第4話 牢屋から即退場とか願ってもない
「表面上は、ね」
引っかかった部分である。
まるで自国民の救出というのは建前、みたいな言い草だ。いや、実際そうなんだろうな。
アルベルト家が私たちを敵視しているのは目に見えているし。一応ジャスクットの国民である私たちの救出を建前にして、中立国ルートピアへ攻め込む口実にしたのだろう。
ルートピアは元々ジャスクットの領土であったし、取り戻す計画は少なからずあったろうし、好機と判断したというところかな。
「実情は我々もお前らも命の危機ってところだろうな」
「国力を総員すればジャスクットに勝てるんじゃ? だって独立できるほどの力があるんでしょ」
「アッハッハッ。リア・フェルナンド。お前はとても面白いやつだな、気に入った。気に入ったぞ!」
「リア様。お下がりください」
大笑いするハザードを警戒するように、エリスは私の前に出る。剣を持っていないのに、守ろうとしてくれる。これこそ真の騎士というものだ。
推しがそこまでしてくれるというのは純粋に嬉しいものである。
「危害は加えないさ」
「保証がありません。危害を加えないと証明していただけなければわたくしは引けません」
「ないものを証明する。ってのは難しいものだなぁ。それはお前らが痛いほど理解しているんじゃねぇーか?」
ハザードはにやっと笑う。
この人もしかして私たちがルートピアを盾にしようとしていないってわかってた? 流石にそれは考えすぎか。コイツの部下が『ハザード隊長が『経験上そうだ』ってな』とか言ってたし。
「まずリア・フェルナンドの問いに答えてやろう」
鉄格子を握る。
「ルートピアの戦力を総じればジャスクットに勝てる、だったか」
「そうだな」
「答えは否、だ!」
そうだよね。勝てるよね……って、え? 勝てないの。
「なにをそんなに驚いている。本気で我々がジャスクットに勝てる、と思っているのならばそれは明らかに過大評価というものだ」
「中立国家ならそれくらいの戦力があるのでは?」
「そうだな。たしかにそう考えることもできる、か。中立を維持し睨みを効かせるだけの戦力を有している、と言いたいのだろう」
その通りである。
「古の時代から中立を貫く国であればそうなのだろうな。しかし我々は違う」
「違う、とな」
「そうだ。我々は一国から独立した小国だ。中立を名乗るのは和平を望むからではない。他国に対抗するだけの戦力を持ち合わせていないから、だ」
「いや、でもルートピアは強いはずでは?」
弱いルートピアというのは知らない。私の有している知識ではルートピアとは強いはずなのだ。なにかの間違いではないか。もしかしたら私たちのことを騙そうとしているのではないかと勘繰る。
しかし、だ。
ルートピアは弱国であると私たちを騙したところで、彼らになにか有益があるわけじゃない。むしろ私たちが足元を見る材料になる。強く見せるのならいざ知らず弱く見せるというのははっきり言って意味がわからない。
「それはまやかしだ。我々はお前らが思っているよりも弱い。オリオットよりはやり合えるだろうが、それでも凌ぐだけの力があるとは思えない」
中立国という盾を一番有効活用していたのはルートピアであった、ということか。
はいそうですか、と簡単に納得できるものではないが、こればかりはもう受け入れざるを得ないのだろうなと思う。
「もういいや、弱くて」
諦めた。私は折れた。
エリスはそれで良いのかと言いたげだが、それで良いのだ。
「我々は弱い。お前らはこのままだとアルベルト家の軍隊に存在を抹消される。殺された上に我々に責任を押し付けてくるだろうな」
「ジャスクットに不都合な私たちを消すってことね」
「話が早いな、そういうことだ」
私たちを整合性取れた状態で抹消できる上に、ルートピアの立場を窮地に追いやることができる。中立国という不干渉を取っ払って、他国からの非難の的にすることが可能。ジャスクットに囲まれている国であるが故に、他国から攻め入られることは考えにくいが、経済制裁とかはありえるかもしれない。
つまり、私たちにとっても、ルートピアにとってもこの侵攻は不都合がある、ということか。
