24,特別

 号令と共に、鈍く光る刃は降り堕ちる。

 全てを裁断し、赫き喝采が降りしきる。

 ゴトリと無機質な音を響かせた首は、勢いのまま転がり舞台を降りた。



 今ココに『飛樽』という演目が、その幕を下ろしたのだった。



 飛樽の肉体が解け、粒子になって風に流されていく。

 その様子を見ながら、魔使は何処からともなくランタンを取り出した。


 黒と紺を基調としたシックな色合いだが、その中には何も入っていない。

 それを消えゆく飛樽へと向けると、何もなかった中身に青い炎が灯る。

 ゆらゆらと蝋燭に灯る火のように揺らめきながら、覗き込む魔使の顔を仄かに照らす。


「――よし」


 微かに口角を上げると、持っていたランタンから手を離す。

 落ちていくランタンは、とぷん、と影の中に沈んでいった。


 その時、空間に亀裂が走った。

『核』と『展開者』の二つがなくなったことで、領域の維持が出来なくなったのだ。

 飛樽という怪異が展開したこの支配領域は、まもなく消滅するだろう。

 しかし、領域にとって異物である生者は、消滅の際はじき出される。

 故に魔使達は、これ以上何かをする必要はないのだ。


「……さて。目的も達成したことだし、崩壊までの時間をどう過ごそうか」


 飾られている展示品を資料として頂戴しようか。

 いや、所詮模造品を持ち帰ったところで何も得るものはないか。

 では吉岡君達と合流でもするか?


 そんなことを考えながら階段を上る。

 そんな彼の背後、消えゆく飛樽の体から、球体が浮かび上がる。

 白く濁った球体は、音もなく浮遊し、背を向けた魔使へ向かっていく。

 そこに音もなく匂いもなく、魔力の揺らぎすらない。

 思考を巡らせながら歩く魔使に、気づく術はない。

 そして今、魔使の背中に触れる――――……








「――⁉」


 触れる直前、魔使は身をよじり回避した。

 そしてすかさずワープし距離を取る。


「……何だアレは。どこから、いやいつから接近してきた?」


 魔使は視認して、ようやく自身に迫る球体に気がついた。

 魔使が咄嗟に回避したのは気づいたからではない。

 彼の勘が、経験が、第六感が防衛反応を引き起こし、躱すことが出来たのだ。


「……音も、匂いも、魔力すら感じない」


 距離をとり分析する魔使を目指し、白濁色の球体は再度動き出す。

 追尾し向かってくる『未知』に対し、魔使の心に湧き上がるのは好奇心による『喜び』だった。


「いいぞ、死して尚私を楽しませてくれるのか⁉ それでこそ日本に轟く七不思議、その一席を担う者! 飛樽、お前は何を遺したんだ⁉」


 喜びに顔を歪ませ、歓喜に震え叫ぶ。

 しかし同時に『向かってくる球体に触れてはならない』と直感が告げる。

 常に一定の距離を保つよう移動する。


 しかし、どれだけ距離を離そうと、壁や床をすり抜けて球体は迫ってくる。

 その度何度も魔術で解析してみようと試みても、まるで存在していないかのようにすり抜ける。

 何も情報を得られないまま、時間だけが過ぎていく。

 支配領域崩壊が、刻一刻と迫っていた。


「……やむを得ん、か。――来い、モラクス」

「はぁ~い! よ~~~~やく私の出番というわけですね主人マスター様!!」


 呼び声に応えるかのように、壁に映る影が大きく形を変える。

 そこから喜びを滲ませた声をあげながら、悪魔が現れた。

 牛の頭にモノクルをかけた摩訶不思議な風貌。

 巨躯のせいでパツパツになった礼服が悲鳴を上げている。


「『自分で調べて知ることに意味がある』とか何とかぬかして私を一っっ切いっっっさい頼って下さらなかった主人マスター様が! 遂に! あぁ、私、この日が訪れるのを一体どれほど待ちわびたことでしょう⁉」

