第4話 友 垣 ~かきね結び~

友 垣.1


「――稜威祇いつぎの体調・霊調の乱れの安定をはかる術式か…」


「はい」


「目的を持つのはいいことだが、おまえはまず、いまとり組んでいるわざを確実にしろ。

 《一天十二座いってんじゅにざ》が築けるのだから、できないことはないはずだ」


 実技講習が始まるともなく。

 時宜じぎを計り見て、これと望む事柄を投げかけてみたセレグレーシュである。

 しかし、

 対する指導者。

 カフルレイリの反応は、彼の予測から大きく外れるものではなかった。


 もとより。手もとの作業をもてあまして、気分まぎらせになした働きかけ。

 方向転換ノルマ変更契機けいきになれば……という思いつきから出た行動なので、そのままに受け入れられることを期待したわけではない。


 教え子を視界に。カフルレイリ講師~その男~が、もっともらしく正道をく。


「達成したら、そっちを教示すること・ノルマ……習得へむけた近道手順を考えてやらないこともないが…。

 ――その条件に応じる手だて、満たすための技巧ぎこうは一つといわず多岐たきにおよぶ。

 命ある者の活力を調整・補正しようというんだ。

 対象の体調はもとより、生死にも関わってくる。

 とうぜん、必須となる知識・技能は少なくないし、こんな小業こわざつまづいていては、危なっかしくて話にならないぞ。

 この項目でも、間接的にからむ部分はあるんだ。

 たとえ成果が見えなくても、たるむな、さぼるな。やる気を出せ」


「…はい。でもオレ、こころみていて、なんとなくわかったんです」


「なにがわかった?」


「石でもペンでも。素材がなんであっても、あんなふうに閉じこめたくない。

 そんなのは、やっぱり、不自然な気がするので…。

 講師が言うように、そうすることに抵抗があった。どうしてこだわってしまうのかは、よく……」


「そうか。なんとなくでも自覚できてきたのなら、それも進歩だ。だが、〝できない〟のと〝しない〟のは違うな?」


 成果を認めながら、軽くおどしをかけるような言動。

 それは先に進む気があるのかどうか、作業へむけた意欲レベルの確認にして催促促し(うながし)だったが、セレグレーシュにこれと響くような反応はない。


 にぶいというよりは、たがいがいま〝最重要〟と考えている内容が、かみ合っていないのだろう。


「すぐ出していいんだから成せることを示せ。そうすれば実力認めて、可点をやる。

 そのおかしな癖さえ解消できれば……いや。そこを乗り越えさえすれば、こっちの課題もこなせるだろ…。

 どういった方向性のものであれ、法印士になってから、その技を使うか使わないかの最終判断は、おまえがしていいんだからな」


 煮えきらない表情を見せている青磁色の頭の教え子セレグレーシュを視界に。

 カフルレイリは、カフルレイリで、〝どう評価しようにも手だてがない〟とでもいいたげな顔をしている。


(まあ、それで試験でひっかかったり、非協力的な態度を追及されたり、必要なところで、〝あれは使えない〟と問題視されるようにもなるわけだが…。

 主義趣向、好みがどうだろうと、授業では、そんなに長いあいだ、対象を閉じこめておくわけでもないだろうに。

 指導する行程で手こずることになっても、心理的な拘泥そこになるとは思わなかったな――…)


 🌐🌐🌐


 わや……わやわや、ざわざわ、

 ごちゃごちゃ…ぐしゃ、すぃんすぅぃぃぃ~~い……。


 かたわらに見てとれる現象。

 それは遊星のごとく、空中を飛びかい迷走する無数の法具による光景。


 十四、五おない年くらいの少年のまわりで、統制の乱れた法具の乱舞がくりひろげられている。


 彼。セレグレーシュが見る知るかぎりでは、本日、三度目のこころみ。

 色調の明るい茶色の髪をそなえたその少年は、一度目二度目にした失敗と似通った異常反応にふりまわされているおなじ轍(てつ)を踏んでいる


(…――《心力》を必要以上に投入し、部分部分を補強することで、反動をおさえ維持しようとしてるみたいだけど、そうするほどに全体の均衡……〝兼ね合い〟が狂ってゆく。

 各所で超過してしまっている揚力ようりょく……過剰分を適切なレベルに処理しきれていないから。

 除去調整しきれていないから構造が大きくゆらぐんだ。

 バランスも規模も違ってしまっているのに、削り整えるでもなく、領域を拡大する方向にりなおすでもない。

 変化に対応しきれていない。処理がおいついてないから動作が安定しない。

 それがどこまでも迷走してしまう原因――)


