第5話 敵も味方も即退場とか手応えがない

 目を擦る。

 もしかしたら、たまたま、偶然、奇跡的に、エリスの剣と似た者が光線の中から飛んできた、という可能性に賭けたかった。

 しかし、目を擦り、凝視することで、微かながらに残っていた違うかもしれないという可能性は木っ端微塵にされる。かもしれないが、であるに変わった。


 「……っ」


 剣を握る。

 柄には温かさがある。


 「さっきまで持ってたんだ」


 だったら、剣を放り投げて光線から避けた、という可能性もあるか。

 新たな可能性を見出し、ホッとする。


 光線は消えない。むしろ時間経過とともに光は強くなっていく。


 「二刀流かな。エリス・ルーベンであれば二刀流は驚異になりうると思うけどね。君、リア・フェルナンドじゃ二刀流は扱えない。どちらも疎かになって、子供のチャンバラになるのがオチだよ。敵だけど、助言してあげる。それ捨てな」


 光線に向かって宙を移動してくるエルザーはエリスの剣を指さす。

 私に二刀流なんて無理だってのは言われなくてもわかっている。一々指摘しないで欲しい。どんな嫌がらせだよ、という感じだ。

 敵だから、精神をも攻撃する……という思考の元、チクチクと言葉を刺しているのであれば素晴らしいと褒めざるしかない。効果はバツグンだからね。


 「捨てるのはもったいないか。オリオットで仕える貴族とはいえ貴族である以上使う武器は上質なものみたいだもんね。僕がしっかりと剣の性能に見合った使い方をしてあげよう。だからそれ渡して」


 ひょいひょいと手招きをする。


 「渡さない」


 私は両手に剣を持ち、体勢を整える。

 今さらだが、これ走り回ったりするのは難しいな。

 片手で剣を持つってこと自体が、私には相当キツイ。既に腕がぷるぷる震えている。筋肉が悲鳴をあげているのだ。この上で、走り回る……ちょっと考えられない。


 「アッハッハッ。そうか、そうか。ほんっと面白いよ」


 浮遊していたエルザーは地面に降り立つ。

 そしてパチンっと指をまた鳴らす。

 光り輝いていた光の柱、光線は勢いを失い、完全に消滅する。

 目の前に広がるのは大きな穴。

 一軒家が複数入るような大きさである。


 もちろんそこにエリスはいない。

 ただ跡もない。


 理解できなかった。理解が追いつかない、という方が正しいか。

 単刀直入に言ってしまえば、意味がわからない。それに尽きる。


 ドッキリならそろそろ出てきてもおかしくない頃合だ。なんなら今出てきても若干遅め。

 でも怒らないからさ。ほら、出てきてよ。


 「そんなにキョロキョロ見渡してどうしたのかな?」

 「エリス……は?」

 「君ほどの人間が気付かないとは思えないけど。良いのかな。僕が言っても。君がそれを望むなら言ってあげないこともないよ」


 不敵な笑み。

 思わず手が出てしまいそうなほどに腹が立つ。

 もっとも手は出さない。理由? まぁ自重しているってのが一つ。あとは純粋に手を出したところで殴れるとは思えないからだ。


 エリスが居るのなら、エルザー・アルベルトを倒すことも難しくないと思っていた。でもエリスが居ないのであれば話は大きく変わってくる。

 素人の私が、生まれてからずっと剣と魔法に扱かれてきている相手にかなうはずがない。


 「言わなくて……あぁやっぱり言って」


 感情はかなり入り乱れている。言って欲しい気持ちと言わないで欲しい気持ちが錯綜しているのだ。


 「君の思っている通りだよ。エリス・ルーベンは死んだ。彼女は光線を浴びてるからね。生きてるわけがないよ。皮膚も肉も内臓も骨も。きっも全部光線によって溶けて、肺になり、その穴の奥底で舞っているはずだね」


 理解できない。


 いいや、理解はできる、か。


 現実を現実として受け入れたくないだけ。

 見て見ぬふりをしたい。わからないと目を背けたい。


 そもそもであるが、跡形もないが故に実感が湧かない。そこに死体があれば、きっと悲しいとか、辛いとか、苦しいとか、悔しいとか、名前のある感情が私のことを支配してくれたはずだ。