なるほど。
なんとなくわかってきたぞ。そして同時にハザード……違うか、ルートピアがしたいことが見えてきた。
「力を貸せ、と言いたいんだな」
きっとそういうことだ。
「わかってんじゃねぇーか」
「力を貸すことは吝かではないんだよね」
私たちに残された選択肢なんて力を貸すか、ここでアルベルト家に見つかり死ぬか、の二択しかない。こんなの実質一択だ。
後者を選ぶのは狂人以外ありえない。それか相当の馬鹿か。
「リア様。正気ですか」
「エリス?」
「ルートピアに力を貸すなどありえません。わたくしたちをこのようなこのような劣悪な環境に封じ込めるような奴らの仲間など許されることではありません」
居た、馬鹿が。
馬鹿だなぁって本気で思うけど、それがまた可愛いなと感じる。これはあれだな。親バカならぬ推しバカってやつだな。
「エリス。この人たちは存外悪い人たちじゃないよ」
「リア様?」
「立場が逆なら私たちは多分同じことしてたし」
「それは……そうかもしれないですけど」
つーっと目線を逸らす。
「同じ思考を持つ私たちも悪者ってこと?」
「リア様が悪者だなんて……そんなことはないです」
「でしょ、つまりそういうこと。正義のために悪を演じるんだよ」
とは言ったものの、ハザードに関しては微妙だ。
この人はただただ悪巧みをしているだけのような気もするから。
でも、エリスを守るためにも、エリスの説得というのは必要不可欠なものである。
「わかりました。力を貸すのはしょうがないのでしょう。それにリア様がお決めになったことです。リア様にお仕えする騎士として、その決定を尊重するのは当然のことなのでしょう」
もしかしたら説得しようと試みる必要はなかったかもしれない。
私が決めたんだからエリスは従ってってゴリ押しすれば良かったような気もする。
「ですが」
エリスはぽつりと声をこぼす。
「リア様とわたくしが加わったとして、なにか変わるのでしょうか」
それは私も同じ疑問を抱いていた。
私とエリスが加わったところで差の開いていた戦力差が是正されるとは到底思えない。
統率が乱れる分むしろマイナス……という可能性もありえる。
一体ルートピアは私たちになにを求めるのか。その点は警戒してしまう。というかせざるを得ない。
「安心したまえ。別に腹を切れとは言わないさ」
「じゃあどうするつもり」
「二人が戦場に立つことで、ジャスクットは君たちの存在を抹消することはできなくなる。ルートピアがお前らを処刑した、みたいなでっち上げがされなくなるってことだな」
なるほど。別に私たちが加わることで勝てるようになるとは思っていないということか。
あくまでも私たちを抱えることで芽生えてしまう不安の種をさっさと取り除こうとしているだけ。
「つまり、好き勝手に戦場で暴れて良い、と」
エリスはとんでもない解釈をした。
そうは言ってないんじゃないかな。
「こちらからどう戦え、と指定するつもりはない。もちろん戦場で死ぬのならそれもまた運命だろうしな。人目につくのならなにでも良い」
「言質はとりましたよ」
「ルートピア警備隊隊長として、約束を果たすと誓おう」
こうして、私たちは攻め込んでくるアルベルト家の軍隊と対峙することになった。
この戦、『銀色の薔薇』のストーリーには一切ないもの。むしろ、本来味方であるものが敵対している。ここまで知っているストーリーと乖離してしまうと、知識を活用しようという意思すら削がれてしまう。
この世界に転移してきたアドバンテージはほとんど失ってしまったが、私にはエリスを絶対に守るというなににも変えることのできない活力がある。ある種この活力を得られていることが最高のアドバンテージなのかもしれない。
自由の身となった私たちはアルベルト家の軍隊を迎え撃つための準備をしている。
といってもできることはさほどない。
最低限防具の手入れをして、付け焼き刃であると理解しながらも小手先の技術を磨くくらいだ。
私は身体強化の魔法を使うことができる。覚醒を経て得たものだ。
これがあれば常軌を逸した動きをすることだって可能だ。反射神経はもちろん動体視力も飛躍的に向上させられるので、頭のおかしいほどに強く素早い相手に喰らいつくことも可能になる。
