第2話
「もう!いい加減にしてしょうだい!あなたみたいな子うちにはいません!」
その大きな声とともに私は玄関先から外へと追い出された。
赤い屋根が特徴的な、私の大好きな家。
そして、いつも化粧が濃い所がチャームポイントな私の大好きなお母さん。
そんな大好きな人から大好きな場所を追い出された今日この頃。
私は特に悪いことをした覚えはないのに、学校から帰るといきなり追い出されてしまった。心当たりがあるかと問われると無いとは言い切れない。
だけどこんなに怒られるようなことをした覚えはないんだけどな…。強いて言えば昨日お母さんの大好きなプリンを盗み食いしてしまった事だろうか。きっと私が学校へ行っている間にそのことに気づいたのだろう。
お気に入りのものを勝手に食べられてしまったことへの怒りは分からないでもないが、いい大人がそんなことで子供を家から追い出すような真似はしないでほしい。はぁ、お母さんああなったらなかなか許してくれないんだよね。まあ明日になればほとぼりも冷めているだろうから、ひとまず今日は別の場所で寝泊まりしよう。
「ということで今晩止めてください…!」
「急に家に来るから何かと思えば…はぁ…。もう八時だぞ。というか危ないからこんな時間に一人で出歩くんじゃない。」
「だ、ダメかな…?そうだよね、急すぎたよね…ごめん、別のとこ探、」
「だぁぁぁ!別にダメなんて言ってないだろ!泊めてやるからそんな顔すんな!」
「泊めてくれるの!?やったー!さすが持つべきは一人暮らしの友!」
私が喜ぶと、今晩泊めてくれる友達、チカは私の手を軽く引っ張りながら家の中へと導いてくれた。
泊めてくれないと思いきや泊めてくれるというツンデレさん。その横顔は少し赤くなっており、照れているのだと分かるとチカを愛おしく思う持ちが増幅した。
これが母性本能というものだろうか。いや、違うか。
長く友達をやっているけどチカの家に泊まるのは初めてだ。出会った頃…確かあれは小学6年生だったかな?その頃からよく私が押しかけて家へ上げてもらってたなぁ。
ついに高校二年生にして人生初の友達の家へお泊り!ずっと憧れていたんだよねぇ!こんな形で夢が叶ってしまうとは思いもしなかったよ。
チカの部屋は2LDKの部屋で、一人暮らしにしてはとても大きな部屋となっている。毎度遊びに来るたびに思うけど、広すぎではないだろうかこの部屋。
事情があるとはいえ、こんなに広い部屋に一人で住んでいることに吃驚する。そう思いふけっていると、ふいにチカは真面目な顔をして話を切り出してきた。
「ユリ、別に今日だけじゃなくてずっとここにいてもいいんだぞ。」
「いや、さすがにそれは申し訳ないしお母さんも心配するだろうから…」
「…そうか」
「え、そんな寂しそうな顔しないでよ!?また遊びに来るから!そんなに私が大好きなの?もう、チカったら可愛い!」
「ばっっ!いきなり抱き着くんじゃねぇ!」
私が断りを入れると誰がどう見ても悲しそうに見える顔をした。普段ポーカーフェイスなチカがこんなに感情を表に出すのを見ると可愛くてしょうがなくて抱き着かずにはいられなかった。その勢いのままチカの真っ赤できれいな髪に顔をうずめると、石鹸のいい香りがした。
「チカはいつもいい匂いがするねぇ。この赤い髪も綺麗だしうらやましいなぁ。」
「…ユリの方がいい匂いするし、可愛くて綺麗な髪色だ。私はそのピンク、凄く羨ましいよ。」
「ほんと!?チカにそんなこと言われたら本気にしちゃうよ!」
こんな美人さんに褒められちゃったら嘘だと分かっていても本当かなって錯覚しちゃうじゃん。もう、褒め上手なんだから!
