第7話 結局モヤモヤするダメな自分

 翌日の早朝になると、私は昨日と同じくローブに身を包み、極力人目を避けながら街門まで移動した。


「失礼、青薔薇の騎士様とお見受けします。ルーク様の遣いで参りました」


 豪奢な馬車でお出迎え……と思いきや、迎えに来たのは商人のような男と御者。


「はい」


 短く返事をすると、彼は私を人目につかない場所へ案内し小さな荷台に押し込んだ。

 人さらいの手口そのものだ。

 本当にルーク様の遣いなのか不安になってくる。

 しかし、今更抵抗する意思もない私は黙ってて荷台で揺られ続ける。

 どれ程そうしていたか分からないけれど、気づけば馬は立ち止まり、荷台に乗る私を隠す布は払い除けられた。


「やぁエレナ君。昨日ぶりだね」


 気の抜けた男の声。

 心の籠もらない笑みを浮かべるその男は、この国の公爵様だ。

 

「今日も、薄ら笑いが素敵ですねルーク様」

「ハッハッハ! 随分な挨拶じゃないか。それにしても、酷い顔だね? 何かあったかい?」

「人生最悪の失恋と、人攫いに遭ったところです」

「おやおや、それは穏やかじゃない。さあさあ、僕の家にお入り。相談に乗ってあげようじゃないか」


 態とやっているんだろう。

 この人の性格の悪さが滲み出ている。


「…………はぁ」


 思わず溜息が漏れる。

 

「……やれやれ、悪かったよ。でも、仕方ないだろ? 正式にウチの家紋の入った馬車なんて平民街の方に出したら嫌でも目立つんだ。君をここに連れて来るならコッチの方が都合がいい」


 不都合は権力で握り潰せると言っていた割に、どうしてこんな周りくどい方法を取るのか……。

 まあ、不要な面倒は避けたいといったところか。


「もう何でも良いですよ……。それで、この後のことは何も聞いていないのですが、これから私はどうなるんですか?」

「言ったろ。僕の専属文官をしてもらう。それと、こう言っては悪いけど、僕は君をまだ信用してない。近くにおいて監視させてもらうよ」


 未だに経理の事で私を疑っているらしい。

 期待された所で何も面白いものは出せない。


「そうですか……好きにしてください」

「なんだか投げやりだね。本当に何かあった?」

「言った通りですよ。失恋しました……。2回も言わせないでくださいよ」

「失恋……? それで?」

「……はい?」


 それでって何だ?

 ルーク様は本気で「それからどうしたの?」とでも言いたげな顔。


「もしかして、失恋しただけで落ち込んでるの?」

「だけって……。私からしたら大層なことですよ!」


 思わず語気が強くなる。

 けれど、私の怒りなど何処吹く風といった様子でルーク様は続ける。


「悪いね。恋愛という概念は知ってるけど、僕ら貴族は基本政略結婚だから。君たち平民で言うところの『恋心』ってやつに疎くてね」


 彼は顎を撫でながら、新たな概念を発見した哲学者のようなに興味深げな顔で私を見る。


「やっぱり君は面白いね。まあ、気を悪くしたなら謝るよ」


 そんな彼の飄々とした態度に、私も怒っていることが馬鹿らしくなってしまった。

 言った所で通じないし、そもそも理解して欲しいわけでもない。


「いえ、私の方こそ……声を荒げてしまいすみません……」


 昨日は、失恋を受け入れたような気になってスッキリしていたくせに。結局一晩経ってモヤモヤしている。

 このイライラは私自身の問題だ。


「いいよ、僕も悪かった。それより中に入ろう。朝は寒いんだ」


 ルーク様のそんな言葉で、私は少し毒気が抜けてしまうのだった。

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