 どうにかまとめあげようと表情筋をゆがめ、唇をかみしめながら真摯しんしに課題作業にとり組んでいるが、成しえずに苦闘している。

 視界にあるそのようす、ありさまがあまりにつらそうだったので、セレグレーシュ~彼~は、つい……。口をはさんだ。


「…基礎配分にが生まれてる。

 《細石さざれ》はもとより。合一させる部分の砂礫されきにも乱れが現れてでてる……《細石それ》にからめる《すな》の数値も(いちいち)バランスが違う…――

 望む動作を見せないのは、各所の過剰を除去しきれていないからだ」


「わかってるよ! けど、(こっちを調整すれば、あっちがくずれる、あっちをやればこっちで……どこから、手をつけていいのか…)うまく部分部分に対応できないんだ…っ!」


 反論しながらふりかえったその少年が、迷走する法具の群れごし。いくらか距離をおいて立っている発言者を目視したところで、ぎょっと目をむいた。


(――…なんで、彼が……)


 その灰色がかったセピア色の虹彩と漆黒の瞳孔がとらえたのは、青磁色の髪の少年。

 セレグレーシュだ。


 恫喝どうかつされるとは思っていなかったのだろう――特異なひらめきを秘めた瞳を大きくみはっている。


 思いもしなかった現実と、実行中の作業における手もとの不如意ふにょい――

 あれもこれもで、すぐには対応しあぐねた茶髪の少年の主張が、そこでうらごとめいた言いわけになる。


「……こんなの、同時にまんべんなくなんて難しすぎる…。

 俺のことより君は、自分の課題小石囲い(を)確かにしろよ……」


 独白なのか苦情文句なのかも判別がつかない呟きをもらしたその少年は、その場で足を踏み替え重心軸を移動し、とまどいの原因となった相手を斜め横にしながら、ぶんっと。

 明るい茶色の(髪の)頭をふりやった。


「あぁ、わけわかんなくなった。一回、散らすっ!」


 そんな彼らふたりのやりとりをほぼ背後といってもいい側面に意識して。

 そっと、ため息をこぼすともなく、まなざしを伏せたのは、いくら離れた位置にいて、ちらと視線をくれた十七、八歳くらい~年上~の男子だ。


「マークン、荒ぶるのもわかるが、それ言ったら、おまえ馬鹿だぞ」


 開口一番。作業の手を止めたその少年が、ふたりの方へやってくると、注意された少年が、黒褐色の髪を持つ頭をした年上の友人を反抗的に迎えた。


「それって、なんのことさ」


「そっちの奴は、のにだけ」


「ロジェ、言い過ぎだ」


「事実だろ。

 こっちの技だって、成立する寸前まで、すんなりこなすんだから、わざとやってるとしか思えない――(できること見せつけられてるようで非常に嫌味だ…。で、自覚してわかってないようにも見えるから、いびりいじりたくなる――その傾向が、マークリオこいつと妙な感じにかぶるんだよな。どこかまぬけなぬけてる感じがして……ほっとけないつーか、気にって、口を出ししたくなる)」


「むーぅ……。誰にだって、うまくいかないことはあるものだしさ…。…(彼にとっては)最終手が山なんだろ。…うん」


 友人の不作法毒舌身近そのへんに。

 独自に答えを導きだすことで納得し、落ちつきをとりもどした明るい茶髪の少年が、くるりとセレグレーシュの方へ向きなおった。


「悪かった。君を見てると、じれったくて……いや、(俺が)勝手にれているだけなんだけどさ…。

 さっきのは…熱くなりすぎてて……。いきなりだったから…(だから、びっくりもして…)。

 悪気はなかったんだ。(うまくいかなくて)ちょっと、(かなり)くさって(い)たし。

 驚いた反動っていうか……条件反射というか、な…(~セレグレーシュ~がそのへんにいるのはわかっていたけど、そっちから話しかけてくるなんて思わなかったんだ)」


「うん…。なんか、邪魔してしまったみたい(だ)…。オレも……」


 謝罪しゃざいを受けとめたセレグレーシュが出過ぎたことをあやまろうとすると、それをさえぎるように年上の少年ほう言動ことば切りこんでからんできた。


「気にしないでやってくれ。こいつ、かまって欲しかった誰か(てめぇだよ)に出端でばなにスルーされたものだから、きっかけつかめなくなって、ねてたんだ」


 つっこみを入れる顔は真顔だったが、見計らって水をさしたようなタイミングだ。

 その発意と態度には、そこかとない作為、演出が感じられる。

 