照れ隠しも込めてチカの肩を軽くたたくと、チカはスッと真剣な目つきになり私を見つめてきた
「…本当だ。嘘じゃない。ユリは全部可愛いよ。」
「…あ、ありがとう。」
チカは時々急に真面目に私を褒めてくることがあるから心臓に悪い。
私みたいな奴を褒めないでほしい。私には、誰かから褒められるような、そんな価値はないのだから…。
私は人から褒められることが苦手なのだ。苦手というより拒絶反応のようなものが起こる。昔何かあったからなのか、褒められることにすごく抵抗感があるのだ。
何かあったような記憶はないから、私がショックで忘れてしまったのか、それとも、はなからそんなことは起こっていないのか分からないけど。
「さ、さてと!チカも夕ご飯まだなんだよね?泊めてもらう代わりに美味しいごはん作っちゃうからね!」
「…うん…」
私の微妙な反応と急な話の切り替えに、チカは少し悲しそうな、そして複雑そうな顔をしながらも、深くは追求してこなかった。
さあて、気を取り直して夕飯を作りますか!許可を得てから冷蔵庫の中身を拝見すると、ほとんど食料が入っていなかった。
「あの、チカさん。材料が見当たらないのですが…」
「…ああ、最近家で食べてないからな」
「え!?どういうこと!?」
「外で食べてる」
おっつ…。出たよ金持ち発言。ウチは貧乏性だから滅多に外食なんてできないのに。むしろ一食をいかにすれば最低限の資金で作れるか考えているのに…。
まあとりあえず、ここは近所のスーパーに買い物にでも行こう。最低限の資金で私自慢の美味しい手料理をチカにふるまってあげるんだから!チカにそれを伝えると私もついて行くと食い気味に言ってきた。別に一食分を買うだけだから私一人で十分だと言ったけど、こんな遅い時間に一人で出かけたら危ないからついて行くと言われてしまった。
はぁ、チカはいつも心配性なんだから。
財布とエコバッグを鞄に詰めてチカと私はここから徒歩約五分のところにあるスーパーへと向かった。
その間に今晩何が食べたいか問うとオムライスと簡潔な言葉が返ってきた。オムライスかぁ。オムライスは良く作るから私の十八番だよ。卵だってトロトロにしてお店で出てくるもの以上においしそうに作れるんだから。
そう自慢げに言うとチカは微妙な顔をして「そうか」とつぶやいた。あ、もしかして私がうまく作れるって信じてないな?あれ?でもチカにご飯作ったことなかったっけ?何度も作ったことあった気がするんだけど…。
いや、気のせいか。とりあえずチカに私の料理の腕を見せつけてやるんだから!
そう意気込んでいる間にスーパーへと到着し、目当ての食材と飲み物を買って帰路についた。
ちなみにカゴはチカが持ってくれた。手に持とうとしたら横からサッととっていったのを見て一瞬惚けてしまった。どこまでかっこいいんだこの野郎。
しかもお金も、泊めてくれるお礼として私が払うつもりだったのに、お会計の時にいきなり横からスッと出されてしまった。こりゃ参った。これじゃあ私迷惑かけてばっかりじゃん。ここはとびっきり美味しい料理を作って恩返ししなければ。
家に着いてから早速夕飯の支度を始める。そこではたと気づいた。自分がオムライスの作り方を忘れてしまっていることに。
なんてことだ。あんなに作っていたのに忘れてしまうとは。まあでも物忘れってよくあることだし、携帯を見れば作り方なんて一発で分かるからいいや。
さてさて、「オムライス 作り方」で検索!なになに?まずは野菜を切ると。ふむふむ、それじゃあ人参ピーマン玉ねぎをみじん切りに。次はフライパンに油をひいて中火でちょっと過熱してから野菜を投入と。玉ねぎが飴色になったらここでご飯を投入ね!
