友 垣.2


「――前線に立つにせよ、たがいが人並み(からその上)の生活を手にするためにせよ、共闘共ともにあることを決断する理由は、それぞれだが…。

 いずれは解消することになる人生じんせい最盛期さいせいきのパートナーだ」


 カフルレイリが彼なりの解答を手土産に、さらに距離をつめる。


「解消することになるんですか?」


 そこで、となりにきた講師にたずねたのは、ロジェと呼ばれる少年だ。


「あたりまえだ。

 友人であり続けることはできる。だが、どんなに馬が合っても〝墓までいっしょ〟とはいかないだろう。

 なりゆきで、おなじ場所でてるのは仕方しかたないにしても、そこまで縛ってしまっては、たがいのためにならない。

 本人たちがそうしたいなら他人がとやかく言う場面ことじゃないが…。……人はいる。

 老いれば、能力もおとろえる。

 いつまでもその均衡を維持できるものでもない。

 引退の要因は、老衰や負傷・病気以外にもある。

 必ずしも稜威祇いつぎ全盛期ほうが永いとは限らない…――

 最期……終焉結末が、どうなるのであれ、仕事で強力な敵と相対する上で、(敵対者と大衆、双方に向け…)これが必ずいるという看板…。保障でもあるな」


「講師は、どうして《鎮め》に成りたかったんです?」


 ロジェが積極的さらに問いただすと、講師がわずかばかりあごをひいた。


「過去形にしてくれるな。えんには恵まれないが、いまも成ろうという意思はあるんだ」


 それと言及し、あしらいいなしながらもカフルレイリの対応は、さっぱりしていて淡白なものだ。

 抗議してみせても、さほど気にかけてはいないのだろう。


「浅はかにも、わずらわしいものを蹴散らせる力が欲しかったというのが本音だが…(大して力のない実益のない見た目だまし、はりぼてだろうとかまわない…――他人ひとが無視できない後ろ盾味方がな……)」


 いささかふるわない表情を見せながらも、教え子を相手に先人としての経験をかたる。


「けど、まぁ…。考えてみれば、そんな利己的な目的に賛同する稜威祇いつぎがあるはずもなくてな…。

 けっこう指摘され、軽蔑され、ばかにしてるのかと無視も揶揄やゆもされた。

 それでもな。妥協するのも邪道に走るのも利用されるのも性にあわなくてな。いまも、こうしているわけだ。

 これでも、まったく誘いがなかったわけじゃないんだぞ? (正直、鎮めの仕事……作業は自分の仕事という気がしないし、このままでもいいかなと思い始めているが――…)。

 安全そうに見えても、彼らの中には下心から近づいてくるものもある。

 提携ていけい(を)持ちかけられた時は慎重になれ。

 背負いきれる都合・問題とも限らないからな」


 そこで、すいっと。講師の注意が周囲に流された。


「みんな、そろそろ片付け始めろ。時間切れだ」


 不特定多数へ指示を投げたあと、講師の青い双眸がセレグレーシュに向けられるを映した


「レイス。昼はいっしょに食わないか? おごってやるぞ?」


(おごる、って……なにを?)


 言葉にして返さぬまでも。

 あらためて講師に視点をてんじ、その視線をうけとめたセレグレーシュの反応が疑問対応になった。


 ここの門下生は、正当な理由もなくひとりで三人前たいらげたり、極端なメニューを望まない限り無料タダなのだ。


 生活する上で月ごとの費用上限こづかいが決められていて、それを超過すると自腹になる仕組みだが、多少、はみ出しても範囲内の埋め合わせが利くので、ふつうに暮らしている分には充分ゆとりがある。


 定期でとる食事などは、暫定的ながら一食あたりの上限枠が定められて管理されるが、最低限、良識的な配慮もされている――(二食分程度まで看過される以外にも、大食堂の片隅に、早い者勝ち・換算ナシ方式のビュッフェセルフ型で提供されるコーナーが存在する。主に前日から当日の朝食モーニングおよび昼食ランチまでの残り物 ~~あくまでも余分で、残飯ではない~~ になるが、不定期ながら、裏方の心づくしからなるまかない品の提供もある)。


 ゆえに、そのへんを常識的な範囲内に調整できない者は、〝生活能力に難、または癖がある〟…とされ、資質評価の材料にもなる。


 一定額までの借財しゃくざいは可能で、組織に損害をもたらす種類のものでなければ、大きな問題とはされない。


 要するに借金だろうと実家の財力・コネだろうと、 散財して生涯しょうがい負債ふさいを背負い続けることになろうと、自己責任の内に処理する分には自由なのだ。


 予定の上限を越えた事情・理由・用途によっては、要項が追加されたり補填ほてんされたり、逆に減額されたりと、調整の手も入る。

 医療費や教材費など、諸事情や進み方によって個人差が大きくなる分野も存在するので、表向きは年齢・性別・段階に合わせて一律のように言われていても、裏側では、必ずしもそうではないのが実情である(とうぜんのことながら、あまったからといって、個人に還元される種類のものではない)。