 今は受け入れる土台すらない。


 泣ければ良かった。

 でも泣けない。実感がないのに泣けない。アニメやドラマだと視聴者の感情を煽るために、蛇口を捻るようにわんわん泣くが、実際あんなに泣けない。そこまで感受性豊かじゃない。


 じゃあなにも気にしないかと言われるとまたそれも違う。気にする。凄い気にする。気にしているから、こうやってなにも解決しないのにただうだうだしている。 


 「騎士としてはとても理想的な死に方だろうね。僕も羨ましいなと思うよ」

 「好き勝手言いやがって」

 「そりゃそうさ。だって僕が殺したんだもん。好き勝手言う権利くらいはある」

 「ない」

 「あるんだよ」


 これ以上は不毛な言い争いになってしまうのでやめておく。


 「あれだね。君の騎士よりも君の方がきっと強いんだろうね」

 「は?」


 突拍子もなくそんなことを言い出すので、思わず威圧的な声が漏れてしまった。言葉にしてからやってしまったと気付き、まるでなにもなかったかのように取り繕う。もっともそんなこと全くもって無意味だというのは重々承知だ。


 「エリス・ルーベンはリア・フェルナンドのために命を散らした。そう聞くととても耳触りが良いよね。」


 私が守る。そう思い、日々行動に移していた。でも最後はエリスに守られる。そしてエリスは死ぬ。

 私が誰かを守ろう……だなんて甘い考えであったのだと痛感する。


 ふつふつと心の奥底から黒い感情が湧いてくる。この感情に名前をつけるというのは難しい。

 頭の中に浮かぶそれっぽい名前はどれもこれもしっくりこない。近いようでとても遠い。


 まぁ感情なんて今はどうでも良い。

 感情こそ不明だが、心残りだけはくっきりと見えてきた。


 「……あぁ、私、守りたかったんだなぁ。エリスを」


 推しを守りたい。ちょっと、いいや、だいぶ下心があった。それは認めよう。今さら否定したって致し方ないし。

 でも本気でそう思っていた。それもまた事実。

 戯言じゃない。体裁を保つための言葉でもない。本気で! エリスを守りたいと思っていたのだ。だから私はこうも打ちひしがれている。名前のわからない気持ち悪い感情を抱いている。


 そこまでわかるとふつふつ湧いてきたものは火力を増していく。

 心から飛び出してくる。


 「絶対に殺す」

 「どうしたんだい? 声が小さくて聞き取れなかったよ」


 エルザーは煽っているのか、本気でそう言っているのか、絶妙に判断できない反応を見せた。なんとも言えない反応であるが、それがまた妙に腹たってしまう。


 「私はお前を絶対に殺す! 殺してやる!」


 宣言。宣戦布告と言った方が良いだろうか。

 剣先を彼に向けた。


 「おー、怖い怖い」

 「舐めんな」

 「舐めてはないよ。僕と君とじゃあまりにも力の差がありすぎる。君に僕は殺せない。例え天と地がひっくり返ったとしても、君が僕に勝つというのはありえない」


 剣をおろす。

 本能的に悟ってしまった。エルザーの言う通りであると。


 力の差がありすぎる。

 私はあまりにも無力なのだ。

 推しの敵を打ちたい、そう願っても力がないからそれは叶わない。儚さすらないただ純粋に悲惨で救いようのない現実として、私に深く圧し掛かってくる。


 私に足りないもの。

 それは力だ。

 圧倒的な力があれば、他者を凌駕するような力があれば、チート能力があれば。きっとエリスを守り続けることができた。こうも惨めな想いを抱かなくて済んだ。

 悪いのは私だ。弱い私がいけない。

 弱くなかったらこんな想いを抱かなくて良かったのに。

 全部、全部、全部全部全部全部! 弱いのがいけないんだ。


 だから力が欲しい。

 絶大な力が欲しい。


 ――力が欲しいか。


 囁くように、てもはっきりと声が聞こえてくる。

 私は顔を顰める。


 ――無視をするな。力が欲しいか。力を欲するか。


 無視をしたつもりはない。偶然無視のような形になってしまっただけ。


 ――もう一度問う。力を欲するか?


