第6話 即退場するのは敵や味方だけじゃない
「ハザードだっけ?」
「発音が違うが、こまけぇーことは気にしねぇ」
という指摘をしている時点で気にしているのでは、とか思ったが言わないでおく。
「で、なに? 帰りたいんだけど」
肩の手を振り払う。
「正気か? 帰れるわけないだろうが」
「なんでだよ。ルートピアの国民ってわけでもないし。縛られる理由なんてないと思うけど」
「リア・フェルナンド。お前は今戦のMVPだ。陛下との謁見をせずに帰すなんてことをしたら俺の首が吹き飛んじまう」
なぜそんなことしなきゃならないのか。
「なんて顔してるんだ。まるで面倒なことに巻き込むな……みたいな顔しやがって」
「いや、面倒だよ」
本来名誉なことなのだろうし、喜ぶべきなんだろう。
でも、今の私にはあまりにもプレッシャーの大きいものである。それにルートピアに居座るつもりは毛頭ない。だから謁見なんてするだけ時間の無駄だ。
お金とか、私の要求を飲んでくれるとか、目に見えるメリットが私にあるのなら、検討の余地はある。
ただ、そういうメリットがないのなら行きたくない。
ハザードの手を振り払ってそのまま走り去っても良い。突然得た謎の力を使えば、コイツを振り払うことなど容易いことだろう。それにハザードの首が飛ぶとか知ったことじゃない。
「マジかよ……変わったヤツだな」
と言われても。面倒なものは面倒だし、嫌なものは嫌。
非常に単純明快である。
「どうしたら謁見してくれる」
「どうしたら、というのは?」
警戒する。
すぐに逃げることのできる姿勢をとる。
「謁見をしても良いなって思うにはなにを求めるかってことだ。俺たちにできることなら叶えてやる」
思ったよりもちゃんと懇願してくる。
そういう体裁だけかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
ここまで本気で頼む姿を見ると、逃げたとしても地の果てまで追いかけてきそうだ。別に鬼ごっこがしたいわけじゃない。余計なことされるのは謁見をするよりももっと面倒だ。早かれ遅かれしなきゃならないなら、さっさと済ましてしまうに限る。
「なんでも?」
「できる限りのことならな。それなら善処すると約束する」
確約はくれない。
「それじゃあ……」
要求をハザードへとぶつけた。
頷けば良いだけなのに、彼は頷かずに、渋い顔を浮べる。
どうやら「できる限り」の外にある要求をしてしまったらしい。
とはいえ、私も折れるつもりはない。だって既に折れているのだから。ここでもう一回折れるってありえないよね。
「ダメなら私は帰る」
「いや……それは困る」
「私は困らないけど」
困るのはそっちであって、私ではない。
頭ごなしに帰ると言っているわけでもない。譲歩案はしっかりと提示している。それを蹴るのはそっちなんだから、私が帰ろうがなにしようが自由だろう。
「そっちが勝手に困るだけでしょ。私は困らないし、義理立てする筋合いもない。なんなら国外であることないこと吹聴したって良いんだよ」
私は故郷の国を相手に戦わされた、とかね。
「……負けだ。俺の負けだ。とりあえず陛下には俺からしっかりと話を通しておこう。流石に陛下の判断までは確約できない。俺ができるのはここまでだ」
そう言いながら両手をあげてお手上げポーズをする。
できれば答えまで確約して欲しかったが、流石に厳しいというのは理解している。かなり頑張ってくれた方だろう。
これ以上ごねるのは駆け引きではなく、ただのワガママになってしまう。私はワガママレディではない。
「わかった。約束ね」
もしもこの約束を破ったらどうしてやろうかな。
もう私に失うものはない。実家もないし、両親もいない、推しだっていない。大暴れするのも悪くない。と、本気で思った。
謁見というから、しばらくルートピアに滞在して、お偉いさんに囲まれながら、王様と対面することになるのかなと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。
馬車に乗せられて、そのまま城へと向かっている。
向かいにはハザードが座っている。
「本当にアレを要求するつもりか?」
「そうだけど」
「だよなぁ。そうだよな……。どう陛下に説明しろって言えば良いんだよ。下手したら説明する前に俺の首が飛んじまうよ」
ハザードは小刻みに震え、顔を青くしていた。
ガタイが良いだけに、違和感がすごい。
「というかなぜ知ってる」
「アレがあるのを?」
「そうだ。アレがあるのって国家機密だぞ。俺でさえ本物を見たことはないし」
争いの火種になるアイテムだから当然だ。
たたでさえ、戦争嫌うルートピア。そんな国が争いの火種に成りうるアイテムを見せびらかすわけがない。
国家機密扱いは至極真っ当。
「本当にあるのかさえわかんねぇー」
「それは大丈夫。絶対にあるから」
「なんでお前が知ってんだよ……」