なにが言いたいかと言うと、剣術に長けているエリスに食らいつくことができている、ということが言いたかった。
我ながら良くやっていると自画自賛したい。
剣を交え、一歩も引かずに渡り合える。
私は剣の扱いを知らない。なので動きそのものは素人らしい。エリスにもそう指摘された。しかし、どうならそれが良いらしい。素人だからこそ、次の一手が読みにくいのだそう。だから私は剣術について詳しく学ぼうとは思わない。技を盗んでも、動きに関しては一切学ばない。それが私の武器になるのなら、有効活用しなきゃ損だ。
特訓を終え、一息吐いたタイミンクであった。
カンカンカンカンカンカンと激しい鐘の音が響き渡る。そして一人の声が響く。
「前方に敵兵あり! 総勢……不明。ですが、間違いなく千は超えています」
という報告だ。
どうやらアルベルト家の軍隊がやってきたらしい。
もっと焦燥にかられるかと思っていたが、案外落ち着いていた。きっとこの間にできることは精一杯やったからだろう。もっとこうすれば良かった、ああすれば良かった、と後悔する余地がないのだ。
だからこんな清々しい気持ちになれる。
「リア様。必ずお守りいたします」
「それはこっちのセリフだよ、エリス」
ギュッとエリスの手を握った。死んでたまるか。死なせてたまるか。
推しを守るため、自分自身を奮い立たせた。
戦場に立つ。
難しいことじゃない、と思っていたが、どうやらその考えはかなり甘かったらしい。
戦場特有の圧にやられてしまっている。足元がすくみ、震え、弱々しくなる。
頭の中では果敢に駆け出し、剣をふるい、無双するというのを思い描いていた。しかし、実際はなにもできない。怖くて足すら動けない。無力だ。
そんな自分のことが嫌になる。
「リア様……?」
不安なのが顔に出ていたのだろうか。心配そうにエリスは私のことを見てくる。
ここでエリスに泣きついたらすべて解決するのかな。
まぁ私が戦場に立つことはなくなるか。でも代わりにエリスはさらに前線へと進むことになる。それは決して私の望むことではない。
不安だし、怖いし、なによりも死にたくない。
ただにエリスを失いたくない……という気持ちがすべてを勝る。
「大丈夫、行こうか」
剣を抜き、剣先を軍勢に向ける。
ちょっと格好付けすぎたかなと思ったが、まぁそのくらいがちょうど良い。多分。
「リア様、安心してください」
「なにが?」
「この程度わたくしの力があれば簡単に蹴散らせます」
エリスはむふんと啖呵を切った。
そういうことは本当に思っていても言うもんじゃない。ただ今日に限っては許そう。その言葉の真意はおいておいて、私の不安を払拭してくれる最高の言葉だったから。
アルベルト家の軍勢は多い。あらゆる力を集約しているのではと思うほど。でも私は知っている、アルベルト家にとってこれはほんの一部にしか過ぎないということを。
仮にこの軍勢を退けることができたとしても、軍隊を再編成し、またやってくるだろう。
『白銀の薔薇』のストーリー上で得た知識なので、ペラペラと喋ったりはできないが。
「うおおおおおおお、お前ら。国を返すわけにはいかねぇー。先祖が勝ち取ったこの土地を守れ!」
私たちの後ろで、ルートピアの兵士と警備隊が士気を高めている。
戦力差を目の当たりにして士気が下がってしまうかもと思っていたが、そんなことは一切なく安心した。
とりあえず無惨に為す術なく負ける、という展開は避けられそう。
「リア様。どのように戦いましょう」
「って言われてもなぁ。私その辺は詳しくないし」
戦い方、とかに関しては多分エリスの方が詳しい。
「それではわたくしが決めてもよろしいですか」
「むしろお願いしたい」
「では……わたくしたちは突っ込みましょう。防戦では押されてしまうだけですからね。攻めて、攻めて、攻めまくりましょう。目指すは敵将の首、です」
ビシッとエリスはアルベルトの軍勢に向かって指をさす。その先に居るのはアルベルト家次男、エルザー・アルベルトであった。一際目立つ防具をみにつけているので、目を細めてもわかる。
