第1話 即退場からは逃れられない

 戦いに勝利した私たちは帰還する。

 敵将を討ち取った時点で、この戦の勝敗は決している。無駄な血を流すのは私としても本望ではない。

 なので、生き残った残党は殺さずに放置することにした。

 本来は捕縛して、捕虜くらいにはしても良いのかもしれない。しかし、捕虜にしたところで領地まで持ち帰る手段がないし、持ち帰ったとしても彼らを養うだけの余力が我々にはない。

 捕虜にする費用対効果を考えると、そのまま逃がしてしまった方が色々都合が良い。これが田舎領地というものだ。アニメとかじゃサラッとモノローグで語られていたくらいだったが、実際にその立場に立ってみると結構辛い。


 残党を逃がす。それ相応の危険が付きまとう。

 エリスを守る。そう決めた以上、気を緩めることはできない。

 それにここからのストーリーは私の知らないストーリーである。

 エリスが死ななかった。分岐点としてはとても大きい。

 きっとここからは私が知らないストーリーが展開されていくはず。

 この世界のこと知っているから、イージーモードだーって余裕ぶっこくことはできない。


 まぁその未来を選んだのは私だから文句を垂れることは許されないし、そもそもこの選択が間違いだったとは微塵も思っていない。

 馬車に揺れる中、生きているエリスを見られる。それだけでこの先どれだけの苦難が待っていようとも悔いたりはしない、と断言できる。


 「リア様、どうかなされましたか? わたくしの顔になにか着いているのでしょうか」


 エリスはこてんと首を傾げた。


 「なんでもないよ」

 「というわりにはニヤニヤしておられますが」


 おっと、顔に出ていたらしい。

 でもニヤけるなって方が無理な話だ。

 だってさ、本来三分で死ぬはずの推しが生きているんだよ。ここから私の知らない推しの物語が展開されていくんだよ。

 嬉しいに決まってんじゃん。ニヤけるに決まってんじゃん。


 「勝てたから嬉しいんだよ」


 推しが生きてて嬉しいんだとは言えないので、それっぽいことを口にしておく。


 「なるほど、そういうことでしたか。それならわたくしも同じ気持ちです。リア様の初陣、無事に白星を彩ることができ、リア様に仕える騎士として、これ以上にない光栄でございます」


 堅苦しさ全開である。


 「エリス? 私たち幼馴染だよね。なんでこんな主従関係みたい雰囲気出しちゃってんの」

 「わたくしとリア様はたしかに幼馴染でありますが、主従関係も明確に存在していますので」

 「え、あぁ……うん」


 あれ、あれれ、あれれれ。

 推しを助けて、推しから好意を抱かれて、キャッキャウフフな人生を送るつもりだったんだけど。

 現実はそう甘くないってことですか、そうですか。




 馬車に揺られ、外を眺める。

 面白みのない景色が続く。ずっと木が生い茂っているだけ。代わり映えのない景色だ。

 田舎領主の娘の運命である。領内の八割は森。二割の土地にしか人が住んでいない、というか住めない。開拓すれば良いのだろうけれど、田舎であるオリオットにはそんな資金が存在していない。国に納める税だけで精一杯なのが実情。


 「というか、あれか。帰ったらあれが居るのか……」


 とても憂鬱な気分になる。


 私の知っている銀色の薔薇のストーリーであれば、館に帰還すると父親から見合い話を提案されるのだ。相手は有力貴族の子息。イケメンで財力があって権力もあり性格も良い。主人公と良い雰囲気になるし、正式に婚約者となる相手なのだが、エリスのことが好きな私はどうも彼のことが好かなかった。エリスを失って意気消沈している主人公に付け入るような形で近付き、口説く……というのが、私のポリシーに反するのだ。

 ただ世間的にはメインキャラということもあって人気がある。女性人気がかなり高く、グッズ化されることも多い。


 「どうかされましたか? さきほどとは真逆の表情をなされていますが」

 「憂鬱になった」

 「お話聞きましょうか」

 「いや、大丈夫。ただ家に帰りたく無くなっただけだから」

 「それはダメですよ。領主様に報告しなければなりませんから」

 「わかってるよ、わかってる……」


 エリスに諭されてしまった。

 少なくとも私はアイツを好きになるつもりはない。

 だから……フラグをバキバキに折ってしまおう。


◆◇◆◇◆◇


 館に帰還し、領主元い父親に戦闘の報告を行った。

 と言っても、私は特になにか言ったりはしない。

 エリスの報告にこくこくと頷くだけの簡単なお仕事である。


 「――で、報告は以上となります」

 「ふむ、報告ご苦労。にしても、そうか。やはりダリウスも動き始めているか」

 「そのようです」

 「ならばこちらもより一層、警戒を強める必要があるだろうな。とはいえ、これ以上全力を割くことも難しい。このままだと戦闘職でない領民を武装させなけれらならない。もっとも我々への風当たりを考慮すれば、反乱が起こってしまうかもしれぬ」


 『銀色の薔薇』のストーリー的にはこんな話は出てこなかった。

 帰還して最初の会話は、エリスが亡くなったことに対してであったからだ。敵の報告と今後の対策なんて話せるような雰囲気でなかった。特に父親の右腕として内政を担当するエリスの父親が取り乱して大変だったし。まぁ言ってしまえば混沌としていたのだ。今の淡々とした空気とは大違い。