ハザードは困惑気味だが、深く触れないで欲しい。
でも私は知っている。この世界のストーリーを一度見てきているから、知っている。
中立国ルートピアには「銀色の薔薇」が保管されていることを。
ルートピアに要求するのなんて一つしかない。私に銀色の薔薇をください。
城内を歩く。
右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても、抱くのは「豪華だなぁ」という感想のみ。
私の住む世界とはレベルが違う。
なんとなく足を踏み入れてはならぬ場所に足を踏み入れてしまった……かのような罪悪感さえある。こんな豪華なところに私なんて恐れ多い……という一般人思考。
「ここから先に陛下がいらっしゃる」
ハザードは慣れなさそうな感じでありながらも畏まっている。本当にこの扉の先に王様がいるのか。
重厚感たっぷりな扉を見て、やっと緊張感が湧いてきた。
「準備は良いか? って、これ以上お待たせするわけにもいかない」
「ダメって言っても連れてくんだね、これ」
「話が早くて助かる」
準備をする時間なんてあってないようなものであった。
扉は開かれる。
煌びやかな世界が飛び込んできた。
私は柄にもなく目を輝かせてしまう。思い描いていた異世界がそこにはあった。過剰な程に装飾が施された椅子。そこに座るのは椅子以上に装飾が施されており機能性を完全に失っている服を着る王族らしい人物。その周囲にはお偉いさんらしき人物が立っている。
「陛下。此度の戦の英雄をお連れしました。かのものは敵将エルザー・アルベルトの首を討ち取った、オリオット領主ライアン・フェルナンドの娘、リア・フェルナンドでございます」
ハザードは膝まつき、頭を下げながら、私のことを紹介してくれる。
雰囲気に押し負けて、私も膝まづいて、頭を下げる。日本人の性格がこんな所で出てしまった。
「活躍は耳にしておる。ルートピアを守るため、戦ったこと、感謝しよう」
直々に感謝されるが感慨のようなものは一切ない。
そもそも、だ。たしかに最終的に倒したのは私であるが、感謝されるべきは私ではない。本来感謝されるべきはエリスなのだ。と、私は思う。せめて死が報われるべきなのだ。だから喜べない。なんか言ってるわ、くらいの感覚だ。
「形式的なやり取りとかいらない。公の場だから必要なのかもしれないけど、いらない。国を救った人間の言葉を蔑ろにするような恩知らず、じゃないよね?」
膝まつき、立ち上がるタイミングを失っていた私はさっさと話を切り上げる方向に話をシフトした。
このままダラダラ話されてしまえば、本題に入る前に日が暮れてしまう。
時間的制約はないので構わないっちゃ、構わない。ただこのままの体勢は普通にキツイ。
「そちらが望むならそうしておこう」
「陛下よろしいのでしょうか」
「良いのじゃ。英雄が望むこと。であれば、失礼にあたることもあるまい」
この王様、結構柔軟性を持っている。隣にいる宰相? っぽいメガネをかけた男性とは全く違う。
「では早速本題に入ろう。リア・フェルナンド。貴様は褒美になにを欲する。爵位か? 金か? 身の安全か?」
爵位も金も身の安全も。すべていらない。
というか、この王様私をここに留めようとしている。爵位とか特にそうだ。
あっぶねー、なにも考えていないのうのうとした異世界人なら、よろこんで爵位を受け取るところであった。罠過ぎ。
というか、ハザードは伝えていないのか。約束を果たさない男は嫌いだ。
グググと彼を睨む。
彼は冷や汗をつーっと垂らす。首をぶんぶんと横に振った。汗は飛ぶ。
どうやら言ったらしい。この期に及んで嘘を吐くとは思えない。嘘に嘘を重ねるような愚行をするようなやつだとも思えないし、思いたくない。
なら、この王様……やってんな。
「私が望むのは銀色の薔薇です」
他のものには目もくれない。
今私が欲しいのは銀色の薔薇だけ。それ以外すべてを投げ打ったって良い。
「なぜ知っている……というのを今訊ねるのはきっと野暮というものじゃろうな」
「そうですね。深く詮索しないで頂けると助かったりします」
軽く一歩引く。
「英雄のプライベートを覗くようなことはせん。それよりも……銀色の薔薇だったか。欲しいものは」
「はい。銀色の薔薇を頂きたいです」
頭を下げる。
難しいだろうし、断固拒否されるものだと思っていた。そのくらいの覚悟であった。しかし、実際は押せばいけそうな雰囲気が漂っている。
でもそんな単純かつ簡単なことあるだろうか。ここまで優しいと色々悪い方向で勘繰ってしまう。なにか裏があるんじゃないかって。
「そうか、本当に銀色の薔薇を要求してくるか」
「欲しいので……本当に欲しいので」
喉から手が出るほど欲しい。
銀色の薔薇にすがるしかない。
「そうか。では、褒美として銀色の薔薇をくれてやろう」
さぁ……ここから交渉だ。どんな対価を吹っかけられるか楽しみだ……って、へ?
