友 垣.3


「社会の実態をうれいて悩むのもいいが、相応の力をつけていかないと何事も成せないぞ。

 だが、まぁ…。疑問を持つことは、いいことだ。

 大きな声では言えない真実だろうと気づき行動を起こせば、方向性を調整し直す起爆剤・契機けいきになる。

 それが個人では対処し得ない事柄だったとしても、なにかしら働きかける手段・きっかけは転がっているものだ。

 頭は柔らかくたもつもの。おのれが潰れぬていどに目をひらき、耳をすまし、現状を見極める努力をするもの。

 なにを目指すかは人それぞれだが、限りある自己おのれの時間を有意義に過ごすひとつの方法だろう。

 その点、おまえらは見込みがある――だが、行動を起こす時は慎重にな」


 ひと呼吸おいたところで、カフルレイリはこころもち声を高くした。


「おまえら目指すなら、〝法印士〟か〝鎮め〟にしておけ」


 向き合っている教え子のみならず、声が届く範囲に聞かせる意図がありそうだ。

 そのあたりからは腹からくりだす言葉によりいっそうの緩急、意向を知らしめる力と抑揚があった。


「〝使い手〟も、法具を取りあげたら〝ただの人〟だが、武道なり諸道しょどうなり人脈なり……。それを見越した不足の補塡ほてん、足場がためで、立身りっしんはかるのは自由だ。

 この肩書があれば、よっぽどなまけない限り、食いっぱぐれることはない。

 働きかければ仕事も舞い込む。

 法具があれば(さほど)苦労ろうせず隠遁いんとんすることも、フリーで活動することも、商売自活することも可能だ。

 利用しようとする者もあるからな。この道をきわめたからといって、広め歩くものでもないが、いざというとき役にたつし、発言力も強くなる――日頃のおこない、経歴・土地柄にも左右されるだろう~よる~が、仕事を選ぼうと思えば、ある程度までは選べる。

 疲れれば長期休暇も可能だ。

 引退しても、世をすねさえしなければ受け皿がけっこうあって、なにをしようとしなくても、その知識と経験、技量を優遇される。

 まぁ、そのへんはいっしょだが……。

 講師は現役時代、環境が保障されている分、自由が制限される。

 かなりまで安全で、いざとなれば直近ちょっきんで《家》を頼れるが、その類の仕事が集中する現場にあるからな。

 そこそこ忙しいのにわれる使い手が近場にあふれてもいるから歩合ぶあいの方はいまひとつで、《家》に縛られもする。

 努力してめざましい成果を示そうと、個の名が世間に広まる機会はとぼしく…――暇そうにしていると、望まぬ雑事ノルマを課せられる(内容次第では、それなりの成果……報酬・名声もついてくることもあるがわけだが…)」


「じゃぁ、なんで講師してるんですか?」


 とりすましたようすで素知らぬ顔で問い質したのは、説教くささをおぼえて不快をくすぶらせながらも、しっかり耳をかたむけていたロジェである。


「そりゃ、安定しているからな。

 補助が欲しくなれば、そのへんにあるし……(頼る相手の)資質の目星もつけやすい――」


 カフルレイリのまなざしが心持ち伏せられ、より、自身の身に近い空中に据えられた。


(自分で判断つけられない場面となれば、上層の見地をうかがえ、家の人間身内をはじめ、多様な人脈を頼れるという利点もあるが…――現実を言えば、自由に動きまわること・放浪することを許さない奴らがいたからに支障があったからだな…。

 おかげで、いつまでってもよそ者感覚が消えてくれない。

 それでも、ここぞという時の後ろ盾としては充分で……とはいえだが。へたに頼るとやつらの要求が多くなるから、煩わしくはあるな…。

 いずれにせよ。このままでも〝家〟の人間として、老後も組織下に骨を埋められそうだ……)


 思案するなか。ほの暗い表情を見せながらも、徐々にのそのそとひらきなおりをみせ、言葉を連ねてゆく。


「――べつに名をはせたいわけでもない。法印使い……ここの講師というだけでも、一目を置かれる。

 《鎮め》になるまでの〝保険〟のようなものだ。

 これはこれで楽しいし、性にあっている。だが……うん。

 鎮めにも講師資格を取得する~とる~者はいる。とどまらず、外で仕事する法印師もあることだし。

 外で弟子をとって育てるには査定が厳しく、方法・資材確保・法具管理・育成費用・指導・人手に苦慮する。

 外で育てても、(最少)三度はここをおとずれることになる――(資格認定も試験も、主要は家を介してここでおこなわれるからな…)――見込みのある人材を見いだしても、たいていは早い段階から組織ここに放りこむが……。