 ちなみに光熱費など、法印で対処可能な項目において。その方面の技術習得目的で滞在する者であれば、成長過程でカバーできるようになるので、けっこう早い段階で設備費用程度に縮小される。


「俺たちも同席していいですか?」


 マークリオ少年が生真面目にたずねると、答えが返されるより先に、その友人のロジェもここぞと便乗した。


「俺、〝ラララ風ラビオリ〟が食いたいです。それで、買い食い・買いめは、オーケーでいけますか?

 自主訓練時の間食・夜食用に考えて(い)るんです」


「おう、やる気だな! 歓迎するぞ。

 だが、特注も買い食いもセルフだ。自分のふところが寒くならない程度に抑えてしておけよ?」


 悠々ゆうゆう、受けいれたカフルレイリ講師が、発言する中に小気味よさげな笑顔を見せた。


「それって、詐欺さぎじゃないですか…」


 条件をひるがえされて不服をうったえたのは、若干、過分な希望をかかげたロジェだ。


詐欺さぎなものか。

 私は、おまえらの衣食住分、ノルマを課せられた上で、自分の生活のために必要程度の仕事をこなしている(ようなものな)んだ。

 そういった面では、けっこう、時間をかれ、苦労もしている。

 まぁ、養っているようなものだから《おごり》だろ?」


(――それは組織の体質・方針だから、〝おごる〟と口にした以上は詐欺だ。

 事実の曲解・くらましは、よくないだろう。

 対象をヤツひとりと想定していたのだとしてもいたにせよ、〝歓迎表明〟された以上は、つられて同伴する未来ある生徒がゆがむぞ)


 その思考の主(ロジェ)は、腹の内側に不服・反感を抱えていようと、表むきはおくびにも出さず、受動的に言葉を連ねた。


「そうか。養ってもらっていたのか…。…〝お義父とうさん〟と呼んでいいですか?」


「む…。あまり嬉しくないが……。考えてみるか」


「冗談です。そんなの、ぞっとするぞっとしない


「ほう。そこでくつがえすのか――安い要求だな。

 親元(を)離れていそしむ〝でかい子供〟と同情した私がばかだったようだ。

 律義な大人をからかった代償は安くない。覚悟はしておけ」


「俺は、なんの覚悟しておけばいいのでしょーか?」


「そりゃあ、容姿・性格に問題のある娘ができたら、おしつけられるんじゃないか?」


 ロジェと講師のやりあいに入ったつっこみは、外野によるあらぬ方面から投げられたものだ。

 本気とも思えない彼らの会話が耳に入ったのだろう。


「あれ? 講師、女いるんですか?」


 ロジェが、さらに現場を混ぜっかえした。

 口をはさんできた者は、聞こえた会話に一波ひとなみたてたことで興味を失ったのか――その時にはもう、ほとんどこちらのやりとりを気にかけてなどいなかった。

 多少は耳をそばたてているのかもしれないが、後処理作業を再開し、自身が使った法具をひろい歩くなかに、もともとあった距離をさらに広げている。


「いまはフリーだ。注文はうるさいが、いいがいたら紹介しろよ?」


 講師が軽い口調で応戦してると、片側で、ぽつりと。

 こころなしか、しずみがちにも感じられる声がなされた。


かねんでここ入った奴もいるって、聞いたことがあります…」


 それと真剣な面持おももちで疑問を提起したのは、マークリオである。

 それ以前に交わしていた会話が微妙に金銭に関わるものだったとはいえ、現場の流れからはまったくといっていいほど脈絡がみえない内容働きかけだ。


 カフゥ講師が渋い表情を見せながら、律義にその追及に応じる。


「あぁ…。そうして入るにも、いくつか条件がつくな。チャンスを活かせるかは、本人次第だが……」


 事実……

 法印関係の仕事の受注対応はもとより。

 地元における法印管理の費用軽減や法具・資材を売買する上で、優遇措置を提示したり、金を積んだり、保証したりして、才能ある子供を請け負う優待することもあるというのが《法の家》だ――(個人の未来を買い取るようなものである)。


