第3話

私は人が嫌いだ。どいつもこいつも心のどこかで人を見下している。

表面上は仲良く見えても、心の中では冷ややかな目を相手に送っているのを私は知っているから。


物心ついたころから人の感情に敏感だった私は、今では表情に出ていない相手の感情を察することができるようになってしまった。

そうなってから、それまで大嫌いだった人がなおさら嫌いになってしまった。


自分の親もダメだ。あいつらは感情を読もうとしなくても顔にすぐ現れるので、とても分かりやすかった。私のことを周りに自慢するための道具としか思っていないのだ。私がいい功績を納めれば周りに自慢し、功績を納められなければなぜこんなこともできないのか、近所の顔向けできないではないか、そう言われた。


そんな私に心を許せる人なんていなかった。

ユリに会うまでは。




 今日も今日とて魔物を退治する術を学ばさせられる。午前中の座学に始まり午後の実践。もうあきあきしていた。

 剣を使って目の前の敵をただひたすら倒していくこの習慣化したともいえる作業は苦痛でならない。


数年前に突如、世界に人類へ危害を加える魔物という存在が現われた。

その被害は大きく計り知れなかった。

なんとかしてかなりの数を討伐したけれど、それでも魔物は絶滅しなかった。

数はとても少ないが、時々魔獣が現れる。


そんな魔物たちを退治すべく、それらに特化した人材を育成しようと、魔物討伐専用の学校がこの国にいくつか建てられた。

小中高一貫校で、途中編入大歓迎な、それぞれ一クラスしかない少人数の学校。そこでは国語や算数といった普通の義務教育で教えられるようなことは一切教えられず、ただただ魔物と戦う方法を教えられ実践をするという繰り返しが行われるだけだった。


大半の親は自分の子供をそんなところに行かせるわけないだろうと憤慨したが、対して裏では誰かが行って魔物を退治できるようになってくれればと言っていた。

それを見た私の親のような人たちが子供をその学校へと通わせることに決め、ウチの子のおかげで魔物が減っているのと周りに自慢するようになった。

また、子供をそのような危険なことをさせてしまう代わりに、家には多額の報酬が入るようになった。

だから、前まで普通の家だった私の家は今では大金持ちとなった。その報酬は功績によっても変わってくる。私は実践でかなりの魔物を倒しているので、それなりのお金は貰っている。すべて親が貰い私の手元に残ったものはないけれど。


そうやって積もり積もったイライラを発散するために、気分転換として近所の公園へと赴いた。


そこである少女に出会った。

友人たちと呑気に遊んでいるその少女のことを一目見て「嫌いだ」と思った。

明るい顔でへらへらして、いかにも大切に育てられましたという風な雰囲気を醸し出していたから。


私は毎日魔物狩りへと赴かされるというのに、この差は何だと。どうせこんなに苦労している人間がいることを何も知らないのだろう、知ろうとさえしないのだろうと勝手に決めつけた。


気分転換にと公園のベンチで休んでいたのに、これでは逆にイライラが溜まっていくばかりだ。そう思った私は場所を移そうと立ち上がった。すると、それに気づいた少女が私へと話かけてきた。


