第5話 DISC5(#8)

 <#8 吉田和人はせがまれる>


「もう大丈夫なのかね?」

「はい、しっかり眠れましたから」

 意識を回復したクリスは笑顔で、元気そうに、腰を回したり、肘を伸ばしたりしている。

「でも本当に不思議なアーマーですね。こんな格好なのに、少しも寒くなかったな……むしろ、ベッドの中にいるみたいにあったかかったですよ」


 うん、やっぱこれが三十過ぎのおっさんの体温とは、口が裂けても言えんな。


 クリスは魔物との戦いに使った剣を持つと、その持ち主だった冒険者の白骨遺体のところへ行き、

「ありがとうございました」

 と言って、剣をその傍らに置いた。そして、その場に跪いた。

「どうか……安らかにお眠り下さい……」

 両手を組み、目を閉じ、祈りを捧げる。

(本当にこの……人間じゃなくて、天使なんじゃないだろうか??)

 俺はそんな風に思わざるを得なかった。


 その後、俺たちは色々と世間話をしながら、洞窟の出口に向かって行った。

 次第に打ち解けていくと――最初に彼女を見た時の印象と違って、結構明るくて、そしておしゃべりも好きなだと分った。

 このあたりは――ここが異世界と言っても――どこにでもいる、このくらいの年頃の女の子(十七歳ということは教えてもらった)と変わらないみたいだな……


「そうか、妹さんの病気はそんなに大変なんじゃな……分った。そなたの望み通り妹さんの病気が治せるまで、わしが力を貸そう」

「え、いいんですか、使いさま?」

「うむ。言ったであろう? わしは、そなたのような者を救うために遣わされたのじゃ。わしと、そのアーマーと一緒に、この世界を冒険しようではないか。ひょっとしたら、どこかには、どんな病気でもたちどころに治せる霊薬みたいなものもあるかもしれん……あ、そうじゃ。もし、アーマーの力で回復魔法をかけたら、全快とまではいかずとも、妹さんの体調が良くなるかもしれんぞ?」

「あ……ありがとうございます!」

 クリスの顔が、喜びに輝いた。

「そのアーマーの力が欲しくなったらな、『変身!』でも『装着!』でも好きに叫ぶがよい。そなたがどこにいても、たちどころにアーマーとわしが現れ、そなたの手助けをするであろう」 

「はいっ! よ、よろしくお願いします!」

 彼女はどこにいるか分らない俺に向かってペコリと頭を下げた。

 うん、やっぱり可愛い。

「こちらこそよろしくな、クリスティア……いや、クリスよ」


 向かう先に、光が見えてきた。

「そろそろ出口ですね。じゃあ……変身を解いてください」

「へっ?」

「元の格好に、戻していただけますか?」

「……それはできん」

「えっ、えっ、どうしてですか?」

「だって……そなたの服は全部破いてしまったし……パンツも……ゴニョゴニョ」

 最後のは小声で付け加えた。

「じゃ、じゃあ……いま変身を解いたら……」

「すっぽんぽんになってしまうのだが」

「ひっ……ひどいじゃないですかっ!!」

「い、いやあ、すまんすまん。状況が状況だっただけにな……まあ、こううてはなんだが、これだけ宝物があるんじゃ。いくつか売れば、前よりずっといい服が買えるじゃろう」

「そういう問題じゃないです! それじゃあ、街に戻っても、しばらくこの姿でいなきゃいけないんでしょ!?」

「まあ……そうなるの」

「いやーっ!」

 クリスはその場にしゃがみ込んでしまった。

「そ、そんな嫌がることもなかろうて。堂々としていればよいではないか。いまのそなたは、誰もが思わず振り返って二度見、三度見してしまうほど、美しいのじゃぞ?」

「だからそれが嫌なんですっ! こ、こんな格好を、たくさんの人に見られちゃうなんて……はっ、はっ、恥ずかしすぎて、死んじゃいますっっ!!」

 駄々をこねる小さな女の子のように、首をぶるぶる振るクリス。 

 その顔は真っ赤で、涙目になっている。

「あーもう分った分った! 泣くな! ……多分、ここから出て、街に着くまでの間には民家が一軒や二軒はあるじゃろう。そこから上に羽織るものをチョロまかして……」

「え?」

「いっ、いや、お借りしようではないか。多分、コートの一枚くらいは持っているじゃろう、なっ」

「う゛~っ」

 不承不承と言った感じで立ち上がると、クリスはまた出口に向かって歩み始めたが……途中で「あ!」と声をあげた。

「今度はなんじゃ」

「も、もしかしてこれから先も、変身したら、着てるもの全部破かれて、すっぽんぽんになってしまうんですか?」

「……じゃな」

「じゃな、じゃないですよ! イヤです!! 何とかしてくださいよ、使いさまっ!!」

「あー……まあ、アーマーをつける前に脱いでいれば、破かずに済むのじゃがな」

 確かに、ポニテの女に突き飛ばされた時に脱げた帽子は無傷で、現在は収納魔法で別な空間に送っている。

「それじゃあ何がどう転んでもすっぽんぽんじゃないですかあっ!!」

「うー……あ、そうじゃ、ずっとわ……いや、アーマーを、あらかじめ下に着ておくというのはどうだろう」 

「ダメですよ。なんだかんだ言ってもこれ金属ですもの……やっぱりゴツゴツしてるし」

 彼女は言ったが、実は途中で、自分もこれは撤回したい気持ちになっていた。

(そうは言ったものの……四六時中彼女と一緒じゃ、間違いなくこっちの身がもたねえよ……いろんな意味で……)

 ちょっとむくれた感じで、クリスは歩きながら言い続けた。

「そのフレイア様という女神の方だったら、何かいい方法、ご存知なんじゃないですかっ」

「う、うむ……」

 そんなこと言われてもなあ、あれ、口からでまかせだし。

「だいたいこのアーマー、なんでこんなデザインなんですかっ」

「しっ、知らんよ! 女神さまに聞いてくれっ!」


 洞窟の出口が近づいてくる。

 そこから見えるようになってきた空は、少し、赤く染まり始めていた――


  ◇◇◇


 この王国で、とある美少女剣士の噂で持ちきりになるのは、この後すぐのことである。

 人々が魔物に襲われ、苦しめられている時――どこからともなく、風のように彼女は現れる。

 カチューシャをつけた銀色の美しい髪、宝石のような澄んだ瞳、そして傷ひとつない真っ白な肌と、大柄で豊満な身体を、なぜだかキワドい格好のビキニアーマーで「魅せて」くれているスーパー美少女。

 腰の黒い魔剣を振るい、どんな魔物も退治する。

 そしてその後は恥ずかしそうな表情を見せて――礼を言う人々に応えるのもそこそこに、急いでどこかに飛び去っていく、絶対無敵の美少女剣士。


 人か、妖精エルフか、はたまた天使か。


「彼女の正体を突き止めろ!」

 世間は色めきたつ。

 冒険者たちは、彼女を己のパーティーに加えようと動き出す――

 純愛、不純を問わずして、彼女を我が物にするのだと、王侯・貴族も動き出す――

 そして、我こそは世界一と自負する女武芸者たちも、一度手合わせしたいと動き始める――


 噂はやがて、伝説になっていく。

 これはその伝説の、ほんの最初の、一ページ目。

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クリスティアと伝説のビキニアーマー・吉田 ~カクヨム限定版~ 桃島つくも @101099

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