 うるさい。やかましい。そんなの答えは一つしかない。


 「欲しいよ、欲しい! 欲しいに決まってんじゃん!」


 癇癪を起こした子供のように喚く。

 でも答えるまでもない質問だと思うから。

 こんな問いを投げかけるなんてどれだけ性格が悪いのか。嫌になってしまうね、本当に。


 そもそも、だ。

 この声の主が誰なのかわかっていない。

 声なのかすらも不明だ。脳みそに直接響いているようにも感じるから。念話だって言われても納得出来る。お前の脳内に直接語り掛けている、ってやつ。


 「アッハッハッ。ついにぶっ壊れてしまったかな」


 謎の声を振り払おうと叫んだのを見て、エルザーは笑う。

 まぁ周囲の人から見れば頭おかしくなっちゃったのかな、とか考えるのはごくごく自然だろう。これって幻聴みたいなものだし。私が彼の立場であっても頭おかしくなっちゃったのかなと思うはずだ。

 だから彼を責めることはできない。

 でもそれはそれ、これはこれ。腹が立つという事実は変わらない。


――力を欲する者よ、力を与えよう。


 また脳内に響き渡った。

 それを素直に受け入れる自分自身に驚く。


 「力って……」


 チート能力でも手に入れたのかな。なんて思いながら剣を持ち上げる。さっきまでは重たくて剣を振るというよりも、剣に振られている……という感じだった。しかし今は違う。剣が軽い。まるで木の枝でも持っているかのように軽い。さっきまでは二刀流なんて無理筋だと思っていたのに、今なら二刀であっても余裕でぶん回せそうである。なんなら三刀でも問題なさそうだ。


 華々しさは一切ない。異世界転移者としての面白みもさほどのない。目に見える変化がないからこればかりはしょうがない。


 でも私は明らかに強くなった。変化した。力を得た。

 今ならエルザーを殺せる気がする。というか絶対に殺せる。


 「その首、頂く」


 両方の剣先をエルザーに向ける。

 私の意志、そしてエリスの仇。


 「ついに自分と相手の実力の乖離すらわからなくなったか。僕としてはおかしくなった人をいたぶる趣味はないからね。これ以上生かしておくってのは可哀想か。だから、殺してあげる。首じゃなくて全身を溶かしてあげちゃうね」


 パチンっと指を鳴らす。

 これはさっきの光線が出てくる事前動作だ。避けよう。標的はどうせ私。ってことは、この場から十数メートル後退すれば良いか。

 私は身を投げ出すようにジャンプして後退した。

 私の頭の中ではギリギリよ蹴られるような距離ジャンプするはずだった。しかしなぜか棒高跳びの棒を使って飛び跳ねた……みたいな跳躍力を手に入れていた。本気でジャンプをしたせいで、勢いはとんでもないことになっている。このままだと着地に失敗して落下死してしまうんじゃないかってレベルだ。

 怖くなって、目を瞑る。

 地面に身体がぶつかる。だが、身体が勝手に反応して、かなり綺麗に受身をとった。自分自身でも驚く。死ぬかもしれないってほどの勢いだったのに、痛みは全くない。もちろん身体に傷がつくということもない。

 できすぎだ。


 さっきまで私がいたところには、エリスのことを飲み込んだ光線が天へと突き刺している。


 「ふーん、避けるんだ。一発で仕留める気だったから、褒めてあげるね」


 パチパチと賞賛とは程遠い拍手をしてくる。


 「でも偶然って何度も続かないものだよ」


 エルザーは走ってくる。魔法がダメなら剣ということだろうか。私の元に詰め寄ってくる。しかし、そのスピードは遅い。

 いいや、髪や服の揺れとか、砂煙の上がり方とかを見ると速度はかなり出ているように思える。しかし視覚情報として入ってくるのはあまりにも遅い。

 なにかそういう魔法を使っているのかな、私を油断させるのかな、もしかしたら大技を使うための溜めだったりするんじゃないか、とかとにかくあれこれ考えてしまう。それほどに時間が生まれてしまった。


