悪魔の美食

右中桂示

びっくりするほど

「望みはなんだ?」

「……助けて」


 血と魔法陣、おぞましい雰囲気に満ちる儀式の場。

 召喚された悪魔は娘に問うた。

 ガタガタと震える彼女はそれでも声を張って答え、悪魔は満足げに頷く。


「よろしい。契約完了だ」


 だがそこに口を挟む者がいた。


「な!? 召喚したのは吾輩だ! 何故──」

「私が契約するのは魂を差し出す者。つまりこの娘だ。召喚しただけの部外者は黙っていろ」

「なんだと!? おいふざけるな!」


 悪魔は喚く男を無視。蔑みも打ち払いもしない。

 娘を抱きかかえて静かにその場から消える。

 瞬く間の逃亡に、残された男は何も出来なかった。



 安全な場に降り立つと、娘はひとしきり大笑した後に両手を広げる。


「さ、悪魔は人の魂を食べるのでしょう。早くしてよ。最高の気分の内に」

「いや、これだけでは対価に合わない。釣り合うまでお前を幸福にしてやろう」


 悪魔は契約した人間の魂を喰らう。

 人間の魂の味は、幸福を感じている程美味になる。

 故に悪魔は自らの権能でもって契約者の欲を満たし、その絶頂の瞬間の時にこそ魂を刈り取る。それこそが悪魔にとっての幸福であった。

 今回の契約は「助けて」。つまり既に完了している。これは自己満足。

 悪魔自身の欲を満たす為、まずは娘を幸福にするのだ。




「ねえ、意外となんとか生活できるものなのね。でも寂しいの。一緒に食べてくれない?」

「私に食事は必要ない。全てお前のものだ」


 数日が経った。

 質も量も十分な食事を用意したが、それだけでは不満そうだった。

 まだ幸福は満ちておらず、故に喰らわない。


「別に豪邸なんか要らないのに。二人で暮らせるのなら」

「強がりは止せ。人間は際限なく欲する生き物だろう」


 数ヶ月が経った。

 広々とした住居を用意したが、喜びもせず文句を言うだけだった。

 まだ幸福は満ちておらず、故に喰らわない。


「誰も彼もろくでもない奴ばかりだわ。ねえ、あなたが旦那様になってよ」

「安心しろ。妥協する必要はない。今に極上の相手を用意してやる」


 数年が経った。

 あらゆる条件を揃えた伴侶を用意したが、一方的に否定するばかりだった。

 まだ幸福は満ちておらず、故に喰らわない。






 衣食住に嗜好品それから伴侶。あらゆるものを用意して、贅沢な生活環境を整えた。

 契約は完了しているが故に、娘の望みではなく悪魔の感覚と経験による奉仕だったが、毎日が満ち足りている。幸福のはず。

 そう確信して、悪魔は娘の前に現れた。


「……次は何をくれるの?」

「いや、もう与えるものはない。今こそ契約を果たす時だ」

「……そう」

「十分に幸せだろう?」

「……貴方はそう思うのね」


 娘は笑う。出会った当初とはまるで違う、着飾った綺麗な顔で。

 ただ、違和感があった。笑っているのに幸せを感じられないような、妙な感覚が。


 しかし悪魔は無視。

 そんなはずはない、と疑念を振り払って手を掲げた。

 瞬間、娘は倒れる。

 幸福からの転落。


 悪魔の手には娘の魂。

 抜け殻になった体は力なく横たわり、それでも悪魔を見たままだった。

 その顔は今度こそ満足気に笑っている、ように見えた。


「……さて、どれ程の美味か」


 悪魔は魂をしげしげと眺めた。 


 人間は欲深い生き物。より良い環境を求め続ける生き物。

 人間ならば、あれだけの環境に幸福を感じないなどあり得ない。

 まだ満足しておらず更なる欲があった、訳でもないだろう。


 娘自身が望んでいた以上の幸福を与えたはずだ。


 悪魔はそう期待し、大口を開けて喰らう。



 だが、味わった娘の魂の味は──


 びっくりするほど不味かった。

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悪魔の美食 右中桂示 @miginaka

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