「喧しい。いいからを貸せ。あの球体が何か調べる」

「えぇ御意に」


 魔使の右目に、紋様が浮かぶ。

 それは悪魔モラクスの紋様。

 紋様を刻み繋がることで、魔使は契約した悪魔の能力を扱うことが出来る。


「『万象見透かす知慧の瞳ソヴァイ・アクルス』」


 それは知恵を与える悪魔、モラクスの瞳。

 眼に映したものの、ありとあらゆる情報を閲覧ることが出来る能力。

 例え情報を隠匿していようとも、その瞳から逃れることは出来ない。

 例え記憶から消したとしても、その瞳は取りこぼさない。

 例え本人が自覚・知覚していなかったとしても、その瞳は全てを見透かせる。


 その瞳をもって、迫り来る白濁の球体を覗く。


「――モラクス、どうなってる」


 流れ込んできた情報に、魔使は眉をひそめる。

 何故なら得られた情報は――。


 名称が『楔』であること。

 その目的は『目印となる』こと。

 対象を何処までも追尾し、対象に接触すれば『魔力に溶け、体内に残留する』こと。

 この球体を生み出したのが『飛樽』であるということ。

 そして、この球体はなんの力も害も及ぼさない代わりに『音も、匂いも、魔力すら発さず、あらゆるモノをすり抜ける能力を持つ』ということのみ。


 飛樽が何故最期にこのようなモノを造りだしたのか。

 目印とは一体何なのか。

 裏に潜む意図を、読み取ることが出来なかった。


「どうも何も、それがこの球体『楔』の全てということです」


 その言葉に魔使は、顎に手を置き思考する。


 ここにある『対象』とは自分、魔使の事であることは明白だ。

 ならば支配領域が消滅しても、存在し続け私を追ってくる。

 それに、領域を維持することに固執していた飛樽が楔を造りだした意図は何だ?

 苦し紛れの抵抗……いやそれなら『害を為さない』と明記されたただの目印なんて生み出さない。


 ――……裏に誰かいるな?

 飛樽が生み出したことを隠れ蓑に、何者かが糸を引いている。

 目印というのは、その者が何かを成すためのもの……。

 今はまだ存在すら朧気だが、楔……目印があればいずれ私の前に現れるはず――。

 この『楔』は言わば、捉えられぬ誰かとの繋がり……。

 その誰かを特定するためには、繋がりを手放すのは惜しい――……。


「――……いいだろう」


 そう言って、魔使は迫る白濁の球体へ手を伸ばす。

 指先に触れた球体は、魔使の体内ナカに吸い込まれたその時。


 空間に入っていた亀裂が大きく避け、地鳴りと共に、飛樽が展開した支配領域は崩れていった――。







 ◇ ◇ ◇


 領域を覆っていた結界が、音を立てて消えていく。

 異物として弾かれ、消滅を免れた魔使、吉岡、茜の三人は、元いた音楽室に帰ってきた。


「よかった~……ちゃんと戻れた……」


 緊張が解けた吉岡は、へなへなとその場にへたり込む。

 領域が崩壊する中、このまま本当に無事に帰れるのだろうかと終始慌てていた故に、安心感がホッとしていた。


「えぇ、本当にお疲れ様。そしてありがとう。私だけの力じゃきっと、七不思議は祓えなかったから」


 吉岡と魔使を交互に見て、茜は礼を言った。

 疲れ切っているはずなのに、そう感じさせないほどその顔は晴れやかなものだった。


 それから一行は早々に音楽室を後にし、誰もいないことを確認してから学校を抜け出した。


「それじゃあね、二人とも。また明日学校で」


 静かに別れの挨拶を済ませ、吉岡は帰路についた。

 しかし、校門前に残った二人は立ち止まったまま。


「……それで、要件は何かな」


 柱にもたれながら、魔使は問う。


「改めてお礼を言おうと思って」

「礼を言われるような事じゃない。私にも利がある話だったのだから」

「ううん、それだけじゃなくて」


 首を振って、茜は続ける。


「私、吉岡くんに何度も助けて貰ったの。貴方が彼に魔術を教えてなければ、私も無事じゃ済まなかった。こうして五体満足でここにいるのは貴方のおかげ。……だから、その――」

「ちょっと待て」


 茜の言葉を静止する。


「吉岡君が魔術を使ったと、そう言ったのか?」

「えぇ……けど、それが何か?」

「彼に教えたのは『魔術と魔力の存在』、そして『魔術の行使には魔力が必要』だと言うことだけ。『魔力の扱い方』なんて教えた覚えはないぞ」

「……え?」


 魔術の世界で生きてきた魔使や茜とは違い、普通の日常を送ってきた人間は、体内を巡る魔力を

 そんな状態の吉岡悠馬が、魔術を使えるはずがない。


 魔術が使えたという事はつまり、魔力を事に他ならない。


 才ある存在だったのか、それとも――……。



「喜べ加茂茜。どうやら彼はなようだ」


 そう言って魔使は、ニヤリと笑みを浮かべた。

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