第4話 DISC4(#7)

 <#7 決着、そして――>


 クリスに向かってきた魔物は、ガオッと吠え、途中で急に体を回転させた。

 長く強靱な尾が、ガラガラと軌道上にある紫石英の結晶をなぎ倒しながら、彼女を襲う!

 はわわ、といった顔になるクリス――本能が命じたのか、それを躱そうと、えいっとジャンプ!

「!!」

 クリスの体が高々と舞い上がる。

 彼女は遙か上空の、洞窟の壁から突き出た岩オーバーハングに着地した。

「え、ええっ!? こんなに、高く……」

「ふふ、アーマーを纏いし者の身体能力も極限まで強化されるからな。それにしても、わしの見込み通りじゃ。そなた、なかなかのもんじゃぞ!」

「グオオッ!」

 魔物は怒った熊のように二本足で立ち上がる。

 巨大なヒレに光が灯り、開けた大口の中が金色に輝く。

 魔物が光弾ブレスを発射した。

「たあっ!」

 クリスは対面の、高い紫石英の結晶の柱に向かって飛び、逃げる。

 魔物は光弾ブレスを連発する。クリスは右へ左へ、洞窟の壁や紫石英の結晶の柱、或いは崩れて落下する大きな岩を足場に飛び交い、躱していく。

 ドンドンと爆発音が響き、砕けた紫石英の結晶がキラキラ輝きながら舞い散る中で――高まった身体能力に慣れてきたのか、クリスの身のこなしは、鳥のように華麗になっていく、が……

「ガオウッ!」

 ちょうど地上に降りていたクリスを目がけ、魔物は、咆哮とともに何発目かの光弾ブレスを放った。

「!!」

 これは、躱せなかった。

「きゃあああ!!」

 クリスが魂消るような悲鳴を上げる。

 轟音と、閃光――

 魔物の顔には、勝ち誇ったような笑みが浮かんだように見えた。

 しかし、靄が晴れていくと……クリスは我が身を守ろうとした姿勢のままで、立っている。

 全くの、無傷。

「え、え、えっ、何とも……ない……!?」

「ふふふ、このアーマーは絶対防御じゃ……舐めるでないぞトカゲ風情ふぜいが!」

 クリスだけではなく、魔物の顔にも、さすがに驚きの色が浮かんだようだった。

「クリスティア! もはや敵は恐るるに足らん! ゆけっ!!」

「は……はいっ!!」

 クリス、魔物に向かって猛然と駆けていく。

 魔物は今度こそと言わんばかりに光弾ブレスを連発し迎撃する。

「はああっ!」

 気合いとともに彼女は剣を振るい、次から次に、向かってくる光弾ブレスを斬っていく。

 斬られた光弾ブレスは、小さな光の欠片と化して消滅していく。

 こうしてクリスは、一歩も立ち止まることなく、相手との距離を詰めていく。

 俺は驚いた。

(もしかしてこの……天才なんじゃないか?)

「やあっ!!」

 彼女はハイジャンプして、立ち上がっている魔物の頭部の、すぐ斜め上の位置に至った。

 剣を逆手に持ち替え、両手を添えると、臍を頂点にして、体を大きく「C」の字に仰け反らせた。

「邪魔しないで! あたしはシェリルのところへ、帰るんだからー!!」

 クリスの思いが、伝わってくる。 

 なぜだか俺にも、ベッドから半身を起こし、「おかえりっ、おねえちゃん」と言って微笑む美少女――シェリルの姿が、見えた気がした。

 俺は、クリスと一体となって、魔物の眉間に深々と剣を突き刺した――


 紫石英の洞アメシスト・ケイブの中心部――

 至るところに破壊の跡があり、激闘を物語っている。

「はあっ、はあっ、はあ……」

 息づかいも荒く、剣を持ったままの手をだらんと垂らして、クリスは佇んでいる。

 その白い肌は玉のような汗に覆われているが、小傷の一つもついてはいない。

 そして彼女の前には、大きな宝石やら、装飾品やらの、宝物が大量に転がっている。

「ほう、大量じゃの」

 ポニテの女が言った通りだった。

 眉間に剣を突き刺され、死んだ魔物の巨体は、紙が燃える時のように灰となって消滅し、跡には大量の――しかも高価そうな――ドロップアイテムが残された。

「そんだけあれば、しばらく暮らしに困ることはなかろう」

「こんなのもあるんですね……」

 クリスは散らばる宝物の中にある、一本の剣に目を留めたようだった。

 まるで黒曜石の塊から削り出したような、黒くて長い刀身を持った両刃の大剣が、真っ直ぐ地面に突き刺さり、輝いている。

「ふうむ、その剣、結構な業物のようじゃな……もしかしたら、魔剣というヤツかもしれん。よし、そいつはこれからそなたが使うがよい。名前はそう……『ディメトロドンの剣』、じゃな」

