の名前を知っているらしい。


 座敷わらしは物知りなんだろうか。


「良かったら名前で呼んでくれるかな?」


「とーふくこーじ!」


 んー、合っているような少し間違えているような……。


「ちがう?」


「ああ、大丈夫だぞ!」


 段々と落ち込んでいくシルキーの姿を見て、さらに罪悪感を感じてしまう。


「東福でも幸治でもどっちでもいいよ」


「んー、ふく? さち?」


 あー、俺の名前って福もあれば幸せもある。


「うん、ふく!」


 どうやら〝福〟だと座敷わらし的にも声に出したい名前なんだろう。


 あまり聞き慣れてない愛称にどこかムズムズする。


 それでも新しい生活にはちょうど良かった。


「じゃあ、俺はシルって呼ぶね」


 お互いに愛称で呼ぶことが決まって距離が近くなった気がする。


 しばらく一緒に住んでみて考えれば後のことはいいか。


 俺は早速シルが作った食事を食べることにした。


「いただきます」


 俺は手を合わせて、早速野菜の天ぷらを口に入れた。


「なんだこれ……」


「あれ? ごめんね」


 シルは急いで片付けようとしたが、その手を俺は引き止める。


 気づいた時には目から涙が溢れ出ていた。


「久しぶりに温まるご飯を食べたよ」


 正直言って味はそこまでおいしいとは思わない。


 むしろ美味しいか不味いと言ったら、不味い方に分類されるだろう。


 衣もべちゃべちゃしてちゃんと揚がってないからな。


 それでも俺のために頑張って作ってくれた味がした。

 

 今まで忙しくてパンやカップラーメンばかり食べる生活をしていた。


 ホテルの賄いも休憩時間が短かったり、時間が合わないため食べることもなかったからな。


「昔、食べた母の味がする」


 俺には幼い頃の母親の記憶がわずかに残っている。


 その時に食べた味に似ているような気がした。


「へへへ、よかった!」


 シルも作った甲斐があったのだろう。


 俺が食べているのをニコニコと嬉しそうに見ていた。


「あれ? シルは食べないの?」


「わたしたべられないの」


 座敷わらしはご飯が食べられないようだ。


 確かに胃や腸があるかわからないもんな。


「せっかくだから雰囲気でも味わってみたら? 俺と一緒に食べるの初めてだしさ」


 渋々シルは箸を持って口を入れる。


 まだ小学一年生になるかならないかぐらいの大きさなのに、しっかり箸を使えるようだ。


「ほら……えっ……?」


 チラッとテーブルの下を覗く。


 食べられないと言ってはいたが、足元に落ちている様子はない。


「うお!? シル大丈夫か!」


 今度はシルの目から涙が溢れ出てきた。


「おちない……」


 シルは自分の足元を見て確認していた。


 どうやら俺の予想通り。


 食べたものが足元に落ちていたのだろう。


 俺はシルの姿を見て、さらに涙が止まらなくなる。


 やっと食べられてよかったね。


 だけどシルの表情は少しずつ笑顔から悪霊のような歪んだ表情に変わっていく。


「どうしたんだ?」


「まずい……」


「ん?」


「たべちゃだめ!」


 座敷わらしは急いでお皿を片付けようとするが、俺は必死に引っ張る。


 どうやらあまり美味しくないことに気づいたようだ。


「まずいもーん!」


「俺が食べる!」


「どく!」


 毒と言われてもそこまで悪いものが入っているわけではない。


「大丈夫! ほら、元気だ!」


 俺は腕をグルグル回すと毒ではないと気づいたのだろう。


「それに残すのはダメだからな?」


「うっ……」


「ほら座るぞ!」


 俺はシルを椅子に座らせた。


 初めて会った座敷わらし。


「まーずーいーよー!」


「なら明日から一緒に練習だな」


「いいの?」


 俺はシルと明日から一緒にご飯を作る約束をした。


 あまりにも食が進まないシルにカップラーメンを作ってあげたら、美味しそうに食べていた。


 カップラーメンって美味しいもんな……。


 二人で泣きながら食べた初日の食事は、俺達のちょっぴりと苦い思い出の味になった。

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