友 垣.4


「――…みどりって、意外に目立つものだな」


「なんで意外なんだ?」


 〝で目につくだろう〟とは言外に。

 もとより友人同士であるマークとロジェ(発言順)二者にしゃの問答が、テーブルを挟んだ向こう側で交わされている。


 会話の対象ネタ元は、対面にいるセレグレーシュの〝緑がかった青白~青磁色~の髪〟ではなく、食物を得るべく列が形成されているあたりにいる人物だ。 


 その日。

 昼食を共にすることになった四人は、すでにテーブルのひとつの中ほどを陣取って、飲食行為におよんでいる。

 そんな彼らから五〇歩あまりも遠方向こう

 雑然とした食卓と住人のにぎわいのさらに先。

 いくつか伸びた行列のひとつに確認できる〝とある少年〟の頭(頭髪)は、ごく淡い黄緑――抹茶色まっちゃいろをしていた。


「あの色は庭にあふれているだろう」


 うっかり口にした感想を友人ロジェに受け流されたマークリオが眉をよせ、つまらなさそうにまなざしを伏せる。

 深く考えてなした言葉でもないのだ。


「人の頭と草木をいっしょにするな」


「放置しておくと、ツタは家ン中まで伸びてくるものだし、あんなの、そのへんにある〝はち植え〟みたいなものじゃないか。

 食堂ここじゃ、トレイの上にサラダが載ってるのなんて、ふつーだし、畑に野菜があるのといっしょで、おのずとなじみなごみそうじゃないか?

 こいつなんて、〝金魚鉢きんぎょばち〟が歩いているようなものだ」


(金魚鉢…)


 誰を対象とする表現評価だったのかは、確認するまでもなくあきらかだ。

 くわえてはししめされた向かい対面の席のセレグレーシュとしては、そこに成された比喩ひゆの異質さ・とっぴょうしのなさに返す言葉も(思いつか)ない。


「君は…。はしで人をすな」


「〝持ち手逆手(さかて)〟だけど?」


「それでも、ダメだろ」


 友人をたしなめたマークの視線が、対面にもうけているふたりをとらえて流された。


「色だけいうなら、講師の頭もかなり目立つし…」


(……。〝青頭これ〟をロジェの戯れ毒舌からかばおうとして、私を差しだしたな…。

 マーク君は、亜人でもないのに、この子が気になるようだ…。そういえば、おなじおない年代だったか)


 斜め対面はす向かいの言動を耳でひろったカフルレイリである。

 思案しながらみずからを擁護すべく、ささやかな反論をりだす。


金髪これは、人間ひとに出る色だ。

 黒や茶っ毛に比べれば遺伝にうるさい側面があって、年期をれば黒っぽくも白っぽくもなる~変化もする~ものだが…(どんな毛色もていどは、基質や環境の影響をうけるから、個人によりけりだな…)この辺では(一度、色が安定すれば、ほぼ、そのままにたもたれるものも)、珍しくもない。

 まぁ、人間で、あれだけ明るい色だとな。

 あれも長居するなら、そのうち見なれるさ」


「亜人じゃないんですか?」


「亜人だろう。脱色・染色してるんじゃなければ…」


 マークが確認の問いを投げたので、講師がそれと肯定して受け流した。

 そこで、ロジェがぼそりと感想を述べる。


「女じゃないのが残念な容姿だなー」 


「妙なのと極端なののぞけば、稜威祇いつぎ・亜人は美男美女~美人~ぞろいだろ?」


 緊張感にかける友人の感想をかたわらに――認識を再確認しようと既知きちを口に出したのはマークだ。

 ロジェが即座に反応を返した。


「知らねー。

 そうは言われてるけど、人間ヒトは見てくれで判断するからな…。

 異形いぎょうが出てきても妖威認定あつかいされるから、〝隠れてるだけじゃねぇーの?〟とも思うな…」


美的感覚~好み~は、それぞれだが…」


 とは、カフルレイリのつぶやき。

 そこでロジェが、対象をさかなに、さらなる意見をはじきだした。


「三、四年たったら、あいつ、〝実は女でしたー〟って、ことにはならないか…。となりの(連れっぽい)褐色女は、ちょっと高齢だいってるし…(目の色はよくわからないが)…、あの髪だ(――整髪料なのか、虹色がかっているような単に真珠光沢のいないような中途半端な艶が見える色合いだ…)。

 女のほうも亜人かもな」


「誰かと契約している稜威祇いつぎかもしれないな(――放置されてるってことは、容認されているってことだから……堂々とあたりまえのような顔してるし。事実、認証持ってる許可おりてるのかもわからないけど……)。

 講師は知ってます?」


 ロジェの感想を材料もとに、マークがカフルレイリにたずね――


「知らない顔だ(――あの女はたしか……まだら頭の知らない男に加え、カレンやマギーさんといるところを見かけたから、客人かなにかだろう…)」


 応えたカフルレイリが、そこで、ひと呼吸おいた。


「…。おまえらから見れば年配としだろうが、人なら二三、四二十代半ばくらいじゃないか?

