第8話

その日は、いつも通りに四人で学校へ向かっていた。

他愛もない話をしながら、学校へ着いた時だった。

当たり前の日常に、ひびが入った。


教室へいきなり理事長が入ってきたかと思うと、ユリの手を思い切り引っ張って連れ去っていこうとした。

ユリはあまりに突然の出来事に呆然としており、されるがままだった。


私たち3人は、何をするのだと怒って理事長へと歯向かうと、そいつは「いいからお前ら三人も早くついてこい!」と叫んだ。


そのただならぬ表情に何かユリのことで起こったのだと悟った私たちは、何とか理事長の手からユリの手を離させた後、四人で一緒に後をついて行った。


 理事長室へ着くと、中に入れと促された。そうしてそこで聞かされたのは、魔物がある地域に大量発生したと政府から知らせを受けたという話だった。


全国各地の学校に出向いてくれる生徒の募集をかけられているらしく、さっそくユリに出向いてほしいという事だった。


「待てよ!なんでユリが!」


 私たちは今まで実践もしてきているからといって、ほいほいそんな危ない所に行けるわけがない。

そんなところに行かせられるのは大抵、高校卒業間近な人や教職員含めたそれより上の人たちのはず。


私たちはあくまで実践を想定した練習として一人で数体の魔獣を相手にするだけなのだ。


それがどうした、大量に魔物が発生したところへユリを送ると言うではないか。そんなこと、私たちが許すはずないだろうが!


そんな怒りを込めて男を睨みつけると、今度は男が私を睨み返してきた。そしてこう放った。


「分からないのか?」


 理事長は反対する私たち三人の目を訴えかけるように見つめてきた。

そうしてハッとした。そうだ、こいつはユリの魔物を全滅させる力を見込んでこんなことをさせているのだった。


ユリは自分にそんな力があることは知らない。

どうユリに伝えるというのだ。


「佐倉。お前ならやれる。何故ならお前は」


そう思っていると、理事長がそう佐倉に話しかけた。

そしてその言葉を遮るように、ユリが言葉を発した。


「私は兵器だから。」


その声は、いつもの明るいユリからは想像もつかない、冷淡で感情の籠っていない声だった。

ユリの顔を見ると、その瞳から光は消えうせ、表情は抜け落ちていた。

その顔に思わずゾッとしてしまう。


「ユ、ユリに…ユリに何をしたの!?」


呆然として何も言えなかった私に変わり、鹿野が声を荒げた。

こんなに感情的になっている彼女を見たのは初めてだった。


「何を、とはどういうことだ。私はただ、兵器に命令をしただけだが。」


「兵器って…!ユリは兵器なんかじゃないわ!!」


「何を言っている。お前たちには担任から話がいっているはずだ。俺がこいつの力を欲してい今の状況があると。俺はこいつの力を使って地位と権利を手に入れる。そのためにこいつには戦って魔物を全滅させて貰う。こんな絶好の機会はそうそう無い。」


「地位と権利…?」


訝し気にその言葉について聞き返す笹本に、理事長は「そうだ」と薄気味悪い笑みを使って頷いた。


「この学校がなんでできたか知っているか?国が命令したからできたんだ。ということは、学校側は魔物を倒す見返りとして多大な富を受け取っている。そんななか、佐倉が魔物を全滅させたらどうなると思う?佐倉が注目を浴びるのは当然だがそれを見つけて発掘した俺にはさらに富と名誉が送られる。そういうことだ。」


「そ、そんなことのために…ユリを…!」


私は叫んで男の胸倉をつかんだ。それをお構いなしに男は飄々とした顔を続ける。


「なんだ、知らなかったのか。」


「…っ!」


「俺はてっきり知っているのかと思っていた。その調子なら、佐倉が普段どんな授業を受けているのかも知らないのだろう。」


 図星だった。今までの生活が平和で、壊したくなくて、目の前にあることから目を背けていた。


そうだ、私たちはユリについて何も知らなかったのだ。それをまじまじと突きつけられてしまい、何もいう事が出来なくなってしまった。


「話はこれで終わりか?ならお前たちも準備して佐倉とともに目的地へ行け。まだ佐倉は調整中の時期だからな。力がコントロールできなくなって暴走でもしたら敵わん。その時はお前らが止めるんだ。それ以外は基本佐倉に魔物を倒させるように。これは佐倉の能力を開花させるためにいい経験になるからな。あくまでお前たちはサポートだ。」


 そう言って私たち四人を魔物の巣窟へと向かわすよう指図した。これ以上どうすることもできないと判断した私たちは、未だ暗示のかかったような状態のままのユリに続き、戦地へ赴くこととなった。


