第7話
ユリと再び友人となってから、そして私たち四人が一緒に暮らすようになってから2年と二か月が経ち、中学2年生も夏に入りかけの時期となった。
私たち四人は、あれから授業以外のほとんどの時間を共に過ごすようになった。
別に、無理をして一緒にいようとしているわけではない。ただこの四人でいることがとても居心地がよく、慣れてしまっただけで。
ユリと再び友達になる前は、笹本や鹿野とはあまり話していなかったのに、今では二人がそばにいることも当たり前となってしまった。
鹿野は、前に言っていた蝶の髪飾りを製作中なようで、家にいる時、時間があればよく作業をしていた。これまたかなり凝ったものを作っているらしく、まだもう少し出来上がりまで時間がかかると言っていた。
今日までに、ユリに飲ませると約束した薬は、全ての記憶をなくし、新たに入れ替えるというのとは少し違うということが分かった。
ユリにとって負の感情を抱くきっかけとなりそうな記憶を消去・改ざんしているのだという。
そのため、ユリがこの学校へ転校してくるまでの記憶は、偽りの家族との楽しい思い出であふれるようになっているだけで、他は余り記憶は変わっていないのだという。
だから、ユリ自身のこともきちんと覚えているのだそう。
ならなぜ私のことは覚えていないのかと担任に問い詰めると、私が関わりだした時期が問題なのだろうと言われた。
母親からの虐待は小学校半ばで悪化したらしく、その時の記憶が特にユリに負の感情を与えるのだそうだ。
そのため、その辺りからの記憶は何がトリガーとなるか分からないため、母親に関係ある無いに関わらず全て消去し、全く無かった過去へと記憶を改ざんしているのだそうだ。
確かに、私がユリと関わりだしたのは3年生ぐらいだったから、丁度時期が重なる。
自分を覚えていないことについて納得はしていないが、理解することはできた。
そして他にも、その薬による影響が大きいことがあった。ユリと私たち三人は、担任が用意したマンションの一室に一緒に住んでいる。
けど、薬によりユリだけはそう認識しないようにされていた。
曰く、ユリには幸せな家族との時間を植え付けているかつその両親とまだ一緒に住んでいるという記憶を持つため、私たちと一緒に住むことで疑問をもち思い出すきっかけにならないようにするためだそうだ。
ならどうしているのかというと、まずユリが偽りの記憶の家に帰ることで、そこの本当の住人達が気味悪がり追い出す。
そうして追い出されたユリは私たちの家に泊まりにくるという風になっている。
そうして泊まった記憶は、次の朝には薬によって改ざんされるので、結局ユリの脳内は家族と過ごしたことになっている。
それが毎日続いた。私たち三人が一緒に住んでいることはユリも知っている。
小学生だけで済むなんて無理じゃないの?と聞かれた時には、私たちには身寄りがなく、学園長の所有するマンションで特別に一緒に暮らさせてもらっているとそれっぽいようなぽくないような言い訳をしておいた。
ユリはそれを微塵も疑わずに信じた。申し訳ない。
この薬は都合の悪い記憶を歪めて事実とは異なる形で思い出させる効力もあるらしく、ユリは薬を飲むごとに、毎回違う顔の家族や家を思い浮かべるようになっているらしい。
そうすることで、毎回別の家へ訪れ追い出されるというルーティーンを完成させているという。
もしも毎回同じ家族を思い浮かべてしまえば、その家に毎回帰ることになり、そこの住人に怪しまれるのでそれを回避するためだそう。
その薬のせいで、私たち三人とユリの記憶の間に齟齬が生まれることがあるけれど、そこは何とかユリに話を合わすようにして何も勘ぐられないように注意している。
ユリは初めて泊まりにきたと毎回言うけれど、実際は毎日泊まっているのだ、ということとか。
泊まった記憶は残していると、何故毎日泊まることになってしまうのかと疑問を持ったらいけないからだという。
その代わり、泊まってはいないが私たちと遊んだ記憶はあるようで、仲はきちんと深まっていた。
何度かユリにずっと泊まってもいいぞ、住んでもいいぞと言ったことがある。
そうしたら、私たちが甘やかしてあげて、つらい記憶も気にならないくらい幸せにしてあげて、薬なんかいらないようにできるかもしれないと思ったから。
でもやっぱりそれは無理だった。一度薬を飲ませないで見た時があったが、その時のユリの荒れようはすごく、私たちのことは眼中にもないようだったのだ。
どうしても薬を飲まさなければユリの精神は安定しなかった。
他にも、ユリは自分が料理をうまいと思うようになってもいる。
ユリは虐待されている時、何度も母親に料理をしろと命じられては、失敗して怒鳴られていたのだという。
そんな記憶を思い出させないために、料理がうまくできるという記憶をうえつけたそうだ。
時々料理を作ってもらうことになるけど、成功したことは一度もなかった。
これらの薬の効力はユリについての私たちの話を元として作られているため、効果は抜群であった。
だけどその度に私たちは寂しい気持ちになってしまう。しかも、その薬を使っても、ユリが昔言われた暴言たちの記憶は身体に染みついているらしく、記憶はないけど褒めると私なんかを褒めないでくれと苦しい顔をした。
どうせなら、その感覚迄消してくれればよかったのに。苦しそうな表情のユリは見ていられなかった。
毎回記憶を操作する薬を飲ませることに心が痛むけれど、そのおかげで今のところこれといった大変なことは起きておらず、ユリも安定して過ごしていたので、特に私たちから何かを起こそうという気にはならなかった。
むしろこのままの日々が続くようでいいのではないだろうかと思っていた。
そうしてさらに1年ほど経った時だった。悲劇が起きたのは。
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