 (身長たっぱ女にしては高めだそこそこあるから、遠目にはここからは成人程度には思えるし……

 事実、いくつなのか、外装には個人差があるものだから人の年齢は、よくわからなくもなるが…)。

 あの肌の色は南の産まれかな? いや。

 いっしょにいる子を見れば、そうとも限らないか」


亜人、稜威祇、妖威~やつら~は、外見の特徴で、生まれ(を)特定できないものなー(〝こっちの生まれ〟でなければ、故郷は〝闇が満ちたどこか〟なんだろうけど…。単純に夜だったとか、来る途中の空域が闇におおわれているだけって可能性もありそうだ)。

 人間も先祖が南方から来ても、こっちで産まれると、いちがいに〝そうだ〟とは言えなくなる。

 日に焼けて、すっかり焦げついて黒いだけの奴もいる。

 南にも色の白い連中はいるし、病気で白いのも…。

 この前なんて、あれとかスタさんより、ずっと白いの見かけたぜ? 石膏みたいに白い奴。

 あそこまで白いと、血まで白かったりして――(いま、そこにいるヤツの皮膚ひふの色は、まだ人の域だ)」


 ロジェの気のままの発言をうけた講師の視線が、となりにいるセレグレーシュに流れた。


「あぁ、何日か前、子供ちまいのが出没したそうだな。

 おさまるところにおさまったようだが…」


 そうしているかん

 なにげなしに視線をちらしていたロジェは、あらぬ方面遠方に、そこそこ若く見える銅色の頭をした亜人と年配の男をその視界におさめた。


 こちらを監視しているようなおもむき不審人物連中がいる。


 大食堂にいたる途中。段数が五段にも満たない申しわけていどのきざはし片側かたでも見た顔だが、気づけば、つかず離れず、そのへんにある。


 講義中に見ることは(ほぼ無いが、皆無ではない)が、カフルレイリの非番時、――特に銅色の頭をした少年とも成人ともつかない容姿見てくれ亜人を――その身のまわりでよく見かけることから、〝やはり〟と判断し勘ぐったことで、ロジェは講師を強く意識した。


「(…――に亜人や稜威祇いつぎの類はめずらしいけど……)――そういえば…。

 講師は〝アークイラ〟(の)出身ですか?」


「んあ…?」


「前からたずねたい聞こうと思っていたんです。

 たまにに、皇国こうこくの称号紋つけてる奴(が)いるから…(身なりがいかにもそうってわけでもじゃないけど、連れ立っている奴らが身につけてる装具とか、エモノの意匠にもアークイラそれっぽいところがあるし)――同郷なのかなって…。

 俺とマークリオこいつ、国がアークイラなんです。

 田舎いなかですけど。

 〝アデリー〟です」


「あぁ、そうだったか…。今度、よ」


「講師は、〝ラララ※〟あたりですか?」(※ 都市名。都市の呼称です)


 あからさまに好奇と探求心で押しまくるロジェの茶色の眼差しが、それとなく講師の反応を探っている。


「(でなければ)〝福都市ララバ〟とか…?」


「どうして、そう思うんだ?」


「なんとなく。

 〝称号持ち〟は、必然的に中央都会に多くなる――

 (人がおおければ、才能を見いだそうとする人種連中も多いから、目をつけられる機会が増える。格差貧富はあっても、物やコネ、人的環境には恵まれるからな)。

 講師もなにかいただいてるんですか?」


 彼らの故郷。アークイラ皇国こうこくには、これときわだった能力を示した個人や家を〝称号〟という形式で格付けし、その技力と才能をたたえる制度(仕組み)システムが存在するのだ。


 付与ふよされれば、氏名にも付属されるついてくる


「どこだろうとな…。ものごころつく頃には、ここにいたから、ほとんど覚えていないよ。

 ここが故郷というほうが、しっくりくる」


「そんなに早くから、こっちの才覚みせてたん(で)すか? 凄いですね」


 その気もなく、言葉の調子だけで持ち上げているのだろう。

 発言した当人ロジェの目は、それとなくありながらも冷やかししらけ調子だった。

 その腹では、


(無知なガキが〝他〟を知らないうちからここの技術に魅了されて駄々こねたのでなければ、親が能動的だったのかもな…)


 と、いうようなことを考えている。


 自発的なものであれ、推薦的なものであれ、法印使いこの道を目指す例としては、どちらもありがちな流れだ。


 ロジェ自身はいま、気分的に都合のいい方・かっこよく思える方向に盛って(この生業なりわいがどういったものか充分理解した上で選んだをして)いるが、自身がそのいい例――実態をよく理解しないままあこがれて目指した例――だったりする。


「……(認められるきっかけが、何時いつ何処どこだったのかは別として……)いま思うとわれながらすごいよ。

 努力の賜物たまものだ。

 心力ばかりあっても、頭と胆力と意志力~努力~が追いつかなければ、ここでは大成できないからな。

 素材の解読・鑑定には難儀なんぎしてなー。

 そういった素質に恵まれなくても補助する法具はあるが、感覚を頼れない分、法具の知識、種類・性質にくわえ、心力加減、手応え、法具の反応の把握、練度、数値的な間違いが許されなくなる。

 勉強してなんぼだ。

 私は勉強家ガリ勉だったぞー」


 講師の経験談を耳にしたロジェが、そこで、


(ちっ。やっぱ、もっと勉強集中しないとむずかしいか…)


 とか思いつつも、表面上はまったく応えていない雰囲気ふうを装い、すまし顔で冷めたコメントをいれる。


「そうなんですねー……(俺は)聞かなかったことにします」


 会話の流れが気に入らなかったロジェは、その修正をはかり直そうとこころざすなかに、ふと。

 視界のはしにあった〝青磁色の色彩〟に目をつけた。

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神鎮め3(前・後編)〈間 章〉よしふ……よしあり ~日常にひそむ様々なきざし ①~ ぼんびゅくすもりー @Bom_mori

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