第3話 身内と故郷が即退場するとか笑えない
私、リア・フェルナンドとライアン・フェルナンドには血の繋がりがない。
まぁDNA検査をしたら血の繋がりは証明されてしまうが。それでも血の繋がりはない。
アニメとか漫画とかでは幾度となく出会ってきた相手ではある。しかし、リアルとして顔を合わせたのは数度だけ。時間にしても一時間に満たない。
フェルナンド家とアルベルト家の戦争。縁を切られた以上、私に参戦義務はない。むしろ父親の気持ちを慮ったら、どこか遠くへ逃げる……というのが選択として非常に正しいものになりうるのだろう。
きっとそれが父親の想いを報いることになるから。
「リア様。戻りましょう。オリオットが危険です」
バンっと勢い良く机を叩く。並んでいた皿はかたんっと音を立て、その上に乗っていた料理は跳ねる。
「戻らないよ」
私は二度首を横に振る。
「なぜですか。リア様。オリオットが危険なのですよ。追い出された恨みを持っているということであればそんなものは今すぐに捨ててください。オリオットには守らなければならないものが沢山あります。すべてを見捨てても良いのですか?」
すべてを見捨てる。
きっと私がただの異世界転移者であれば心が大きく揺れていたのだろうなと思う。エリスのワードセンスには感服だ。冗長でありながらもすっと人の心に染みる言葉を口にできる彼女はきっと営業職向きである。
いくら口が上手くても、その言葉を向ける相手は選ばなければならない。
私にすべてを見捨てるという言葉はほとんど無意味なのだ。
だって、誓ったから。
私はエリスを守る、と。
ここで戻ったらエリスを守る、というのは非常に難しいものになる。自分の命すら簡単に奪われてしまうだろう。正直、私たちが加勢したところで戦局が動く……ようなことはない。
これがチート能力持ちとかであれば話は変わる。しかし私はあくまでも能力覚醒を果たしただけの幼気な少女。エリスも剣術が他者より長けているだけの少女。
この二人が加わって天秤が傾く。そんなギリギリの戦いが繰り広げられるとは思えない。きっと私たちが加わっても天秤が少しだけ揺れるくらいだろう。
「ここで戻ったらオリオットを裏切ることになるし、父上を裏切ることになる。エリスはそれを望む?」
「裏切る……ですか」
「そう。せっかく逃がしたのに戻ってきて、そして死ぬ。物語としては可憐かもしれないけど、当事者としてはたまったもんじゃない。私たちは父上やリックさん、それにオリオットの領民の未来を託されているんだよ」
私たちに残された選択肢は最初から一つしかない。
逃げること。ただそれだけ、である。
「だからエリス。私たちは逃げるよ」
「リア様……」
「逃げるのが私たちに課された使命だから」
別に私にはそんな義務も義理もない。でもリア・フェルナンドの皮を被ってしまった以上致し方ない。それにエリスを守ることにもなるから。逃げることっていうのは案外合理的である。
エリスは不満そうだ。
たしかなことは本人に直接訊ねないと不明であるが、私たちは今彼女の中にある騎士道に反する行動を取ろうとしているのだろう。自分の中にあるポリシーを曲げるというのは難しいことだ。簡単に折れるようなものではない。
「リア様。わたくしはリア様の騎士であり、右腕です。リア様が逃げる、と仰られるのでしたらどこまでもお付き合いいたしましょう」
エリスはすべてを呑み込んで、受け入れた。
逃げるのは騎士道に反する。でも私を説得するのはもっと騎士道に反する。だからマシな方を選んだ、ということころだろうか。
さっきまで躊躇して悶々としている感じだったのに、今は清々しさに溢れている。
「それじゃあ、行こっか。王都へ」
「はい。リア様」
こうして私たちは朝早くから出発して、一日でも早く王都へ到着するように無理をした。
私たちが追い出されてから約一ヶ月が経過した。
オリオットがどうなったのか。
情報が入ってこないので知らない。
オリオットから離れてしまったからしょうがない。あんな辺境の地のことなんてどうでも良いのだろう。
「ここって、ルートピアの近くじゃない?」
ふと足を止めて、エリスに問う。
「はい。その通りでございます」
中立国ルートピア。
王立国家ジャスクットのルートピア領から独立し、中立を宣言した国である。
