君の背中を、ずっと見ていた

藍田一青

第1話

 ここは、私立相川学園高等学校。全国でも有名な男女共学の名門スポーツ強豪校だ。


 敷地内には野球場や人工芝のグラウンド、弓道場にテニスコートやゴルフ練習場、果ては陸上競技ができるタータントラックまである。

 敷地内には寮まで併設されており、県外からも優秀な多数の生徒がこの学校を選んで入校していた。


 それだけではなく、最近は勉学にも手を伸ばし始めていた。特別進学科コースが三クラス、普通科コースが五クラス、スポーツコースが二クラスと、各学年十クラスに分かれている。普通科コースといっても、名門私立高校なだけあり、裕福な家庭の者が多いのも特徴だ。

 なお、特別進学科コースのみ授業時間確保の事情により棟が別となっているが、普通科コースとスポーツコースは同じ棟の同じ階に教室がある。

 同じ階というと自然と交流がうまれそうだが、実のところそれぞれの科には見えない壁のようなものがあり、あまり深い交流は無い。ただ、先の進学を見据えてあえて普通科に入り、かつ運動部に所属している生徒も多いので、その者を通じての交流などはしばしばあった。


 運動部と文化部もしくは無所属という壁はあれど、運動能力や勉学、家庭の特性など秀でた者が多いのが、この私立相川学園高等学校であった。







「紬、またLIME聞かれたの?」

「聞かれたと言うか…教室移動から戻ったら鞄にこれが入っていたと言うか…。晴ちゃん…これどうしたら良いのでしょうか…」


 九月の木曜日、今は三時間目の後の休み時間。

 動物のような耳が生えていたら、へにょんと垂れ下がらせていそうなほど肩を落とした小戸森紬は、友人である佐伯晴音に複数枚のメモを見せていた。

 先程、教室移動から自クラスである二年八組へと戻ってくると、机の横にかけてあった鞄が少し開いていて、折り畳まれた紙が複数入れられていたのだ。一見すると、まるで席替えのくじ引きのようで、びくっとなった。

 入れる現場を見ていたのだろう、クラスの男子が「紙入っていただろう?」なんて聞くものだから、自称紬専用護衛隊である晴音に気付かれてしまった。

 でも、どうせ自分ではどうもできないので、結局は晴音に頼ってしまうのだろう。


「誰よこれ…えーと『お願い!LIMEして!kengo○○26  六組 田原』…六組の田原?あー、確かいた。親が社長のちょっとちゃらくていけ好かない帰宅部のやつだよね?」

「いけ好かない!わかる!親がすげぇ金持ってるから、大抵のことは金でなんとかするって前話してるの聞いたわー」

「うわっ、本当気持ち悪い…」


 その中から一枚の紙を広げると、晴音は心の底からの不快感を現すように、綺麗な顔を歪ませた。その反応が面白かったらしく、男子は手を叩いて笑っている。


「でも自販機で万札使えなくて前詰んでたぞ」

「あぁ、自転車置き場横の?あそこ現金だけだもんねぇ。お金あってもなんとかなってないじゃん」


 晴音と男子は田原という人の話で盛り上がっているが、普段自分の周りにいる人としか関わっていない紬は誰のことかわからず、既に置いてきぼりになっている。タイミングを見計らえず話に入れないまま、大人しく存在感を消すことに徹していた。

 すると、晴音がこちらへと頭をぐりんと向ける。気配を消すことに徹していた紬は、その勢いに驚いて肩を跳ねさせた。

 心なしか、晴音の目が座っているような気がする…。

 晴音はそのまま先程の連絡先が書かれた紙を、記入面は見せないまま紬の目の高さへと持ち上げた。


「—いい?紬。こういうのは、こうするの」


 どこから出したと言いたくなるような低い声でそう言うと、紙を右手で握り、一気にぐしゃりと握り潰した。

 いや、これは知っている握りつぶし方じゃない。力が入りすぎてそのまま消滅しているんじゃないな。あと、笑っているのに何故か怖い。紬は、美人がキレると怖いというのは本当だなと、親友を見ては常々思っていた。


「佐伯の握力やべぇ…怒らせないようにしよう…」

「うん…」


 瞬時に潰された紙を自分に置き換え冷や汗をかきながら、意見が一致した男子と紬は揃って身を縮こませた。晴音が紬に怒ることなど、心配させたとき以外は無いのだが。それでも、と気を引き締めた。


「いい?紬。またこんなことがあったら、ちゃんと私に言うのよ?わかった?」

「はい!わかりました!」


 元気の良い返事に「絶対よ」と、晴音は笑う。先程の笑顔とは正反対に、晴れ晴れとした素敵な笑顔だ。あぁ、可愛いなぁと紬が思っていると、その隣から男子が申し訳無さそうに切り出した。


「こんなタイミングでごめんだけど…、実は先輩に小戸森の連絡先聞いてこいって言われてまして…」

「—あぁ゛????????」

「すみません。なんでもありません」


 晴音のドスの効いた声と睨みに、男子は肩をすくめて黙る。一瞬で変化したあまりの形相に、紬もつられて口をしっかりと閉じた。


「しかも、あんたサッカー部でしょ?サッカー部は特にだめ!私が許さない!」

「出た!佐伯のサッカー部嫌い!まぁでも無理強いは俺も嫌だから、護衛の鉄壁の守りに負けましたって言っておく」

「ついでに返り討ちにあいましたくらい言っておいて」


 晴音は、サッカー部が嫌いだ。年上なら尚更。半年前、私のせいでそうさせてしまった。申し訳なくは思っているが、サッカー部が嫌いでも別に晴音に支障はないと言い切られたので、何も言えなかった。


 こんなに大切にしてくれる晴音だが、出会いは高校に入ってからだ。

 入学式の日、クラスに全く知り合いがいなく、ただただ緊張して心拍数が大変なことになっているのを落ち着けようとしていると、ふいに後ろの席から「ねぇねぇ」と聞こえてきた。

 まさか自分が声をかけてもらえるだなんて思ってもおらず「ひゃい!」といった変な返事とともに心臓が飛び出しそうになったのは、昨日のことのように思い出せる。

 おそるおそる後ろを振り向くと、肩下までの綺麗な黒髪に、はっきりとした顔立ちの少し強気そうな綺麗な人で、また驚いた。

 声をかけられたのも忘れて見惚れていると、その子はゆっくりと瞬きをして、にっこりと微笑んで言った。

 

「私、佐伯晴音。ねぇ、こともり…で読み方あってる?でも、つむぎって音が可愛いから、つむぎって呼んでいい?ってかすっごい可愛いよね!超タイプ!LIME交換しようよ!」

 

 マシンガンのように言葉が出てくる彼女を見て、やばい、コミュ力お化けに出会ってしまったと思った。

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