理事長室を出る前に見た男の顔は、これでもかというほど気持ち悪い笑顔をしており「頼んだぞ」と発した。




 私たち四人はあいつが指示してきた場所へとやってきた。そこには私たちが今まで授業で行ってきた実践とはけた違いの魔物たちがいて、あたりを覆いつくしていた。


その存在感に圧倒されてしまう。

もうすでに他の学校の生徒たちが数人到着しており、それぞれ戦っているが、何人かは血を流して倒れていた。


地面は魔物か人間かどちらともつかないおびただしい量の血で赤く染まっていた。

人の死や血には慣れっこだったはずの私たちでも、たじろいでしまうような惨状である。笹本は口で手を抑えていた。


そんな状況に足がすくんでしまっていたが、ユリは違った。

到着し、あたりを見渡して状況を確認したかと思うと、そのまま物凄いスピードで魔物の群れへと突っ込んでいった。


「ユリ、待って!」


それを見て鹿野が叫んだ声を聴き我に返る。

そしてやっと足を動かし、ユリの後を三人で追いかけた。


もうかなり背中が小さくなっているが、何とかして追い付かなければいけない。一人で突っ込んでいって何かあったら大変だ。


今までこんなに早く走ったことがあっただろうかというほどの速度でユリの背中を追いかける。


ある程度距離も縮まってきたと思った時だった。ふとユリが走るのをやめた。

よく見ればここは魔物たちの中心であった。

まずい、こんなところで動きを止めたら一気にこいつらが襲ってく…。


 そう焦った時だった。ユリの体がひかりだしたのは。

まばゆい光に包まれたかと思うと、強烈な衝撃波が起こり、それまでそこにいた魔物たちはすべて血を流して倒れていた。


その中には、魔物だけでなく、先程迄戦っていた生徒たちも倒れており、無事だったのはユリのそばにいた私たち三人だけであることが分かった。


 あまりに突然の出来事に、目を見張ってしまう。ユリは、今何をした?なぜ人間も死んでいる?


ユリが殺ったのか。そもそもいまの攻撃は何だ。あんなもの人がなせる業じゃない。


頭の中を様々な疑問がグルグルと駆け巡る。だから、気づけなかった。自我を失ったであろうユリが、私たちを無表情で見つめていることに。


いきなり私たちめがけて剣を抜いたと思うと、こちらへと襲い掛かってきた。


私もとっさに剣をぬいて、何とかユリの攻撃を受け止める。笹本と鹿野も私に続きどうにかしてユリの攻撃を受け流す体制を作る。


あの男は、まだユリは完璧ではないと言っていた。ということは、もしかしなくとも今ユリは暴走しているのだろう。敵と味方の区別がついていないのだ。

くそ、どうしたらいい。ユリを傷つけるわけにもいかない。どうしたら…!


ユリの攻撃を受け流しながら、対処法を考えていたその時、ユリの周りに鎖が現われ、ユリをあっという間に拘束してしまった。


拘束され、身動きが取れなくなったユリは、暴れたそうに、私たちを早く殺さなければという風にもがいている。

そんなユリの後ろに人影が見えた。担任である。


「あなたたちご苦労様。近くで見学してなくて良かったわ。あやうく私まで巻き込まれるところだった。やっぱりまだ不完全ね。あの技を使うと自我を失っちゃうみたい。」


「先生!ユリは!ユリはどうなってるんですか!」


 そういって笹本は問い詰めるように担任の胸倉をつかんだ。


「今言った通りよ。この子は自我を失っているの。まだ対処法がなくて困っているんだけど…そうね…」


 担任は沿う言葉を区切って私たち三人を嘗め回すような表情で見おろしてきた。


嫌な予感がする。ただならぬ担任の雰囲気に私たちはたじろぐ。そうして放たれた次の言葉に絶句した。


「誰かが生贄になってくれないかしら。多分、この子と深い関わりのある子が目の前で死ねば、自我を取り戻すと思うのよね。」


 あぁ。担任が、あの男たちが、私たちを加担させた本当の理由が分かった。

このためだったのだ。人数は多い方がいいと思ったのだろう。


だからあの時、笹本や鹿野が聞き耳を立てていることを黙認したのだ。今更気づいたことでどうすることもできない。今は後悔するときではない。どうこの場を対処するかが問題だ。


…ユリが自我を戻すには生贄が必要、か…。もう答えは決まっているな。


「なぁ、お前ら」


「ねぇ篠根」


「篠根さん」


「あ?」


「ユリのことを頼んだよ。」


「あの子のこと、あなたが一番わかっているもの。側にいてあげて。」


「なっ!そんな馬鹿な事!」


「あら、笹本さんに鹿野さん、二人も立候補してくれるの?嬉しいわ。人数が多いほど実験結果の記録が正確にとれるからね。」


「おい待て!お前ら、そんなの私が許すわけないだろ!お前らがユリのそばにいてやれ!

私が行く!」


「いや、私たちじゃユリを守り切れない。」


「そうね。それに早くユリを元に戻してあげなきゃいけないもの。」


「な、に言ってんだ!笹本!お前。もっともっとユリと仲良くなりたいって言ってたじゃねぇか!」


「うん。」


「鹿野!お前ユリに蝶の髪飾り作ってあげるんだろう!?」


「完成させてあげたかったわね。」


「なら!」


「篠根!」


「篠根さん!」


「っ…。」


「いいんだよ。どうせ一度は諦めていた人生だから。」


「そう。ユリが、あの子が現われなかったら今も退屈で理不尽な毎日を過ごしていたでしょうね。」


「だから、ユリを救いたい。」


「あの子を守ってあげたい。」


「だから」


「「ユリを頼む」」


「お話はそれくらいかしら。なら、場所を移しましょう。どうなるか実験結果を取りながらしたいから、研究室へ行くわよ。」


 私は納得できなかった。このまま二人を見殺しにするなんてできるはずもなかった。

だから、歯向かおうと担任を睨みつけた瞬間


「はあ、篠根さん、あなた聞き分けの悪い子ね。ちょっと眠っていて頂戴。」


そうして景色は暗転した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

4人の少女たちがきゃっきゃうふふする どどどどどん @tototo_no_tototo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画