『銀色の薔薇』のストーリー通りであれば、この国は大きな核となる。
ちょっと寄り道になるが寄ってみるのも悪くない。
「エリス。ルートピアに寄ろう」
「構いませんが、王都へ急ぐのではないのでしょうか」
「急ぐけどね。寄っておくことが大事な布石になるから」
「な、なるほど?」
彼女は首を傾げる。
それもそうだ。突然そんなことを言われたって、はいそうですかと納得できるはずがない。私がエリスの立場であれば、同じような反応を間違いなくしている。
でもこっちにも言えない事情というものがあるのだ。
申し訳ないとは思うが察して欲しい。
言えるわけないんだよ。ここに銀色の薔薇が保管されている、だなんて。
そもそも確証はないし。あくまでも私の知っている『銀色の薔薇』のストーリーのままであればという前提条件があるから。そこまで期待はしていない。銀色の薔薇を手に入れるフラグでも立てておくか、くらいの軽い気持ちである。
まずそこまで銀色の薔薇には執着していないし。仮に手に入れられたらエリスの不死でも願っておくかな。
寄り道し始めてから四日が経過した。
大きな塀が見え始める。
「あれが」
「中立国ルートピアです」
やってきました、中立国ルートピア。
人間以外の種族も平等に扱われている、真の中立国である。
中立を謳い、一国に囲まれるように立地しているので、戦力はこの世界でも随一と言われている。そうでもないと、簡単に侵攻されてしまうから。
武装しない人間からすれば安全材料でしかない。
だから商人の出入りが多く、経済的にも大きく発展している。
一領土が独立した。それだけだと弱々しさを感じるかもしれないが、かなりの強国である。
と、私の知っている中立国ルートピアの情報はこんな感じ。
「さぁー、行こう、ルートピアへ」
「なんだか楽しそうですね、リア様」
拳を突き上げた私はルートピアの検問所へ向かって意気揚々と歩き出した。
もっとも数分後に、この意気揚々とした気持ちが急落下することになるのだが。
「中立国ルートピアへは何用で?」
検問所の門番は警戒するように問う。
「旅行です」
屈託のない笑みを浮かべる。
素直に銀色の薔薇を手に入れようかと、とは口が裂けても言えない。
そんなこと言ったら間違いなく捕まって存在そのものを抹消されてしまう。
いやだ、こんなところで退場したくない。
「なるほど。ルートピアではどこへ観光なされるつもりで?」
「そうですね。そ、そうですね……」
ルートピアってなにがあるの。銀色の薔薇があることしか知らないのだが。
観光地? 名産品? アニメでも漫画でも一切言及されていない。
もしかしたら設定資料集に記載があったのかもしれないが、エリスのページしか見てなかったし。
エリスに助けを乞う。
チラチラ目線を向ける。
ほら、エリスは元々ここの住人なわけだし、なにかしら知識あるでしょ。
別にマイナーな観光地を言えと言っているわけじゃないんだから。
「どうした? 答えないのか」
「えーっと、私の従者が答えるので」
「リア様!?」
「ほら、エリスが来たがってたでしょ? どこに行きたいんだっけ? さっき言ってたでしょ。ルートピアに行きたいところがあるって」
ここまでわかりやすいパスを出したのだ。
しっかりと受け取って欲しい。
「リア様、わたくしそのようなことを言った覚えはありません」
エリスは当たり前のように私のパスをスルーした。
「エリス! 適当でも良いからなんか観光地言ってよ」
「そう仰られましても……リア様が仰られなかったので、なにか考えがあるのかと思いまして」
勘繰りが悪い方向に向いてしまったらしい。
これはしょうがないか。すれ違っちゃったもんは仕方ない。文句を言ったら時が戻るってわけでもないしね。
「リア・フェルナンドにエリス・ルーベン。そろそろ真の目的を吐いてもらおうか」
門番は突如目の色を変えた。
どうやら私たちの正体に気付いていたらしい。って、元々隠匿しようとしていなかったが。
「本当に旅行だ、と言っても信じてはくれないだろうな」
「我が国の観光地すらまともに言えないような奴が旅行だなんて冗談も良いところだ」
ごもっともである。
「概ね戦争から逃げてきた、というところだろうがな」