「何ですか、それ? この魔物の名前ですか?」

「まあ、そうじゃの」

「でも……こんなに沢山の宝物、とても持って帰れそうにないですね」

「案ずるには及ばん。わ……いや、そのアーマーには、こんな能力もあるぞ」

 シュン! と音を立てて、宝物の山が一瞬のうちに消え、クリスは「ええっ!?」と驚いた顔になった。

「収納魔法で別な空間に送った。洞窟の外に出たら、また出してやろう」 

「はあ、よく分らないですけど……便利な……ものです……ね……」

 ふらり。

 急なことだった。クリスがよろめいて、その後、地面の上に両膝をついた。

「お、おい、どうした? 何があった!?」

「は、はい……な、何だか急に……すごく、疲れが……」

 魔物の脅威が去り、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか――

 疲労の限界に達したのは無理も無いと思った。素人がいきなり、あんな激しい戦いをしたのだから。

「少し、眠るがよい」

「で、でも……早くここを出ないと、また……魔物が……」

「なぁに、並の魔物程度が来たんだったら、わしが追っ払ってやるわい。安心して休め」

「分かり、ました……」

 クリスは剣を杖にして立ち上がると、よろよろと少し歩き、やっとと言う感じで大きな紫石英の結晶の柱に至ると、その一面に背中をもたれる感じで、ずるずると座り込んだ。

「シェリル、ごめん……今日、帰り……遅く……なっちゃ……う……」

 声が消えていくにつれ、クリスの体から力が抜け、手にした剣がコトリと地に落ちた。

 大きな瞳が閉じ、その首がカクンと右に傾いた。

 彼女は眠りについた。いや、気を失ったのか――


(お疲れさま……クリスはほんっとすごいなあ……よーく、頑張ったよ……)

 俺はクリスに語りかける。

(あ、このままじゃ、風邪ひいちゃうかな?)

 魔法を使って、彼女の全身を覆っていた汗を、一瞬のうちにシュウと蒸発させた。

 あらためて、クリスの寝顔を見る。

 閉じた瞳にかかった長い睫毛、綺麗な形の鼻、少しだけ開いた唇――

 一体どこの美の女神がこれを造ったのだと言いたくなるほど、たまらなく、可愛い。

 ついつい、魔法で遮断している感覚を復活させ、彼女の体に触れたい欲望が鎌首をもたげるが――

(ダ……ダメだダメだ! こんな白雪のような無垢な、俺なんかがけがしちゃダメなんだっ!)

 と、葛藤していた時に……

「ギイッ」

「ギイッ」

 洞窟の奥の暗い空間から、複数の声が聞こえてきた。

 俺にもだんだんと姿が見えてきたそれは――片手に棍棒を携えた緑色の小鬼、ゴブリンだ。

 数は十匹ほど。まあ、これだけ大音響立てて戦ったのでは、何が起こったのかと様子を見に来るヤツがいても当然なんだが……

「ギイッ?」

 ゴブリンの群れ、気を失っているクリスを見つけたらしい。

「ギギ……」

「ギギイ~」

 こいつら、互いに顔を見合わせて、何やら好色そうな笑いをし始めた。

(おいおい、まさか……)

 次の瞬間、ゴブリンたちは棍棒を投げ捨て、「ギギイ!」と鳴きながら、我先にとばかり駆け寄ってきた。

(てめえらっ!!)

 もうこいつらの意図を疑う余地はない。

「……近づくんじゃねえっ!!」

 怒りとともに、魔力を全開にする。

 ギィン! と「自分」から一瞬眩い光が放たれたのが分った。

「ギギギギイッ!!」

 クリスの服を消し飛ばしたのと同じ魔法だが、威力はその数倍だった。

 彼女に群がってきたゴブリンたちは、光に包まれると、巻き添いになった周囲の紫石英の結晶とともに、瞬時に跡形もなく塵となって消滅した。

 辺りには、また静寂が戻る。

「ううん……」

 クリスがちょっと声をあげた。

(しまった、起こしちゃったか?)

 俺は不安になったが――彼女はまだ、眠ったままだった。

 小さな寝息が、聞こえてくる。

(よかったあ……)


 俺は、自分の気持ちをはっきりと自覚した。

(このを護るんだ……世界中の、どんなよごれたものからも)

 まあ、そのよごれたものの中には、自分自身も含まれているから、偉そうなことは言えないんだけどな、ははは。でも――

(きっと、このために俺はこの世界に転生してきたんだ……!)


  ◇◇◇


 これが、「伝説のアーマー」が誕生した瞬間であった。

 キワドい格好の、ビキニアーマーではあったのだが――

 

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