 「今度こそ、殺してあげるよ」


 エルザーは剣を抜き、大きく振りかぶる。

 その一挙手一投足さえも遅い。チンタラチンタラしているというよりは、スローモーションを見せられているという感じだ。

 剣を構えたら魔法に切り替えるとか、そういう不意打ちは勘弁して欲しい。そんなの対処できないからね。なんて思いながら、剣の通り道であろうところに構える。

 心配は杞憂に終わった。

 カキンっと剣は弾けたのだ。

 剣と剣がぶつかった。


 私の剣は後方に飛んでいき、エルザーの剣は斜めに飛んでいく。

 彼は手ぶらで私はエリスの形見を持っている。

 もしかしなくても、これって圧倒的チャンスではないだろうか。

 今相手にできるのは魔法しかない。しかし、剣を弾かれたという事実に動揺しているようだ。戦いの最中、動揺するのは良くないことであるって素人の私でもわかるよ。まぁそんだけ私のことを舐めていたし、現在進行形で舐めているのだろう。

 だったらもう二度と人のことを舐められないようにしてやろうじゃないか。


 「エリス。力を貸して」


 エリスの剣をエルザーの首元目掛けて思いっきり振る。

 振り抜くと、エリスの剣は赤色に染った。

 さっきまでうるさかったエルザーは静かになる。息さえもしなくなる。それもそうだ。だって顔が地面に落っこちているのだから。喋れるはずがない。


 頭を掴み、持ち上げる。

 エルザーの頭である。血液が切り口から滴る。

 ぽたぽたと落ちる鮮血で実感する。

 私はエルザー・アルベルトを討ち取ったと。敵討ちすることができた、と。


 「やった、やったよ」


 討ち取った首を掲げながら、一人で喜ぶ。

 隣にエリスが居てくれたらどれほどに嬉しいだろうかとナイーブな気持ちが顔を見せる。

 そのネガティブな気持ちを覆い被せるように、ルートピア陣営の歓喜の声が私のことを包み込む。

 敵将を失った兵は混乱する。敗北を受け入れる者、自暴自棄になる者、新たな指揮者の誕生を待ち続け真面目に剣を振り続ける者。反応は様々であった。しかし向く方向がここまてバラバラだとどうしようもない。

 ルートピア陣営があっさりと片付けた。


 そう。勝てるはずのない戦争。むちゃくちゃな戦争。そう思っていたし、きっと誰もが負けるものだと覚悟していたはず。

 なのに勝ってしまった。ルートピアに軍杯が上がった。


 しかし喜ぶのはルートピアの人間だけ。

 私は戦争には勝ったが、争いには負けた。

 エリスが居ない。守ると決めた推しが居ない。これを負けと呼ばずしてなんと言うか。


 エリスが死んだ時点で私の勝ちはなかった、ということだ。今さらこの不思議な力を手に入れたところでどうしようもない。エリスを守るために発揮できないのであれば無意味に等しい。お金の価値がなくなってからお金を貰ったってなにも嬉しくないでしょ。それと同じだ。


 まぁ、つまり、私は全く嬉しくなかった。

 この場に相応しくない表情をきっと浮かべているはずだ。

 でもその表情を隠そうとも思わない。というか、隠すだけの気力が私にはない。

 戦が終わり、緊張の糸が切れて、疲労の波が襲ってきているのだ。


 「敵討ちは終わり、か。私がここに居る意味ってもしかしてもうない、よね」


 ルートピアに滞在する理由は完全に消滅した。


 「帰る……かな。エリスの望みでもあったし」


 剣を撫でる。

 これからやることなんてない。エリスが死んだ今、なにかをしようとも思えない。なにをするか考える元気もない。だからエリスが言っていたことをやることにした。


 「リア・フェルナンド。待ちたまえ」


 帰ろうと歩みを進めた瞬間に、肩をとんでもない力で掴まれた。

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