私が答える前にあっちが答えた。
まぁ間違ってはいない。結果的には逃げてきているわけだし。ただそれだけが目的ってわけじゃない。
「だとしたら?」
相手が私のことをどうしたいのか。イマイチ答えが見えてこない。なんというかずーっとフラフラしている。
だからこちらとしてもどういう動きを見せるのが正解なのか迷う。
少なくとも事実をベラベラ吐き出すという選択肢はないが。嘘を吐くにしても、どこまで事実を混ぜようか。そこに迷いを持ってしまうのだ。
「捕縛するしかないな」
「え、なんでそうなるの」
「リア様から離れなさい。さもないと命を散らすことになるぞ」
「ちょ、馬鹿。エリス。変な挑発しないで」
エリスが剣を構えたのと同時に、門番はピーっと甲高い音の笛を鳴らした。笛は警備隊を呼ぶものだったようで、武装した人間が次から次へと塀内からやってくる。そして抵抗する暇もなくあっという間に私たちは武装した人間に囲まれてしまう。
剣やら槍やらの先を向けられる。
「お前ら手を挙げろ」
「抵抗しようと思うなよ。したらグさり、だ」
「動くなよ」
「死にたくなきゃ指示に従え」
と、指示と脅しが飛び交う。
あちこちから飛んでくるせいで矛盾した指示になっているのはどうにかして欲しい。動いても動かなくても死んじゃうじゃないですか、これ。
とりあえず武器を捨て、手を挙げる。
抵抗の意思がないことを見せなきゃならない。
「リア様。わたくしがこの程度」
「ダメだよ、エリス。ここで抗うのは賢明とは言えない」
「ですが……」
「死んだらなにもできない。少なくとも今の私たちには勝てないんだから。大人しく従うしかないんだよ」
一対一であれば憂うことはなかった。エリスと共に戦うことを選んでいただろう。
しかし、私たちには多勢に無勢に打ち勝つほどの力はない。この戦力差を圧倒できるわけがないのだ。勝てない。勝てるはずがない。
ここで抵抗すれば待ち受けるのは死のみ。
ならば、だ。
ここは素直に受け入れ、捕縛され、機を見計らい、反撃を仕掛けるなり、逃げ出す……という選択をするのが聡明というものだろう。
「リア様がそう仰るのなら……」
エリスは折れた。
不満そうではあるが、死なれるよりは良い。死なれてしまえば元子もないから。
「というわけで、私たちは牢屋にぶちこまれてしまいましたとさ」
「リア様。どなたに語っているのですか」
「誰に語ってるんだろうねぇ」
灰色の面白みのない壁を見つめながら答える。
この世界に転移して、エリスを助けて、実の父親から追放され、辿り着いた中立国で入国前に牢屋へとぶちこまれる。
超展開も良いところだ。
というかそとそも中立国とはなんなんだ。
めちゃくちゃアルベルト家側に肩入れしているじゃねぇか。どうせ私たちのことをあっちに引き渡すつもりなのだろう。
まぁそう簡単に引き渡されるつもりはない。
タイミングを見計らって絶対に逃げてやるんだ。
覚悟を決めて数分。私は取調室へと連れてこられていた。
エリスは牢屋に放置。どうやら一人一人らしい。
「ルートピアに逃げてきてなにをするつもりだった」
前置きもなく質問を投げてくる。まぁそんなもの求めてもいなかったので好都合だ。
「別に逃げてきたつもりはない。結果的にはそうなっているけどね。だから否定するわけでもない」
「じゃあなにをするつもりだった」
「王都へ向かう途中にルートピアが近くなったから寄ろうとしただけ」
決して嘘は言っていない。
「寄って何をしようとしていた」
「旅行ってずーっと言ってるでしょ。ルートピアの観光地なんて知らない。流れで寄ることになったんだから当然だろ」
「一理あるな。では質問を変えよう」
「なんなりと」
「貴様らは我々を盾にしようとしているのではないか?」
「盾……?」
首を傾げる。
イマイチなにが言いたいのかわからなかった。
盾ってどういうことだろうか。
「中立国に逃げれば敵が攻めてこない。そう考えてルートピアを盾にする輩が多いんだ」
「私たちがそうするように見えていると?」
問いながら、客観的にはそう見えるだろうなぁと思う。
実情はともかく、タイミング的には逃げ込んだとしか見えない。
「ハザード隊長が『経験上そうだ』ってな」
「仮にそうだったとしたらどうするつもりだ?」
