7. 大団円・猫愛でる人々

「可愛いね」

 子猫を抱き、目尻を下げる月見里に、犬飼は「でしょう」と言うと、ミルク瓶を振った。

 今日は犬飼が主宰する「保護猫カフェ」のプレオープンだ。

 ここは、飼い主のいない猫を保護し、猫カフェのキャストとしてお仕事をして貰いながら、新しい里親との出会いの場でもある。

 カフェの売り上げは猫たちの保育費や医療費として賄われるそうだ。

 しかし、とても経費が掛かるとのことで、犬飼もやり繰りに骨を折っているらしい。


「月見里先生、先日は凄く沢山の寄付を頂いて……。有難うございます」

 犬飼は深々と頭を下げる。

 月見里は眉尻を下げて手を振った。

「いえ、そんな。少しでもお役に立てれば……」

「本当に助かりました。おかげで優馬くんの夢を叶えることが出来ました。それに、彼の死の真実も……」

「良かったです」

 

 あの後、優馬は月見里が解剖し、暴行によって死亡したことが明らかになった。

 下着の血は、月見里の見立て通り、腹部に執拗に暴行を加えられたことで内臓が損傷し、尿と共に体外へ出てしまったためであった。

 それにより優馬の自殺は暴行による傷害致死事件として再捜査が行われている。

 巷では、人気フリーアナウンサー伊庭紳一郎の、賄賂による息子の裏口入学がニュースとなり、また、水面下では、伊庭紳一郎の妻、由美子の夫の死についても捜査がなされているとの事だ。

 それと、この一件と共に明らかになった現役警察官の恐喝も報道されている。

 勿論、有名監察医の不正も──。

 

「五姓田が下着を捨てなかったのは、やっぱりそれを使って次は葛城を恐喝するためだったんですね」

「それが自分の首を絞める結果になるとも知らずにね。五姓田が逮捕されたら色々と明らかになると思うよ」

「ねーこー!」

「あ、大樹! 無理に抱いちゃダメだよ」

「ほっとけ、引っかかれねぇと分かんねぇんだよ」

「いや、千里。猫の爪で出来た傷は痕が残ったりするぞ?」

「男なんだからいいだろ。アンタ大げさなんだよ」

 ほかに客がいないのをいいことに、高瀬と、その連れが騒いでいた。

 幼稚園ぐらいの子供と、2人の高校生……だろうか。随分と大人びて見える。

「高瀬さんのお友達ですか?」

「兄弟……いや、彼の家族だ」

「そうなんですね」

 犬飼は眩しそうに4人を見た。

「ところで」

 月見里は、犬飼に貰ったカフェのカードを見ると言った。

「このカフェの名前、『cheval doux』……。シュバル・ドゥーでいいのかな? これはどういう意味なの?」

「これですか? これはフランス語なんですが、シュバルは馬。ドゥーは、優しいという意味です」

「優しい、馬……」

「はい」

 そう言ってにこりと笑うと、犬飼はカウンターの写真立てを指さした。

 そこには桜舞う公園で、白い猫を抱いて微笑む優馬がいた。


──了。

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隠蔽(T大法医学教室シリーズ・ミステリー) 桜坂詠恋 @e_ousaka

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