思わずぽかーんとしてしまう。
詮無きことだ。こんな簡単に許可が降りるだなんて微塵も思っていなかったから。結構無理難題を吹っかけている自覚はある。だからこそ、最低でもハザード並には粘られるかなと覚悟していた。だからこそ腑抜ける。
「良いんですか?」
「良いもなにもそちらが望んだのだろう。銀色の薔薇が欲しい、と」
それはその通りだ。私が銀色の薔薇を望んだ。欲しいと願った。
「銀色の薔薇ってとても貴重なものなはずです。そんな簡単に手放して良いものなのかと」
ここまで簡単に手放す。
もしかしたら私の知っている銀色の薔薇とは違うのではないかと訝しむ。
「そうじゃな。貴重なものだ。所持していることをも国家機密とするくらいには貴重じゃ」
なぜかお前は知っていたがな、という小言を挟まれる。
「だがな、そいつは貴重さ故に争いの種となることもある。各国が血眼になって探すような代物だ。我々は『銀色の薔薇』には財宝としての価値しか見出していない」
「な、なるほど?」
「つまり、じゃ。財宝一つで争いの種を貴様に押し付けることができる上に、エルザー・アルベルトを倒す英雄との縁もできる。銀色の薔薇を失うことくらいそこまで痛くない、ということじゃな」
「失礼ですが、銀色の薔薇の効果ってご存知ですか?」
「もちろん。願いをなんでも叶える、というものじゃ」
効果を知らずに……という線を追ったが、すぐに消される。
「我々には使えないのじゃよ。銀色の薔薇は」
「はぁ、なぜですか? 使えば良いじゃないですか」
「国のものとなってしまえば、そう簡単に使えるものじゃない。使うなら国のために……でもここで使うのは勿体ない、勿体ない、ここも勿体ない、と使う機会を幾度もなく逃してきた。今回の侵攻でさえも渋ってしまった。我々にはあまりにも荷が重いアイテムじゃよ」
ラストエリクサー症候群か。
まぁなんとなく気持ちはわかる。
明確な目的を持って手に入れなきゃ、私も同じような状況に陥っていたはずだ。
「銀色の薔薇を用意しろ」
王は部下に向かって叫ぶ。
すぐに銀色の薔薇は運ばれてきた。
一輪の銀色の薔薇。
銀色なのに人工物感は全くない。自然な銀色。
「褒美の品じゃ。受け取れ」
差し出された銀色の薔薇を受け取る。
「ありがとうございます」
まずはぺこりと頭を下げる。
そして銀色の薔薇を掲げる。
銀色の薔薇を要求したのは銀色の薔薇がただ欲しかったからではない。
銀色の薔薇を使ってとある願いを叶えたかったからだ。
叶えたいもの。
それは……。
「神から与えられし、銀色の薔薇よ。今、我の願いを叶えたまえ」
作品通りの詠唱をする。
すると銀色の薔薇は光った。目を瞑りたくなるほどに眩しい。でも気合いで目を開く。
「我が騎士、エリス・ルーベンを生き返らせろ」
叫ぶ。思いっきり叫んだ。
さっきよりも眩しく光る。これ以上目を開けると、眼球が焼けてしまいそうで、反射的に目を閉じてしまった。
目を閉じたの同時に身体がどこかへ吸い込まれていくような、不思議な感覚が走る。
なんだ、なんだこれ、と一人で慌てる。
その感覚が収まったところで、私はゆっくりと目を開く。
目の前の状況に私は戦慄してしまった。
仕方ないだろう。
だって見知った森でエリスが剣を敵と交えていたのだから。
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