そこまで深く疑われているのであれば、その疑いを晴らすというのは容易なことではない。
きっと骨の折れる作業になるはずだ。
それならば例えそうでなかったとしても、相手の言い分を認めてしまって、そこからどう挽回するか。という思考にシフトチェンジしてしまった方が色々と都合が良いのではと思った。その方が楽そうだし。
「認めるのであれば問答無用で殺す。争いの種は捨てておかなければならない。でなければ中立国は中立国として生きていくのは難しい」
殺気が感じられる。
とても冗談、という雰囲気ではない。
「なら、違うと言っておこうか。目的は旅行だよ。ルートピア旅行」
笑顔を見せる。
こう言わざるを得ない。
「そうか、そうかよ。まぁそっちが吐くまで俺たちはお前らを解放するつもりはない。それだけははっきりと伝えておく」
「なんのことでしょうね。私たちはあくまでも事実を述べているだけだから」
脅されようともひらりひらりと躱していく。
暴力による尋問でないのならまぁ耐えられる。何ヶ月も牢屋に入れられ続けた場合はわからないけど。少なくとも今は行けると思っている。
あっちは多分逃げてきたということにしたいのだろう。
そうすりゃ他国の人間であっても殺す大義名分ができるから。
中立国が正当な理由でやってきた他国の人間を殺すってのは色々とマズイんだろうし。
「そうだ。最後に一つ」
「またなにか適当な言い掛かり?」
腹が立たなかったと言えば嘘になる。だから若干煽る。
煽られたことに気付いた警備隊の人間は顔を顰めた。場所が場所ならこれだけで平手打ちされるんだろうけど、中立国ルートピアの警備隊たちは手を挙げることはない。
しっかりと感情をコントロールすることができていて偉いなと思う。あわよくば顔にも出さないようにできるとポイント高いよ。
「こちらが言い掛かりをつけたことなど一度足りともないがな」
ああ言えばこう言う。
そろそろやめておこう。これ際限ない。
「で、最後に一つってのはそれ?」
「違う。今の情勢についてお前……リア・フェルナンドに教えておいてやろうと思ってな」
ピシッと指をさされた。しかもフルネームもつけて。
仰々しいな。
と、思いつつも、姿勢を正す。
なんとなく覚悟もしておく。
なに言われるのかわからないけど。
「二週間ほど前、アルベルト家が率いる軍隊とフェルナンド家が率いる軍隊がオリオット領内で衝突した。結果はアルベルト家の軍隊が圧勝。戦争時間はたったの一時間、だ」
「そ、そう……」
わかっていたが、やはりそうなるか。一時間で陥落するというのは想定外だったが。
それほどにオリオットはボロボロだった、ということなのだろう。
「でだ、お前の父親は死んだ」
ふんっと悪い顔をする。
死んだか、そうか、死んだか。
覚悟していたし、直接的な関わりはそんなに多くなかったから、その結果を聞いても悲しくならないと思っていた。思っていたはずだが、なんか思ったよりも悲しい。
でも、この選択は間違っていないと思っている。
エリスを守るのには必要だから。
「そうか」
なんて淡白な返事をした。薄情者に見えただろうか。まぁ見えていても構わない。
尋問は毎日続いた。
午前は私、午後はエリスが尋問される。
そして終われば房に戻り、エリスと二人で情報共有。
一人だったら簡単に精神が崩壊していたかもしれないが、私の推しが同じ牢屋に居てくれるので、気持ち的にはうんと楽だった。
そしてとある日の尋問の時間。
今日は取調室へ連れて行かれなかった。
でも警備隊は来る。しかも偉そうな人も連れて。
私のエリスは顔を見合わせる。なにか知ってる? という質問をぶつけながら。
彼女は首を横に振る。どうやら知らないらしい。ちなみに私と知らない。
「俺はハザード。警備隊の隊長を務めている。と、そんなのはどうでも良くてだな。アルベルト家はお前らが中立国ルートピアに居ることに気付いたようで、こちらに侵攻している。ジャスクットはアルベルト家の侵攻に全面支援を表明している。表上は自国民の救出だとさ。良かったな、お二人さん」
思いもよらぬ報告を受けた。
私とエリスはぽかーんとしてしまった。
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