第5話

ユリと合わなくなって早三年が経ち、私は小学六年生となった。


クラスの人数は、私が入ってきたときよりも減った。


学年の違うクラスメイトが20人いたけれど、十九人になって、二十三人になって、そして十五人になった。


初めにいなくなった一人は、この学校を辞めたのだ。

もうこんな生活無理だと親に訴えてなんとか学校を辞めることを許可してくれたらしい。


いいな、私がそんなこと言おうものなら母親はヒステリーを起こすだろう。

他のみんなもそれぞれ事情は違えど、学校を辞めたくても辞められないというのは同じらしかった。


二十三人になったとき、それは四人が転校してきたから。途中編入歓迎だけれども、いままで普通の学校で暮らしてきた者たちにこの学校の授業や実践はとても酷だったらしく、一か月ももたずに全員辞めていった。


十九人に戻ってから暫くして、十五人になった。


四人は死んだのだ。


魔物の討伐中に、急に武器が反応しなくなったという不慮の事故だそうだ。

だけど、私は絶対それはおかしいと思ってる。


あの4人はよく一緒に武器の手入れをしていたのを見かけたことがある。

人一倍武器に気を使っていたのだろう。そんな奴らの武器が一斉に誤作動を起こすなど、ありえないはずだ。


きっと、何か裏があるのだ。


この学校の支配者は、何か企てていることがあるそうで、良くない噂ばかりを耳にした。


そうして、その陰謀に四人は巻き込まれたのだと思う。次は誰がその対象となってしまうのだろうと教室には緊張が走っていた。

私は、ユリに会えなくなったこの日々がどうでもいいと思っていたので、別にその対象になろうが、それで死のうがどうでもいいことだと思った。


 自分の死期が近づいているように感じながら過ごしていた時、衝撃な出来事が起こった。


ユリが、転校してきたのだ。


見間違いかと思った。

けれど、どこからどう見てもそれはユリで、そして何より私がユリを他の人と見間違えるはずはない。


どうして、あんなにやさしそうな母親だったのに。

こんなところにユリを。

驚きで暫く放心状態だったが、自己紹介を終えて席に着いたユリをみてハッと我に返り、急いでユリのもとへと駆け寄った。


「ユリ!お前今までどこにいたんだ!急にあえなくなるし、心配したんだぞ!いやそれよりどうしてこんな学校に…」


「えっと、あの、」


「あぁ、悪い。一気に聞きすぎたな。」


「いや、あの、あなたは誰?」


「…は?」


「あっ、いや、ごめんなさい!私物忘れが多くて!もしかして何度かあったことある!?」


 何かの冗談だと思った。

ユリが久しぶりに会えた私をびっくりさせようと仕掛けた嘘なのではと思った。いや、そう思いたかった。


でも、違った。私がユリの言葉に驚きを隠せないでいると、担任に廊下へと呼び出された。

衝撃を隠せないま担任のもとへと行くと、ここでは話づらいからと別の部屋へ案内された。


 そこで聞かされた話は、耳を疑うような内容だった。


 まず聞かされたのは、ユリが母親に虐待されていたという事だった。


日常的に虐待されていたらしく、見えない場所に跡をつけられたり、言葉の暴力を浴びせたりしていたらしい。


その一方でユリの母親は体裁を気にする人らしく、周囲には優しい母親としてふるまっていたし、ユリにも口止めをしていのだ。


この学校ができた時にも、本当は入学させようとしていたらしいが、やはり周りの人たちが、そんな危ない場所にユリを行かせるはずがないと言っていたことを知ったため、入学を取り消しにしたのだと言ったそうだ。


そうして表向きの体裁を保って数年、ついにその悪行の数々が明るみにでた。


それはちょうど、私がユリと会えなくなった日と重なっていた。

母親が逮捕され、ユリは一人になった。虐待されていたとはいえ、たった一人の親が急にいなくなったことで、今までの虐待のストレスも相まって相当精神が不安定になったそうだ。