 そうだな。(資格を活かすにせよ無為にするにせよ)挑戦するのはいいか…。

 教え導く立場になるんだ。法印業に限らず、得意分野専門の臨時教員になるのは比較的やすくても、講師試験は、修了検定よりむずいぞ。

 年齢としはあまり関係ないが、人格はもとより、人を見る目・判断力とも、より綿密めんみつに試される。

 人道的にどうなんだって思われるような試練も覚悟しなきゃならない。

 まずは、精進することだ」


「目指すなんて言ってませんよ」


「いまからじけづいていてどうする? おさえるところさえ抑えていけば、さほどでもない。

 苦手は、しのぐつもりでもなくば必要程度にして、得意な奴と道具に任せておけばいい」


 講師を相手、積極的に合いの手を打って話しかけていたのは主に年長のロジェと呼ばれる少年だったが、そこでマークリオが、ぼそっと彼なりの考えを口にした。


「先に修士にならなきゃ…。俺には、まだ先の話です」


「うん。地道なのはいいことだ」


 このましにうなずいたカフルレイリが、その個人に向けた教示の姿勢を見せる。


「マーク。おまえは、熱くなるのはいいが、うまくさばけなくなったとき、気を乱すのがよくない。

 熱中するのは〝よし〟としても、あせらず落ちついていけ。

 ようは平常心と集中力だ。失敗したなら、なにをどうするんだったか、必要と不要の取捨選択、段取りを洗いなおせ。

 目指す手順を考えなくてもこなせるようになるくらい流れを脳味噌と感覚に覚えこませろ。

 均衡きんこう調整に手こずるなら、三行程三手までは組まず、個別に手応えを確実にしてから組みあげに挑戦してみるといい。

 極力、必要以上の手は加えないようにしてな。

 そこから先は、ほぼ個別確立が成立しないから、その手段も使えなくなるが…。

 どうしてそうなったのか、そうなるのか…、吟味することで理解が深まり道も見えてくる。

 中身のない先走りの自信は困りものだが、つちかさとることで〝人の自信〟は本物になる。

 要は組み上げるタイミング。リズムと全体の配置バランス。手応えから読みとれる個別の容量上限。適量幅適量だ。

 できるようになると、おもしろいように組みあがるからな。集中持続するのも容易になる。

 まぁ、こなれるまでは、それなりに精神・体力とも、すり減らすことになる(けどな)。

 よーし、みんな、片付け片(かた)したか? 心力の散らし忘れはないだろうな?」


 くるりとふり仰ぎ、周囲に視線をめぐらせたカフルレイリの注意がわずかに戻されて、少し先のさほど遠くない位置におりる。

 彼が注目したそのあたりの低空や床に、ぱらぱら、ふわふわと法具が散らかっていた。

 そこで――…


「(まだの奴がいるな……)――心力の散らし忘れはないだろうな?

 終わった片(かた)したやつから講義は終了っ! 昼に向けて解散だ」


 遅れをとった者はあとは自己解決するものと早々に見限ったカフルレイリは、腕を広げ、近場にいた面子をまとめて腕押しするような所作仕草を見せた。

 〝行くぞ〟とばかりに、面々の行動をうながす。


「ほら、おまえらも。ひき上げだ」


 明確な決定打など打たれていなかったが、その講師の感覚では、彼ら三名と昼を過ごすことが確定事項として予定に組みこまれているようだった。


「そう。参りましょう」


 そこで〝しめしめ〟と講師に迎合げいごうしようとした友人(ロジェ)の側面に、マークリオが〝そんなわけ、いくか!〟とばかりに腕と肩による突きあげ――軽度のタックルを食らわした。


「俺、まだですっ」


 自身の未達成未達(みたつ)を主張しながら、友人の行動の阻止そしはかる。


「(最低限)自分の法具は回収しないと…――おまえだろ」


「む……(こいつらだったか…)」


 カフルレイリが顎をあげ、目を細くするのをよそに、

 突かれた側面をさするでもなく向きなおったロジェが、マークリオの警告をうち負かそうと反論をくりだす。


「そんなの不要(だろう)! 講師が誘っているんだ。心配しなくても講師の裁量さいりょう後始末片付けが手配されるさ。

 (そのへんに転がっているうちの)個人俺ら諸物しょぶつ(※)は食事中、食卓あたりに届けられるだろう。厚い心遣いには甘え…」


 ――(※注釈 この項目を攻略する期間、利用する道具の基本的なところが個人に貸し出されている/人の密度が増すと必要が増えたりするので、そこにあるもの〝すべて〟ではない)――


「甘えるな」


 カフルレイリのいっぽうの手のひらが、がしっと。

 一度、ロジェロジークの側頭部をとらえ、押しだしの圧力を加えるともなく突きはなされた。


「届けられも後始末が手配されもしない。

 他人ひとの心力らすのは、それなりに手間なのに(必要もなく他者に)させるわけ(が)ないだろう。

 手伝ってやるからふざけていじゃれてないで、早々にさっさととりかかれやれっ

 そらそら、撤収てっしゅうだ!」

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