即退場の推しキャラを守りたい!!!
こーぼーさつき
プロローグ
「っ……、また死んだ」
ベッドで仰向けになりながら、スマホを握る私は顔を顰める。
それでもアニメの映像から目を逸らすことはない。
「一話でエリスが死ぬ。いつもそう」
嘆く。
悔しい、悲しい、苦しい、辛い。負の近しい感情がごわっとまとめて押し寄せてくる。
「もしもエリスを救えるのなら、なんでもするのに」
なんの気なしにつぶやいた。
その瞬間に身体は重くなる。
気怠くなって、スマホのブルーライトでさえも大きな負担になってしまう。
アニメを止めて、スマホをベッドにおいて目を閉じる。
ゆっくりと息を吸って、吐く。
風邪でも引いたのかな。
この圧倒的な体調不良に無理矢理答えを導き出して、本能に赴くまま、私は意識を手放す。意識が無くなる間際に見えた魔法陣のようなものはきっとアニメの見すぎなんだろうなぁと思う。
◆◇◆◇◆◇
人生を捧げても良い。そう思えるほどに好きな作品があった。
原作は漫画。
十何巻と経て、アニメ化まで果たした作品である。
タイトルは
『銀色の薔薇』
だ。
中世風のファンタジー世界が舞台。魔法と剣が主流。所謂異世界系というジャンルだ。
持ち主の願いをなんでも叶えると言われる世界に一輪しかない「銀色の薔薇」を巡り、世界各国で戦いが起こる。その一端を描いたのがこの『銀色の薔薇』という作品である。
好き過ぎて、アニメ放送が終わった今でも暇さえあれば一話から最終回まで観ている。
ストーリーが面白い、世界観が好き。こうやって熱を持てる理由は沢山あるが、一番はやはりこの作品に推しがいるから、だろう。
もしも神様がなにか一つ願いを叶えてくれると言うのなら、躊躇することなくそのキャラクターと結婚させてくれ、と願うほどに好きなキャラクターがいる。もっとも二次元と三次元の区別はついているし、第一同性だから結婚なんて無理なんだけど。
それほどに好きなキャラクターということだ。
彼女の名前は「エリス・ルーベン」という。
銀色の長髪で、サファイアのようや青い瞳を持ち、美しい姫君を彷彿とさせる容姿をしている。それと同時に異世界の戦士としての風格をも感じさせる。お淑やかさと力強さが彼女には混在しているのだ。
私は彼女のことを愛している。
愛しすぎて、供給の少ないグッズを大量に買い漁ってしまう始末だ。
受注生産であったフィギュアは十体購入した。一体目は寝室に、二体目はキッチンに、三体目はリビングに、四体目は玄関に、五体目はトイレに、六体目は車のダッシュボードに、七体目は保管用として、八体目は保管用の保管用として、九体目は常に持ち歩く用に、そして十体目は布教用、である、
このようにどかんとお金を使ってしまうところからなんとなく想像できるかもしれないが、世間一般的にエリス・ルーベンというキャラクターは人気とは言えない。
推しの人気がないというのは本来解せないことなのだろうと思うが、エリス・ルーベンに関して例外である。
推している側の私でさえ詮無きことと思うくらいの理由がある。
だって、彼女アニメだと三分で退場しているから。三分で死んでるから。一話目の三分で死んじゃうとか普通好きになるわけがない。
しょうかないなぁと思えてしまう。
◆◇◆◇◆◇
目を覚ます。
私は立っていた。
仰向けに眠っていたはずなのに起きている。
まぁ良いよ。百歩。いいや、一千歩譲って立っているのは理解した。
でも、だ。
外にいて、しかも剣を構えているのはわけがわからない。
もしかして、これって夢?
