第35話 歴史の転換点
正暦10504年5月22日午後。
雨川奏時は話を真剣に聞いていた。
俺からするとここからは小休憩の段階だ。
まずは奏時が総理の魔法を奪い政府を混乱に陥れる。
魔法を奪ってしまえば、それまで《
一体、どれほどの人間が消失するのか俺にも興味があった。公人の人たちをほったらかしてきた総理の衝撃を受けた顔を是非ともお目にかかりたいところだが、俺は同行しない。
俺がついていくと奏時の魔力の消費量が増えてしまうだけなので、足手まといになる。俺は特に戦力にはならない。
そして、総理を人質として公人解放と公人国家の建設を約束させる算段だ。
「それでは、行って参ります」
「頼んだぞ」
「頑張って!」
《
奏時が《
あとは、《召喚》でいた人間が行方不明者として多数現れることから、総理の《召喚》の悪用を世間にばらす。彼が失脚すれば公人国家設立後の存続に向けて大きな希望となるはずだ。
奏時がいれば全てが上手くいく。それくらい奏時は膨大な魔力を持っている。
それに魔力回復薬も多く準備してある。
これは違法だが、ここからは合法も違法も一時的に関係なくなる。
大きく時代が変わる時だ。
これ以上不平等社会を維持させるわけにはいかない。
犠牲者も出てしまうかもしれないが、平和な世の中を構築するために必要な犠牲だ。
俺も死ぬかもしれない。
怖い気持ちもあるが、それ以上に英雄になれるのではないかという年相応の妄想によるワクワクが上回っている。
30分が経過した。奏時はまだ帰ってきていない。もしかしたら探すのに苦労しているのかもしれない。
「お前も連れていった方が良かったかもな」
「一度戻ってこさせますか?」
「いや、もう少し待とう」
さらに30分が経過したが、帰ってこないため俺は命令を送る。
(奏時、戻ってこい。状況を報告してほしい)
返答をしてもらおうと思うと、直接会うしかないのがこの魔法の難点だ。
何も問題が発生していなければいいのだが……。
更に10分経っても奏時は戻ってこなかった。
「遅いな」
「そうですね」
もう一度命令を送る。
(奏時、至急戻れ)
しかし、一向に帰ってこない。
「これは何かあったな。私の判断ミスだったか」
「いえ、そんなことは……」
すると、所長室のドアがノックされる。
「所長、大変です!」
「入れ」
勢いよく職員が中に入ってくる。
「雨川奏時が捕まりました!」
「は? どういうことだ」
「テレビを見てください」
急いでテレビのある休憩室に向かう。
その画面にはニュース速報が流れていた。
「保有禁止魔法を所持していたため山吹島において拘束されていた雨川奏時容疑者が脱走し、先ほど総理のガードマンによって捕らえられました。警察は今後その脱走の原因を調査していくとのことで、雨川奏時容疑者は再び拘束施設へ連行されるとのことです。これについて、畑仲総理は次のようにコメントしています」
「なぜだ! なぜ、雨川奏時を捕縛できる?」
父様はテーブルに握った拳を叩きつけて言う。
「雨川奏時の魔力は満タンだった。あいつには計算して使うことぐらいできたはずだ。なのにどうして……!」
「父様……」
「でも、まだだ。まだ何か策が……。洸汰、命令を送れ! 隙を突いてこちらに戻ってくるように言うんだ!」
「はい!」
俺は父様の指示を伝えた。ここからは奏時の力を信じるしかなかった。
「しかし、なぜ失敗したのでしょう?」
「最悪の場合は、何らかの魔法で奏時の魔法が奪われているというケースだ。もしくは、魔法が使えないようにしてある可能性もある。魔力吸収系魔法で計算が狂ったかもしれん。考えられるケースはいくらでも出てくる」
唇を嚙みながら苛立ちを隠せない父様に俺は言葉を失った。
計画は完璧だったはずなのに……。
先ほどまでの高揚感はどこかへ行っていた。
俺の諦めが現実になるのはその一時間後だった。
頭を抱えて熟考していた俺たちは警察の捜査によって、否応なしに終止符を打たれた。
「警察です。豆田啓吾さん、あなたを逮捕します」
「なぜでしょうか」
父様は冷静に対応する。
「あなたは保有禁止魔法所持者である雨川奏時の脱走に関与した疑いと彼を匿った疑いが持たれています。また、雨川奏時さんの証言から魔力回復薬所持の疑いも出ています」
「そのようなことは一切しておりません」
「話は署で聞きます。また、研究所の捜査を行います」
魔力回復薬は念のため先程別の場所に隠しておいた。
しかし、奏時が証言したのはおかしい。
俺が《
これはつまり、奏時への《魅了》が解かれている、もしくはそれを上回る何かが施されていることを意味する。政府に魔法を解除できる者がいるのかもしれない。
そうなると奏時への《魅了》は無意味だ。
いっそ今話している警察官を《魅了》すべきだろうか? いや、そんなことしたら俺が《魅了》を使えることが一発でばれてしまう。警察官は何人も来ている。対抗しようがない。
「豆田さん、来ていただけますね?」
「はい。ご自由にお調べください」
父様の目は闘志に燃えていた。父様からすれば、これも一つの試練ということなのだろうか。長年にわたって計画してきた今日の作戦に失敗してもまだへこたれてはいないようだった。
その一方で俺は無力感に襲われていた。そこにダメ押しがくる。
「そして、上田洸汰さん。あなたを拘束します」
俺が《魅了》を使えることも奏時は話したらしい。
俺は山吹島へと送り返される形となった。奏時がいた場所に入れられることになるらしい。
《魅了》を使って操縦士を操って航空機を海に落としてやりたかったが、魔力封じの首輪でそれは叶わない。それに、あの父様の表情を思い出せば、それが恩を仇で返すような行為であると思い出す。
父様が諦めていないのに、俺が死ぬわけにはいかなかった。
俺はずっと無言で項垂れながら空の旅を過ごした。とても空にいる感覚を味わえるような気分ではなかった。
全てはこの日のためだった。
全てが台無しになったので何をやっても意味のあることになるとは考えられなかった。
奏時だけでも助けてやりたかった。そんな綺麗事を言っても今更だ。
結果が全てなのだ。奏時を救えなかった。公人のみんなも救えなかった。
歴史の転換点は今日ではない。
ただただ申し訳なかった。
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崩救神陸─希望も絶望も全ては仕組まれたものだった─ 遥 述ベル @haruka_noberunovel
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