 世間には、子供の将来(および自身の未来)を望む種類のもの以外に、口べらし目的。

 または金銭目あてで、子を売ろうとする者もあずけようとする親も、それに便乗し、生きる場安全な環境を獲得しようとする者ある。


 事情はそれぞれなので、総じて個別対処になるが…――。


 それがさらってきた子供を売買する犯罪者だったりすると、あばかれ、相応のしっぺ返しを受けるてきとうな方面へ突き出されるという、予防を兼ねた恫喝どうかつ……流言も耳にする。 

 事実、過去に、そういった事例がなかったわけでもない。


 犯罪者が関係する受けとめる側の組織や国の体質、加害者・被害者の身分や出自にもよるが、そんなおりは、手をわずらわされた《法の家》の方から手心のひと言言葉が無ければ、きびしい対応・結果になりがちだ。

 つき出す方面受け皿がなかったさいは、そのおりおりの責任ある個人や《家》の上層部の判断にゆだねられることにもなる。


「求めているのが、必ずしも心力……法印使いとしての可能性とも限らないからな。

 えんがあれば素質を見て、最初はなから他のレールを敷かれるルートを示されることもある――

 (諜報ちょうほう、スカウト、料理人シェフ、司書、医療従事。

 商取引、公証人。事務作業員に教職……農業家ファーマー、調教、研究者学者、鍛冶に彫金、建築土木など、――もろもろの技術職……)

 …――滞在が叶えば、ここは出稼ぎも学びも可能になるひとつの街みたいなものだから、人材登用の道は多岐だ。

 だが、どんなに金を積もうと、入れない奴は入れないぞ。そういっためんは、この組織にはない。

 (今のところは)法具運用で大抵のことはまかなえ、よほどのことでもなくば、かてが天候や災厄に左右されることもない。

 組織ここは、〝貨幣や評判〟より、〝万物ものと人材〟を重視するんだ」


「いろいろ、黒い噂もありますし、そういった綺麗事も上辺だけじゃないですっすか?」


 実情を解説されようと、流されることなく冷めた調子で指摘したのは、ロジェである。


「(そう)思うのはいいが、憶測で吹聴ふいちょうして歩くのは勧められないな。性質難と上に目をつけられる。

 まぁ、(目端が利くあかしでもある)その程度ではよけいな事務仕事が増えるだけで、害にもならない(行動傾向にもよるが……)。

 犯罪に手を染めたり、過度な損害を出さないかぎりは家内事で済まされるが、流れによっては、身にも返ってくるぞ。

 一度ふところに入れたものの面倒見は悪くなくても、それが毒となるようなら、引き受けたおうおうに間引く組織だ。

 ゆるいようでも、それと発覚し、目にあまる行動をみれば対処する。そうして作ってきた敵も少なくないらしいからな。

 人間いろいろだから、そのへんの識別にも苦慮する」


「《天藍てんらん》と仲違いしたら(どうです)?

 〝ここは万全〟なんて言ってられなくなるんじゃないですか?」


 カフルレイリが、黒褐色のをした発言者ロジェを視界に、にまにまと笑みを深くした。


「おう、よく気づいた――(気づかない方がマヌケだが)。

 だが、あの一族の安寧あんねいは、造る道具を堅実に使いこなせる者・理解ある背景……資材供給を計るうえで、信頼にる環境、後ろ盾があってこそだろう。

 彼らもばかじゃないさ。

 法印業ここと同様で、あの一族にも〝はみ出し〟や〝問題〟がないとは言わないが、個人がどうこうしたところで、容易たやす瓦解がかいする関係じゃない。

 それでも、《稜威祇いつぎ》・《天藍てんらん》とは仲よくしておくことだ」




 ▽▽ 場 外 ▽▽


【 割愛対象になりそうな事柄ですし、機会があってもずっと先になりそうなので、ここで注釈……

 下記? の一部を本文の間にはさんでおりましたが、あらためて見たら邪魔だったので、ここに移動いたしました ('◇')ゞ💦 】


 大食堂において。

 特注品を望む場合は、前日・昼までに予約するのを常識としております。


 その場で対処可能な範囲であれば当日でも享受され、要望によっては、材料確保・調理者の事情などから、後日に伸ばされたり却下されたりする。

 日頃からメニューのリクエストも受けつけますが、献立としてとり入れられるかは裏方の胸先三寸 になるのです。


 《家》といっても、独立したひとつの町のようなものとしているので、食事できる場所は他にも存在します。

 喫茶店をはじめ、郷土料理をあつかうお食事処、甘味や特定の食物専門の各種売店やファストフード店、弁当+惣菜屋などを利用する者もある。

 食材を買いこんで自分で炊事する者もおります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る