と思うが、剣と剣がぶつかり合う音が周囲に響き渡る。
「リア様。わたくしが必ずリア様をお守りいたします。この命に変えてでも必ず。ですから、どうか。ここはお下がりください」
重そうな鎧に輝く剣を持つ女性が目の前に現れた。
私は思わずぽかーんとしてしまう。
脳みその処理が追いつかない。
「エリス……?」
私の推しが目の前にいる。
リアリティがありすぎて、現実のように思えてしまう。でも二次元のキャラクターが目の前にいる。その非現実さのギャップで頭がどうにかなりそうだ。
「リア様、どうかされましたか?」
彼女は私のことをリア様、と呼んでいる。
「銀色の薔薇」という作品において、エリスが「リア様」と呼ぶ人物は一人しかいない。この作品の主人公にしか言わない。
でも私のことをリア様って呼んでいる。
いやいやまさか……ねぇ。
一つのとある可能性が脳裏に過ぎったが、んなわけない、ありえないありえない、とすぐに考えを捨てた。
「リア様。どうかここはわたくしにお任せ下さい。このままでは危険です。リア様は撤退されるべきです」
「エリスだよね。エリス・ルーベンだよね」
「はい。そうですが……混乱なされているのでしょうか」
彼女は困っている。
「へっへっへっ、なんだぁ? なんだなんだなんだぁ? 闘い中に呑気にお喋りかぁ? これだからお嬢様方は苦手なんだ。だがなぁ、今回に関しちゃ好都合だ。ダリウス様の野望に一歩近付くことになるんだからなぁ!」
何度も観た顔の男。
コイツが敵将だ。
なぜ知っているかって?
だってこいつがエリスを殺した人物だからだ。
何度だって顔を見た。嫌でも見ることになる。
覚えてしまった。
良し、一旦落ち着こう。落ち着いて色々錯綜している情報を整理しよう。
私は『銀色の薔薇』の世界に転移してしまった。
で、推しであるエリス・ルーベンが目の前にいて、ストーリー上彼女のことを殺すことになるであろう敵が居る。
そして、私の持つ剣に反射する顔。そこにはリア・フェルナンド……主人公の顔がある。
これらから導き出される答えは一つ。
「私、リアになっちゃった!?」
「なにを言っているのでしょうか? リア様はリア様ですよね」
「そうだけど、そうじやないんだよ」
ニカっと笑う。
銀色の薔薇の主人公になってしまった。
もうそれはしょうがない。あれこれ文句を垂れてもどうしようもない。文句を言って元の世界に戻れるわけでもない。
それにこの環境は私にとって案外悪い話じゃない。だって私の野望が果たせるかもしれないから。
「エリス。私は君を絶対に殺さない」
「リア様。それはわたくしのセリフです」
「あー、もう。そんなじれったいこと言わないで」
ストーリー上であれば、私を庇ってエリスは死んでしまう。
三分も満たずに退場してしまう。
きっとそろそろ殺されるはず。
でも、今の私なら。
「絶対にエリスを守る。守るんだぁぁぁぁぁぁぁ!」
エリスが死んだ時の喪失感、悲壮感を思い出す。そして心を震わせる。
主人公の覚醒のトリガーはエリスを失うこと。
と言っても、実際に失う必要はない。
私の場合は特に、だ。
エリスのことが好き過ぎて、エリスを失った時の感情というのは何十回、何百回と経験している。つまり、知っている。
だから、それを思い出すだけで良い。
「リア様。光っておられますよ」
エリスは若干引き気味に指摘する。
どうやら成功したらしい。
覚醒、だ。
銀色の薔薇通りであれば、この敵を殺すだけの力を手に入れているはず。
エリスを守りたいと願った。そしてこうやってチャンスを得た。
それを無碍にはできない。
「覚醒、か。それがどうした。元々の能力が低いというのに覚醒したところで俺の足元にすら及ばないだろ」
「それは……実際に戦ってみて証明してみてください。なにが起こったかわかる前に……」
私は走る。地面を蹴り、飛び跳ねるように駆ける。身体が軽い。今なら空を飛べるかもしれない。
剣を振りかざす。木の棒を操るかのように自由自在に剣を操れてしまう。
振りかざしたのと同時に手元に若干の重たさを覚える。
血液の臭いが私を襲う。
ぽとんと首が落ちた。
「やった……やった」
剣を落とす。
エリスを守った。殺さなかった。
「エリス!」
「え、あっ……ひゃい。ど、うされましたか?」
興奮のあまり、彼女の元へ駆け寄って、抱きついてしまった。エリスは困惑気味の口調で問う。
「これからはね、私が! エリスを守るから。絶対に……!」
誓った。
私はエリスを守ると。
殺させない、と。
この時の私はまだ知らなかった。
定められた運命に抗うというのは容易なことではない、と。
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