向こうそっちからあいさつしに(顔見に)きておいて、後がはないだろー――って、な。

 普段、ネコかぶってるだけに、けっこー熱中してる時、口はさむと恐いしな。さっきのは、まだ抑えが効いてる方だ。

 さらに言うと、おいてけぼり食いそうであせっていたんだよな?」


「きわどい注釈いれないでくれるか? 自分が情けなくなる…」


「おーぉ、図星だな。沈め沈め。おまえは、〝熱さ〟と〝冷静さ〟を両立できれば、かなう者なしだ。

 でも、俺のことは恩人に見立てて〝俺以外に〟…ってことにしておけよ?」


「俺は君と違って、冷めたらできない性分なんだ」


「っん! 若いなぁ」


「じじぃあつかいされたいなら、そうしてやってもいいんだぞ?」


「じじいの助言は、ありがたくなくても、うやまってるをしながら耳をかたむけるものだ。

 まあむぁ~ぁ上の空そらで聞き流すのもひとつの手だが…――概念がいねんとしてわかってるつもりでも、わかっていなかったりするものだからな――(意外と参考になること、気づかされることがあったりもするしな)。

 それ以上にやっかいなのは……あまりがっかりさせると、こももって、ぼけだしたり、徘徊はいかいしたりして、ハラスメントじじぃになることだ。

 性格や健常度の問題で、じじぃに限ったことでもないが……わきまえのある利口者は、そうならないよう、つつくらまして、うまくやるものだ。

 人間、歳をとり過ぎると、視野が広がるか、狭くなるかの二択だというし、たがいの今後のためにもな…。

 じじいではないが、ほら、年長者としてうやまってくれていいぞ」


「…君のお爺さん、ここに連れてきたくなってきた……」


「あー…。どんな猛者モサだろうと年期(を)かさねれば過去の話だ。

 足腰弱くなりはじめた老人じーさま遠路えんろ仲裁ちゅうさいにひっぱりだそうなんざ、良識のある人間のすることじゃないな。

 おまえが〝ハラスメントおやじ〟になったって話だっけか? 若いうちから、狭量きょうりょうなことだ」


「…。これ以上からんだら、なぐるよ?」


なぐられたら、なぐり返すから心配するな」


「俺、子供ガキだからな!

 おまえの(これからするかもしれない怪我の)心配するほど(精神的な)よゆー(が)ないって言ってるんだよっ。(手加減されたかったら)黙っとけ!」


 セレグレーシュが二者のやりとりに圧倒されていると、友人との論争に見切りをつけた若い方が向き直り、彼の方こちらを見た。


 〝マークン〟とか呼ばれていた方で、明るい色合いの茶髪に、微妙に灰色がかった茶色の目をしている。

 普段、その少年を示す音として主に耳にするは〝マーク〟である。

 どちらも愛称なのだろう。


 その彼がどんな名をしていたか――少し考えたセレグレーシュだが、いまはこれと符合する響き答えを思いだせなかった。


 この組織にかぎらず、この土地では、おなじ講義を受ける仲間だろうと自己紹介が、どこまでも任意になる。

 なにかしらの機会がないと通名くらいしか耳にはいらないものなのだ。


 この《家》に来たばかりのころ。

 同い年そのくらいから上の年代の住人を訪ね歩いたことがあるので、一度、顔合わせしているのかもしれなかったが、二年も前のことである。

 あたった数が数なので、以来、言葉を交わす機会もなければ、セレグレーシュもいちいち覚えてはいない。


「例の稜威祇いつぎ、今日は来ていないんだな」


「ん? ……あぁ、そう…だな」


「仲直りしたんだろう? よかったね」


 とっさに対応しあぐねたセレグレーシュが、つかの間黙り込む。

 すると、その反応に疑問をおぼえたのか。

 その彼。茶髪のマークと呼ばれる少年が、さらに言葉をつらねた。


「なんだ? それとも、また喧嘩けんかしたのか?」


 わりない友人同士の言葉の投げ合いを間近で披露された直後だ。

 はじめに声をかけたちょっかいをかけたのはセレグレーシュ~彼~だったのだけれども。ほとんど会話したことがないその相手に、従来の友人のごとく話しかけられたので、少しばかり面食らっていた。