「リア様、この戦いが終わったら、オリオットに帰りませんか」
「エリス。凄いね。綺麗過ぎるフラグ立てたね」
そこまで綺麗だと逆に大丈夫そうだ。
「フラグ……ですか?」
「良いよ。なんでもない。しっかりと勝って、オリオットに帰ろっか」
微笑み合い、エリスは地面を蹴って、駆け出した。
敵兵はエリスを狙う。無謀にも真っ先に突っ込んだエリスを処理しようという判断はもっともだと思う。しかし、相手が悪かった。斬りかかって来た敵兵五人をエリスは軽々と退ける。ある者は胴体を上下に斬られ、またある者は左右に斬られる。
そして彼女が逃した兵を私がブサブサと処理していく。
敵兵の海を切り裂き、道を作る。道がないのならば作り出せば良い。みたいな? いや、無茶苦茶だ。
一人一人敵兵を倒す、というのは本当にキリがなく、ただただ体力を消費するだけの愚行と言える。しかし、私たちは最短距離で敵将エルザー・アルベルトの元へと向かっている。
とても遠く、絵空事のようだった勝利であるが、掴めるところまでやってきたことを実感する。今の私たちはかなり波に乗っているのだろう。
あわよくば、このまま首を取りたい。
しかし、歩みの速度は停滞してしまった。
敵将に近付けば近付くほど、力のあるものが固まっているので致し方ない。
でもエリスは剣を振る速度を落とさない。ずっと一定で振り続ける。私はもう既にひーひー言っているというのに、彼女は疲れを一切見せない。ポーカーフェイスなだけか、はたまた本当に疲れていないのか。真偽は不明だ。
「つ、つかれる……」
エリスが殺り逃した兵士の息の根を止めているのに、この疲労感。
「リア様。伏せてください」
エリスは凄いなぁと感心していると彼女は突然叫んだ。
声を聞いて、反射的にしゃがむ。
一秒も満たないうちに光線が私の頭上を通過した。なんならかすったかもしれない。
「今のは……エルザーの攻撃、か」
見覚えのある攻撃であった。光線。あれは魔法だ。
「リア様もお気付きになられていましたか。わたくしの指示がなくとも避けられていましたね。申し訳ありません」
剣を振り続けるエリスは謝罪してくる。
いや、無理だよ。私のことちょっと過大評価してませんかね。避けられるわけがない。
「君たち凄いね。僕の光線避けちゃうんだ」
重たそうな鎧を身にまといながら宙に浮く、エルザー・アルベルト。
無垢な笑みを浮かべる。
私たちの周りにはエルザー・アルベルトの光線により命を散らしたものが無造作に倒れているというのに。コイツはさも当然、みたいな雰囲気である。実際気にしていないのだろう。
「面白いし、気に入ったよ」
「それは喜んで良いことなのでしょうか?」
エリスは不思議そうに訊ねる。エルザーではなく私に。いや、私に訊ねられても困る。
「本来は喜ばしいことなのだろうね。だって気に入ったものを簡単に殺すわけないからさ。でもね、今回の戦は僕の裁量はあってないようなもの。君たちは『なにがあっても絶対殺せ』って命令が出てるからね。従わざるを得ないんだよっ!」
パチンっと指を鳴らす。
ガタガタと地面が揺れ始める。大きな地震が来る時の初期微動……所謂P波のような揺れである。
「地震……」
と、呟いた次の瞬間であった。
私の目の前に巨大な光線が貫く。まるで天使でも舞い降りるかのように。神々しい光のような光線。
いや、これは天から降り注いでるのではない。地面から伸びている。
「……」
というか、エリスの姿が見えない。
さっきまで私の前に居たわけで。あ、あれ? もしかして、光線に飲まれた? そんな馬鹿な。
大丈夫、そんなはずない。というか、仮に飲まれそうになっていたとしてエリスならきっと避けられる。彼女はそれくらい造作もないだろう。私が心配するだけ無駄だ。どうせ杞憂に終わる。
そうであって欲しいと願う。
柱のような光線の中から一つの剣が飛んできた。弾けた、という表現の方が近しい。
その剣はぐさっと私の目の前に突き刺さる。
見覚えのある剣であった。というか見覚えしかない。
「エリスの剣……だ」
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