第4話 ホテルマン、金縛りに遭う

 食べ終わった俺は食器を片付けに台所に行くと、洗剤やスポンジが置いていなかったことに気づいた。


 そういえば食器やその他の道具も置いていない。


「シルー!」


「なーにー?」


 シルはよほどカップラーメンが美味しかったのだろう。


 今も椅子に座った状態で、容器を嬉しそうに抱えて脚をぶらぶらさせながら余韻に浸っていた。


 シルが作った料理よりカップラーメンの方がよっぽど毒のような気がするけどな……。


「洗剤とかってどこにある?」


「もってるよ!」


 シルはワンピースのポケットから洗剤とスポンジを取り出した。


「へっ? 今どこから出たんだ?」


「はぁ!?」


 どうやら座敷わらしは人間では到底できないことができるらしい。


 受け取ったスポンジと洗剤は、普通に売っているものと特に変わりなかった。


 まるで有名アニメの四次元ポケットのようだ。


 俺は皿を洗い終えると、気になることを聞いてみた。


「野菜ってどこにある?」


 冷蔵庫の中にも野菜はなく、どこかに置いてあるような様子はなかった。


 またシルのワンピースのポケットから出てくるのだろうか。


「したにあるよ?」


「下?」


 シルは床を指さしていた。


 ひょっとして地下があるのだろうか?


「ここの家って地下があるのか?」


 管理者に地下があることは聞いていない。


 実際に間取り図で見せてもらった家の構造は、一階に台所や洗面台、風呂場などの水回りと食事を食べるテーブル。


 それにソファーやテレビが置いてあるぐらいだ。


 二階はまだ全ては見ていないが、五部屋ぐらいはあった気がする。


 野菜を入れる倉庫が地下にあるのだろうか。


 いや、そもそも座敷わらしがどうやって野菜を買いに行ったのか気になる。


 座敷わらしって家に住み着くものだよな?