私が作り方を声に出しながらご飯を作っている姿を、ひやひやしながらチカはそばで見守ってくる。
もう!そんなにひやひやしなくてもちゃんとできるんだから大丈夫だよ。そう自慢げに言うとまたもや微妙な顔をされた。
本当なんだから!いつまでも信じてくれていないような顔をするチカに若干プリプリしながら火の様子をみる。
うん、この調子ならもう少し過熱したほうがいいかな。そう思いながら炒めているとチカが「火を弱めた方が…。」と言ってきた。のんのん!チカはわかってないな!もっと加熱したらそれだけおいしくなるんだから!そんな押し問答をしているうちになんだか焦げ臭いにおいがしてきた。
ぎょっとしてフライパンを見やるとお米が焦げてしまっているのが目に入った。
「あわわ!ど、どうしよう!まずは」
「おいユリ落ち着け!まずは火を」
「ケチャップを入れよう!
「なんでだよ!?火を止めろ火を!」
てんぱった私はケチャップをぶちまけてしまった。おまけにフライパンをひっくり返しそうになったけど、それはチカがそれを阻止してくれた。
そうしてケチャップライスはできたけど焦げていて全然おいしそうに見えなかった。いつもはこんな失敗しないはずなのに…。あの時チカの言う通り火を弱めていればよかった。
そうしょんぼりしているとチカが「卵をかけたらできあがりだな」と言ってきた。それを聞いて驚きで目を見開いてしまう。
「これ絶対食べられないよ…。こんなのに卵かけたって卵がもったいないだけだから…。ごめんだけどもう一回スーパーに行ってお惣菜でも買ってくる…。」
「いや、これでいい。これがいい。ユリが食べないなら全部私が食べる。」
「なっ…!なんで!?こんなまずそうなもの食べなくていいよ!」
「ユリがせっかく作ってくれたんだから、どんなものでも食べるよ。」
…何でチカはそんなに優しいの。涙ぐみながら訪ねると「相手がユリだから」と返ってきた。変なの、その言葉にそう呟きながら笑うとチカは優しい顔で笑った。
「さ、はやく卵かけてよ」
「う…うん。卵も失敗してもしらないよ…。」
「ははっ。いいよ。」
結論から私はゲテモノを作ってしまった。卵も焦げて破れてトロトロどころかガチガチになってしまった。
なんであんなに得意だったのに今日に限ってうまくいかないんだろう…。ため息をついていると横から「いただきます」と声が聞こえてきた。
無理しなくていいといったのにチカは食べると言ってきかなかったのだ。そして今私の目の前で顔色一つ変えずにどんどん食べてくれている。むしろ美味しいと言って笑ってくれた。
その光景を見て、なぜか私は懐かしさを感じた。…なんだろう、この懐かしい感じ。
どこかで見たことあるようなそんな感じがする。そんなはずはないのに。だって、料理はいつもうまく作れているし、チカに作ってあげたのはこれが初めてなはずだもの。
そう考えこんでいるとチカがどうした?と心配そうに声をかけてきた。「いや、何でもない」そう答えながらチカの顔を見ると米粒が顔についていて、ついつい笑ってしまった。
「ど、どうした?」といきなり笑い出した私を焦りながら見てくるチカの顔に手を伸ばし、米粒をとってあげた。そうして漸く米粒の存在に気づいたチカは顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
あはは、チカったら可愛いんだから。そうしてひとしきり笑ったあと自分がさっきまで悩んで考えていたことを思い出そうとしたけど、思い出すことはできなかった。まあ大したこと考えていなかったんだと思う。もう忘れよう。
この時感じた疑問を、きちんと私は考えるべきだった。答えを見つけるべきだったのだ。あとから気づいたときにはもう遅かったけれど。あの結末を変えられていたのかもしれない。けどもうそんな術もみあたらない。何もかもが手遅れだ。今更思い返したって、今更思い出したって、皆は戻ってこないのだから。
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