 加えて口に出された内容が、とっさには反応しづらいものでもあった。


 そんなこんなでセレグレーシュが態度を決めあぐねていると、そこに生まれたわずかなに、いまひとりの年長の少年が、その茶色の瞳を大きく見開いて


稜威祇いつぎ相手にコトかまえるなんて、すごいな」


 おもに瞳とその周囲の表情筋――それに話し方発声による表出ひょうしゅつだったが、驚き方がいささか大袈裟だ。


「そうじゃないんだけど、考えてみれば……」


 ――それに近い状態だったのかも知れない……と。


 指摘されたことで実感してしまったセレグレーシュは、ぽそぽそと反論しながら話題の存在との不調和を自覚して落胆した。


 不明が多い中にも良好と思っていたのは彼だけで、その実態は、かなりちぐはぐしていたようなのだ。

 こころもち視線を落として、考えの一端を口にする。


「二年間、ずっと騙されていたようなものか…――(いや、あの経緯だと、産まれる前とか、産まれてから、そんなにならない頃からなのかも――…。…)」


「そうなのか?」


「そりゃ、ひどいな」


(…――黒褐色こげ茶の頭の方は、ひどいと言いながら、全然ひどいと思っていなそうなんだけど)


 口調はもとより。態度からして、からかわれているように感じられたので、二つほど年長のロジェと呼ばれる男の反応は、セレグレーシュの反撥感情反抗心をかなり刺激した。

 それでも、なじみのない相手である。

 セレグレーシュは、それはそれと考え。

 意識して距離をもうけることで心を整頓し、気にしてないように気丈にふるまってみせた。


「うん。でも、いいんだ。(たぶん初めのうちは、だますとかだまさないとか、明確な感じじゃなかったんだろうって…)――納得したから。

 あいつにはあいつの考えが……事情がある(でも、あれから姿、見てない…。べつに用もないけど…。…オレ、なにか言い過ぎたかな…?)」


「へえ。物分かりがいいんだな」


 懸念をおぼえていたところに、そんな言葉を返された。

 ムッとしたセレグレーシュが反応するより先に、マークと呼ばれる少年が仲裁に入る。


「ロジェ。そういうゆーのは、せって。

 喧嘩ケンカ売ってるから」


「契約する予定ないなら、こっちにゆずってくれ。

 どんな奴なんだ?

 強いのか? あの稜威祇いつぎ


 挑発し続ける友人を片側に――マーク少年が歯がゆそうに表情をゆがめている。


 援護されたことで毒気をぬかれたセレグレーシュは、いささか虚をつかれながらもわりラクに平静をとり戻した。

 それ以前のやりとりを見ていたので、経過としてはさして意外な流れでもない。


 立ち向かってくれた方の少年が感情を爆発させそうにも見えたので、なんとなく黙りこんでいると、


(無駄か……。めろと言っても、自分がめたくない時はめない奴だものな…)と。


 そこで思考をきりかえたその彼――マークことマークリオが、セレグレーシュの方にまなざしを転じた。


稜威祇いつぎっていっても、まだ子供だろう?」


「あれは強いか弱いか、ただ逃げ足が速いだけか…。そのうちのどれかだと視たね――出てきてこのかたずっと子供のままな変わりばえしないんだろ?

 何年生きているのかいくつなのか役に立つのかも、わかったもんじゃない」


 マークによる事実確認の問いにつづき、すかざずロジェが挑発めいた見解をたたみかけてきたが、冷静さをとり戻していたセレグレーシュは、それもそのままに受け流した。

 ただ、ぽつりと。

 そのとき、頭に浮かんだ疑問を口にする。


「…。契約することの利点ってなんだろう?」


「それは、必要な時の相互扶助そうごふじょだな」


 教え子たちのやりとりを聞きつけ、ここぞと会話に割りこんだのは、そのへんまで来ていたカフルレイリ講師だ。

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