 そもそも家の外に出て、外出しても良いのだろうか。


 座敷わらし協会とか妖怪協会みたいなところから怒られないか心配だ。


「とりあえず地下に行ってもいいか?」


「いいよ! こっち!」


 俺はシルに引っ張られて地下に向かうことにした。


「床下収納ことを言っていたのか」


 着いた場所は意外にも近くにあり、台所の真下だった。


 一部の野菜は常温で直射日光が当たらないところに保存した方が良いと聞いたことがある。


「ここだよ?」


 シルが床下収納を開けると、地下に続く階段が出てきた。


 何か異臭がするわけでもなく、どこか清々しい匂いがする。


 思ったよりも大きな床下収納かもしれない。


 俺はそのままゆっくり階段を降りていくと、少しずつ明るくなっていく。


 床下収納にしては、中々しっかりとした作りになっているようだ。


「まさか……」


「ここにあるの!」


 突然目の前に現れたあるものの光景に驚いた。


「地下に畑があるのか?」


「うん! やさいはここにあるの!」


 地下は床下収納ではなく、畑がそのままあった。


 太陽の代わりにLEDライトのような光が降り注いでいるように見えた。


 だから階段を降りていくと、少しずつ明るくなっていったのだろう。


「これはシルが育てたのか?」


「ちがうよ? はえてくるの」


 きっと作っても食べられないため、そのままにしておいた野菜がまた生えたのだろう。


 野菜のヘタや芯はそのまま使うと、野菜ができるって聞くぐらいだからな。


「これからは食べられるから良かったな」


 俺の言葉をシルは思い出したのか嬉しそうにしていた。


「かっぷらーめん!」


 うん、やっぱりカップラーメンは毒だな。


 ただ、食べる楽しみを知ったら、毎日生きるのが楽しくなるからね。


 今度甘いものを買ってあげたら喜んでくれるかな。


「せっかくなら収穫でもしていくか?」


「うん!」


 明日の朝食のために俺達は野菜の収穫をすることにした。


 地下にある影響か、風や気温の影響がない。


 常に管理されて一定になっているような気がする。


 まるでビニールハウスで栽培しているような感覚に近いのだろう。


 俺は明日使うトマトや葉物野菜、イモ類を収穫することにした。


 本当になんでもある畑でびっくりするぐらいだ。


「トマトが落ちたんだね」


 トマトの収穫をしていると一部の土が赤く染まっていた。


 そのまま土に吸収されて、また生えてくるのだろう。


「おわったよ!」


 シルも収穫を終えたのかカゴにたくさんの野菜を乗せていた。


「そんなに食べるのか?」


「うん!」


 どうやらシルは食いしん坊になりそうだ。


 ほとんどが野菜だから太ることもないか。


 俺は特に気にすることなく、家に戻ることにした。



 家に戻ると時間は22時を過ぎていた。


 思ったよりも野菜の収穫に時間がかかっていたらしい。


 外からの気温や明るさが一定だと、こんなに時間の感覚がわからなくなるものなのかと学んだ。


「じゃあ、お風呂に入ってくるね」


「シルも!」


「へっ……?」


 まさか一緒に入る気なんだろうか。


 さすがに他人同士が一緒に入ってはいけない気がする。


 そもそも座敷わらしってお風呂に入れるのか?


「お風呂は別だぞ?」


「いや! いっしょ!」


 シルはずっと俺の腕を持って離そうとしない。


 一緒に過ごした時間は短いが、シルに好かれたようだ。


 これって座敷わらしに憑かれているって状態じゃないよね?


「とりあえず風呂はダメだぞ!」


 ここはちゃんとしないといけない。


「ぶー! いいもん!」


 シルはそのまま怒って2階に行ってしまった。


 俺の行動は間違ってないよね?


 その間にお風呂場に向かい体を洗う。


 どこか視線を感じるような気がするのは、やっぱり座敷わらしがいる家だからだろうか。


 そして、この家のお風呂は想像以上にすごかった。


 小さな銭湯があるような感じで、湯船が露天風呂を含めて3つもあった。


 それだけあったらシルも一緒に入ると言った理由がわからなくもない。


 ほぼ別のような感じだしな。


「シル出たぞー!」


 どこかにいるシルに声をかけるが全く反応はなかった。


 部屋を一つずつ確認するがいる気配がない。


 さすが座敷わらしって感じだな。


 パッと出てきてパッと消えてしまう。


 今までずっといたのは、家の仕組みを教えるためだったのかな?


 二階は全て寝室になっており、どこの部屋を使っても良さそうだった。


 その中でベッドが一つだけある角部屋を俺の部屋にすることにした。


 さすがにベッドがいくつかあっても邪魔なだけだからな。



「うっ……」


 俺は夜中に急な体の重さを感じた。


 起きたいのに体が起こせず、全く動かせないのだ。


 瞼もまったく開かず初めての経験に戸惑う。


 これはよく聞く金縛りというやつだろうか。


 一般的に金縛りは精神や肉体にストレスがかかった時に感じると言われている。


 今まで色々あってストレスがかかっているのか?


「シルをひとりにしない……」

「シルといっしょ……」

「シルと……」


 小さな声で何かが聞こえてくる。


 これはお経なのか?


 ただ、あまりにも声が小さくて俺の耳では聞こえづらい。


 南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……。


 とりあえず必死に心の中で呟いていると、自然と眠気が襲ってくる。


「むっ……おきない! いいもん!」


 布団の中がゴソゴソとしているが、これは絶対に起きたらダメなやつだとすぐに気づいた。


 目を開けた瞬間布団の隙間から白い顔をした幽霊が覗いている気がする。


 南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……。


 唱えていると羊を数えているような感覚になってきた。


 南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿……。


 俺はいつのまにかそのまま寝ていた。



 カーテンの隙間から溢れてくる太陽の光が瞼に突き刺さる。


「んっ……」


 体を動かそうとするが、まだ金縛りにあっているのか全く動かせない。


 寝返りや起き上がることもできない。


 ただ、夜中と違うのは目が開くということだ。


 それに顔だって動かすことができる。


 見てはいけないとわかってはいるが、その原因は知っておきたい。


 そんな気持ちと戦いながら、チラッと少しだけ見ることにした。


 俺はゆっくりと瞼を開け、頭をグッと持ち上げる。


 どこか腹筋がピクピクとするのは単に運動不足なんだろう。


 顔を上げた瞬間、やはり目が合ってしまった。


 ああ、これはヤバいやつだ。


 すぐに頭を枕の上に置いて唱える。


 南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……。


 南無……あれ?


 そういえば、どこかで見たことある顔だったような気もする。


 天井も見たことが……あっ、俺ってたしか移住したんだった。


「ってことはシルか?」


「おはよ……」


 布団の中にいたのは俺の体に抱きつくシルだった。


 金縛りじゃなくて一安心だ。

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