 エリスが生きている。という一つの違いでここまで大きくストーリーは動いてしまうのか、と今更ながら自分のしたことってかなりとんでもないことなんじゃないかと察する。


 「なるほど。お話はお伺いしました。戦力が足りない、ということですね」

 「……っ。動くな。これ以上リア様に近付くな。斬るぞ」


 エリスは私を守るように前へ出て、剣を抜く。


 部屋に入ってきた男性は爽やかか笑顔を見せつつ。両手を挙げる。


 私を憂鬱な気持ちにさせた人間がやってきた。


 「おい、エリス。剣をしまえ」

 「しかし、父上……」


 エリスは戸惑う。


 「公の場ではリックと呼べ」

 「リック様。失礼しました」


 エリスは父親に怒られる。


 「そ、それよりもですね。剣をしまえとはどういうことですか。このいかにも怪しい者を警戒するなというのは騎士として許されない行為ではないのではありませんか」

 「怪しくないから、だ。難しい話じゃないだろう」

 「と、言いますと?」


 私の父親はこほんとわざとらしい咳払いを挟む。


 「そちらの方はブラト・アルベルト様と仰ってな、名前くらいは聞いたことないかね」


 私の父親の問いにエリスは首を傾げる。

 どうやらエリスは彼のことを知らないらしい。結構有名人だと思うんだけど。


 「申し訳ありません。ライアン様。娘の無知は昔からどうにかしなければと思っていたのですが、ここまでとは……」


 リックはペコペコ頭を下げている。

 私の隣にいるエリスはむぅっと不満げに頬を膨らませてリックを睨んでいた。

 エリスに同情はできない。これに関しては彼のことを知らないエリスが悪い。


 「う、うむ。わかっておる。エリスが無知なのは今に始まったことではあるまい」

 「恥ずかしい限りです」


 私の父親はエリスのことをフォローせずに殴ってきた。ここまで躊躇無く多方面からボコボコにされていると、流石に可哀想に思えてくる。

 抱き寄せて、優しく頭を撫でてやると、表情を弛緩させた。

 私の推し、可愛い。


 「はっ! じゃなくてですね。どなたなのですか、そのブラト・アルベルト様とは」


 私の腕の中から逃げ出した彼女は凛々しい立ち振る舞いで問いかける。


 「ブラト・アルベルト様はアルベルト家の長男であり、リアのお見合い相手だ」

 「はぁ!? アルベルト家ってあの近衛騎士団騎士団長のアルベルト家のことですか?」

 「左様だ。というかそれ以外になかろう」

 「いや、まぁ、それはそうですけど。そんな大層なところからリア様にお見合い話ですか? 妾候補、ということでしょうか」

 「いいや、リアは本妻だよ。僕はね、一目惚れしたんだ」


 ブラトは話に割って入ってきた。こういうところも嫌いだ。


 「なるほど。め、めでたいお話、ということですね」


 少しだけちょっと待ったァ! 的な展開を期待していたが、そんなことはなかった。


 エリスが死ななかったことでストーリーが大きく変わった、と思ったが、根本的なところは変わっていないらしい。

 つまり、私はブラトの正妻候補として生きていかなきゃならないのだろう。

 推しが目の前にいるのに、他の男と恋愛しなきゃいけないってなんの罰ゲームだ。


 一応扱いとしてはお見合い、となっている。

 お見合いならば断れば良い、そう思うかもしれない。

 でも現実はそう上手くいかない。

 私の立場は所詮田舎領主の娘である。平民に比べれば幾分か立場は上であるが、他の貴族と比べれば平民同然。あちらから断ることはできるが、こちらから断ることはできない。

 受け入れざるを得ないのだ。


 「アルベルト家とフェルナンド家の関係が強固になる? ふざけないでくれますかねぇ、困りますよ、そんなことされたら」


 エリスの影からにょきっと現れた男は走り出し、ブラトの元へ辿り着くと、手際良く首元に刃物を当てる。この男は医学知識を持っているのかもしれない。頸動脈をしっかりと傷付けている。


 突然の出来事で誰もが呆然と立ち尽くす。

 ブラトだけが苦しむような悲鳴をあげて、座り込む。

 血は止まらない。頸動脈を切っているから当然だ。一秒、また一秒と時間が経過するごとに彼の顔は青くなっていく。精気が失われていく。


 「何もかもが失敗してしまえばダリウス様に顔向けできないと影に潜んであとをつけたのは正解でしたね。危うく出し抜かれるところでした」

 「と、取っ捕まえろ! 生死は問わん!」

 「おっと、さっさと逃げるとしましょうか」


 父親の指示を聞いた瞬間にブラトの頸動脈を切った男は姿を消した。

 どうやら彼はさっきの残党っぽい。


 「逃がしてしまったか。仕方ない。それよりも回復術師、神官を掻き集めろ! なんとしてでも死なすな」


 切羽詰まっているのがわかる。

 絶対に殺さない、その意思が伝わってくる。


 しかし、切った血管と出血量から考えるに、ここから生き延びる……というのは中々難しい。

 高ランクの回復スキルがあれば話は別なのかもしれないが。

 こんな辺境の地に高ランク所持者などいない。

 あとはブラト自身がそのような人間を連れてきているかどうかって感じだ。まぁそれも望みは薄い。大人数で来ていないはずだし。


 「リア様、これは一体なにがどうなっているのでしょうか」

 「どうなってるのかこっちが聞きたいよ」


 本音である。

 想定外の展開過ぎて、脳の処理がまだ追いついていない。


 と、冷静になろうとしている中、近くにいた回復術師が青ざめた顔をする。


 「ライアン様。その、大変申し上げにくいのですが……」

 「ダメだったか」

 「はい。お亡くなりになられました」


 私とエリスは顔を見合わせる。


 「とりあえず目の前の状況をそのまま説明するなら、私のお見合い相手が死んだってことかな」


 銀色の薔薇における主要キャラが死んだ。

 これからブラトが鍵になるストーリーだって沢山ある。

 それなのに死んだ。


 即退場するはずのエリスを救ったら、私の婚約者が即退場してしまった。

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