「ねぇねぇ、一緒に遊ばない?」


「は?意味が分からない。遊ぶわけないだろ。」


我ながら酷い言い方だと思った。けれど、早くこの場を離れたくて、人と関わりたくなくてそう言うしかなかった。

学校の奴らのようにこうでも言えばすぐにどこかへ行くと思ったのだ。

しかし、目の前の少女はこんな私の態度にも顔色一つ変えず再び話しかけてきた。


「あのね、かくれんぼしているんだけど、人数が足りてなくて。お願い!一緒に遊ぼう!」


何度断ってもしつこく誘ってくるので、こちらが根負けして一回だけならということで渋々了承した。さっさと終わらせて家に帰ろう。


「私、佐倉ユリ!あなたは?」


「…篠根」


「下の名前は?」


「下の名前で呼ばれるの好きじゃないから教えない。」


「えー。じゃあ、さぁちゃんって呼ぶね。」


「…どうぞ。」


何ださぁちゃんって。そんな呼び方する奴初めて見た。大抵の奴は私がそういえば「篠根」って呼ぶか、もう関わってこないかだったのに。変な奴。


何か裏があってこんなに話かけてくるのかと初めは思った。私の家は金持ちだから、ここら辺では結構有名なのだ。

それを知っていて近づいてきたのではないかと思った。でも、彼女の顔からは私と遊びたいといった純粋な感情しか読み取れなかった。

それを見て私は戸惑った。普通こんな風に接せられたらそんな感情にはならないだろ。


私が複雑な感情を抱えたままかくれんぼが始まった。私は隠れる側だったので、見つかりやすそうな場所に隠れた。

早く見つけられて帰ろう。そう思っていたのに、それを見ていた佐倉が「そんなところじゃすぐ見つかっちゃうよ!こっち来て、一緒に隠れよう!いい場所教えてあげる!」そういいながら私の手を引いてきた。


「ちょ、いきなり引っ張るな!」


「ごめん!でも早くしないとみつかっちゃう!」


そうして広い公園の端から端まで走って、段差の蔭へと隠れた。


「あのね、私いつもここに隠れるんだけど、一度も見つかったことないんだよ!」


「…へぇ。」


「本当だよ!あのねあのね、皆私のこと見つけられないから、かくれんぼのエキスパートって呼ばれているんだ!今日こそユリのこと絶対見つけ出してやるって皆意気込んでいたんだから!」


「…はぁ。」


「あー!信じてないでしょ!」


別に信じていないわけじゃない。こんな入り組んだところなかなか見つけられないと思う。

でもそんなことはどうでもよかったから適当に返事をしただけだ。

というかこいつ、さっきからかなり大きな声で話しているけど大丈夫なのだろうか。私としては早く見つかるだけありがたいのだけれど。


「おい、そんな大きな声で話してだいじょ…」


「さぁちゃん覚悟しといてね!このまま夜まで隠れて私が行っていることの真実を証明してみせるんだから!!」


私がせっかく注意してあげようとしたのに、それを遮って佐倉は大きな声で宣言をし始めた。そうして案の定、その声を聴いた鬼がこちらへとやってきて、ついに見つけた!と叫んだのだった。

佐倉はというと、よほどショックだったのか、鬼をみると目を見開き口をあんぐりと開け、泣いてしまった。


「うわぁぁぁぁん!見つかっちゃったぁ!なんでぇぇ!」


なんでって、どう考えても大声を出したからに決まっている。

それが分からないのか佐倉はギャン泣きを続けた。馬鹿なのだろうか。その様子をみていると、なんだかおかしくなってきて、思わず笑ってしまった。

すると、佐倉はピタッと泣くのをやめ、こちらを凝視してきた。


「…なに」


「笑った!さぁちゃんが笑った!」


 それはもう嬉しそうに言うので、さっきまでの毒気を一瞬で抜かれてしまった。


「…あのさ、」


「ん?」


「さっき、酷い態度とってごめん。」


「別に気にしてないよ!…あっ、嘘!気にしてた!だから許すかどうか悩むなぁ。」


そういって腕を組みながらちらちらとこちらを見やってきた。何かを期待するような目で。

とりあえず、どうしたら許してくれるかを問うたところ、その質問を待っていましたとばかりの顔をして「下の名前教えて!」といった。

それを聞いた途端、何とも言い表せない優しい気持ちで心が満たされた気がした。


「…チカ。」


「チカ!チカね!じゃあチカって呼んでもいい?」


「…うん。」


「私はユリって呼んで!」


 あぁ、これが友達になるってことなのかと実感した瞬間だった。きっとこの出会いは私にとって宝物になるだろうと。


 そのあとすぐ、ユリの母親が迎えに来たため、その日はそれでお開きとなった。

ユリの母親は、すごくおおらかな雰囲気を醸し出していて、どこからどう見ても優しそうな人だった。


娘を近所の評判のために危険地へ送り出すような、そんなうちの親とは百八十度違うような人。

優しそうな母親で羨ましいよ、私が呟いたその言葉を聞いてユリはなぜか少し悲しそうな顔をしながら「うん」と答えた。

どうしたのか問おうとすると、その前にパッと笑顔になり、じゃあね、バイバイと言われた。


「バイバイ」


だから、そのことについて聞くことはできなかった。


「また遊ぼうね!」


そう笑顔で手を振りながら、母親と手をつないで帰っていった。

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