中でも、母親からユリへの暴言が凄かったらしく、ユリは自分に自信を無くしてしまったのだそう。


ユリの親は、ユリが生まれたころに離婚していて、その後父親と連絡はとれていないそうだ。

そして、ユリの母親に親族はいなかった。


そうして一人になったユリは、施設へと送られたのだそうだ。

そこに目を付けたのが、ウチの学校の支配者だった。


ユリには、魔獣を全滅させることのできる秘めた力が眠っているらしく、それを利用しようと考えたのだという胸糞悪い話を聞かされた。


利用するうえで、それまでの記憶は邪魔になるからという理由で全て消され、偽りの記憶を植え付けたという話も聞いた。


だから私のことも覚えていないのだという事も。


怒りに満ちた目で睨むと、担任はそれを鼻で笑った。

こいつ曰く、苦しい記憶を消して幸せな記憶を植え付けてあげたのだから、むしろ感謝してほしいとのことだそうだ。

それを聞くと何にも言えなくなってしまった。


ユリが私のことを覚えていない理由を明らかにすることができた。

でもまだ疑問は残っている。なぜこんなことをいきなり私に話したのかという事だ。

私がユリに親し気に話しかけにいったのを見ていたはずだ。


「…私がユリと友人って知った上で話したんだろ。こんなこと話しておいて、私が黙っているとでも思っているのか?」


「ええ。だって、あなたがこのことを口外すれば、あの子は記憶を制御する薬を貰えなくなる。

そうすれば今までのことをすべて思い出して、また精神が不安定になるわ。それでもいいのなら口外すればいいわ。」


「…」


「あなたには分からないわよね。あの子の荒れた様が。どうせそんなことがあったと知りもしなかったのでしょう。今にも死んでしまいそうな様子だったな。」


 図星だった。むしろ、初めてユリを見かけた時、大切に育てられてきたんだろうと、良く知りもしないで決めつけて勝手に嫌悪を抱いていた。

そんな自分が恥ずかしくなった。


「それで、あなたに協力してもらいたいことがあるの」


「…協力だと?」


「ええ。あの子を監視してほしいの。余計な記憶を思い出さないように。あの子にとって負の記憶は、力を発揮するのに邪魔となるわ。だから、それを阻止してほしい。そのためにここまであなたにすべてを話したのよ」


「そんなこと」


「して貰わないと困るのはあなたよ。ずいぶんあの子のこと大切に思っているようだけど、悲しむ姿を見たくはないんじゃない?」


「…」


「協力してくれたら、あの子の精神の安定は保障するわ。それに、部屋を一つ上あげる。そこであなたたちが暮らせるようにね。あなたの親御さんには私から伝えておくわ。」


「ずっと監視しろってことか。」


「ええ。それと薬をさりげなく飲ませてほしいの。授業が終わった後と朝に。あの子には他のみんなと違って厳しい授業を受けさすから、それがストレスになって今までの負の感情を思い出されたら困るの。だから、毎日その薬を飲ませて、偽りの生活の記憶を植え付けるようにしてちょうだい。我々は監視を、そしてあなたはあの子の支えになる事を望んでいる、それができるwinwinの関係だと思わない?」


「…ユリはこれで救われるのか。」


「ええ、精神の救いはあるわ。助けたいならそこで盗み聞ぎしている二人と一緒に助けなさい。いい?あなたたちのうちだれか一人でもこのことを口外したらただじゃ置かないわよ。」


 担任がドアを開けると、聞き耳を立てていたクラスメイトが2人現れた。


「ゲッ気づいてたの」


「…なぜ気づかれたのかしら」


「あなたたち、授業で隠密の方法習わなかった?まだまだみたいね。もっと鍛錬なさい」


 そういい捨てて担任は私たち三人をおいて出ていってしまった。なぜ二人が聞き耳を立てていることを黙認した?聞かれてもよかったのか?あるいは…




「篠根、あの子と知り合いだったの?」


「篠根さん、あの子と知り合い?」


私がこんなに考え込んでいるというのに、二人はいきなり食い気味に話しかけてきた。


この二人は、私が冷たく接しても物おじせずずけずけと話しかけてくる珍しい奴らだった。

まあ片方のオレンジの髪を持つ方、笹本サヤは(一応)幼馴染なのだが。もう一人は蝶の髪飾りが特徴的な黒髪ロングの女、鹿野ミミ。

どちらも同い年である。


「まあそうだけど。なんでお前らがそんなこと気になるんだ」


「だってあの子、超かわいいんだもん!友達になりたい!だから篠根に紹介してもらおうと思ってたんだ」


「同じく」


「はぁ…まあ、今の話聞いていたら分かると思うけど、それは無理。」


「…のようね」


「私のこと覚えてないってことはまずは友達になってもらわなきゃならねぇ。」


「じゃあ三人で声掛けよう!」


「それは名案。」


「なんでだよ。お前らは別に友達にならなくていい。」


「えー。なんで…ってもしかしてあれ?あの子の友達は私だけで言い的な?独占欲強いやつは感心しないぞ~!」


「なっ!そんなんじゃねぇよ!…いや、それもあるけど」


「あるけど?」


「さっきの話聞いていただろ。前から思っていたけど、やっぱりこの学校には何か陰謀みたいなのが渦巻いている。担任はお前らと一緒にっていったけど、やっぱりそれに巻き込むわけにはいかねぇだろ。」


「あれ、意外と篠根優しいじゃん。もっと心のない奴だと思ってた。」


「いや、正直お前たちがどうなってもいいけど、ユリに関わって何か起こったらユリが悲しむだろ。」


「前言撤回。クソだこいつ。」


ぶうぶうと言いながら頬和膨らませている笹本を横目に、鹿野は私へ協力すると申し出てきた。


「だけど」


「人数が多い方がいいに越したことはないでしょう」


 「そうだそうだ!それにウチらはそうそうやられるタマじゃないからね!」


「はぁ、勝手にしろ。」


「わーい!」


 まあ確かにこいつらは私と並ぶ実力を持っている。きっと大丈夫だろう。とりあえず、今はユリと友達になってもらうことが先決だ。




 あの時そう考えた私の思考の愚かさに怒りが湧いた。なぜあいつが2人にそのまま盗み聞ぎさせたのか、少し考えれば予想できたはずなのに。


なのにそうしなかった。安易に二人を巻き込んでしまった。

ここで止めていれば、まだ少しは明るい未来が、私がいなくても、二人がユリを助けてくれるようなそんな明るい未来があったかもしれないというのに。


私はつくづく愚かだった。こんなことをいくら考えても、もうあの二人は戻ってこないのに。

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