第8話 側近
屋敷の中に入ると流れるようにホームツアーを始めるルーク様。
流石公爵様の家だけあって、何から何まで高価そうなものが取り揃えられている。
そこら辺に置かれている壺で平民の生涯収入を軽く超えそうだ。
そんな装飾品を自慢げに見せるでもなく、ルーク様は広い渡り廊下をスタスタと早足に進んでいく。
「ここが君の寝室ね。置いてあるものは自由に使っていいよ。ただしこの部屋のものだけだ。それ以外には極力触れないように。特に僕の書斎周りは歩くことも禁ずる。うっかり部屋に入ろうものなら打ち首だ」
こういう物騒な言葉が平然と口から飛び出してくる。
ルーク様は顔色1つ変えていないけれど、今の発言が嘘であると思う人間は居ないだろう。
この人の声には不思議な力がある。
説得力。あるいは信頼性とでもいえようか。
良い意味でも、悪い意味でも、この人が発した言葉はそのまま現実になるように思える。
「そういうことは、しっかり書斎の場所を教えてから言ってください……。場所も分からないのに近づくも、近づかないも有りませんよ」
「然り。では次は僕の書斎の場所を教えるとしよう。付いてきたまえ~」
間延びした力の籠らない声。
ある意味では余裕があると言えるのかもしれない。
「はぁ……」
「おいおい、溜息はやめてよ。僕の家が辛気臭くなるだろ?」
「安心してください。ルーク様のひょうきんさで中和されますよ」
「ハッハッハ! 言うね君。僕にそんな軽口を叩けるのは貴族を含めても中々居ないよ」
「畏まった態度を取ったところで私の処遇は変わりませんでしょう?」
「もちろんそうだとも。なんなら、ここでは敬語である必要もないよ」
そんなことを言うルーク様だけど、さっきから黙って私たちの後を付いて来ている従者から冷たい視線を向けられる。
『これ以上ウチの主に舐めた口に聞いたら分かってんだろうなテメェ』
そんな感じだ。
「やめておきます。私、命知らずではありませんので」
「アハハ! 従者たちの目を気にしているのかい? 僕が『良い』と言ったんだから、ここではそれが絶対さ。気にする必要はない」
「ルーク様……」
黙って聞いていた従者が遂に我慢の限界を迎えたようで口を挟む。
分かりやすく渋面を作ってルーク様へ抗議した。
「ここには客人もいらっしゃいます。うっかり誰かに聞かれればルーク様の体裁に響くのです。御戯れはよしてください」
「はいはい。分かったよ。アメリオは煩いね」
「煩く言わせているのは貴方です……」
どうやらアメリオさんというらしい。
いや、様と言うべきだろう。
この公爵家で従者をしているということは、この方も平民であるはずがない。
それなりの爵位を持った貴族であるはずだ。
年齢は20代後半と言ったところか。中性的な顔立ちに片眼鏡が少し浮いて見える。
生真面目な雰囲気が全身に染み付いて良そうな人だ。
「エレナ君、この小煩いのはアメリオだ。僕の一応側近。この家では僕に次ぐ権力者だと思ってくれ。まぁ、僕の代理業が生業の男さ」
「一応ではなく、私は正真正銘、貴方の側近です……」
アメリオ様がどうにもルーク様に苦労を強いられていそうなことはよく分かった。
「改めて、アメリオ・ハーネスだ。君がどれだけここに滞在するのかは分からないが、あまり迷惑を掛けてくれるなよ」
「エレナと申します。可能な限り早くお暇させていただけることを願っています。よろしくお願いいたします」
軍を辞めて幼馴染と結婚するつもりだった私、辞め際に上司へざまぁしたのがバレたあげく、公爵様に目を付けられて専属文官にされてしまった件 真嶋青 @majima_sei
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