第2部 第1話 君に

「良かったぁ!」

 凸守でこもりが目を覚ました時、まず最初に見たのは、今にも泣き出しそうな小鳥の顔だった。

 ベッドの横にしがみつくようにしているのだった。

「死んじゃったのかと思いましたよぉ〜」

 どうやらここは病院のベッドの上らしい。

 真っ白なシーツを体にかけられていて、腕には点滴の針が刺さり、口には酸素マスクが被せられていた。

 近くには心電図だろうか、規則正しい電子音を鳴らしている。

「なんだ、生きてたのか。残念だな」

 声がした方を見ると、ドアの近くの壁にもたれかかった栗花落つゆりがいた。

 憮然とした表情を浮かべ憎まれ口を叩いてはいるが、例の前髪を直す仕草をしているところを見る限り、凸守でこもりが目を覚ますまでの間は、さぞかし心中穏やかではなかったと見える。

 なんだかんだで心配してくれていたというわけだ。

「トツさんって、意外とタフだったんですね」

 こちらの声にも聞き覚えがあった。

 凸守でこもりは酸素マスクを外し、目線を上に上げる。寝ているので、正確には「おでこの方へ引き上げた」といったところか。

 ベッドのフレームに腕を乗せて覗き込むようにしているのは、法華津ほけつだ。

「てっきりアル中だと思ってたのに、しぶといんですね」

 凸守でこもりは口を開こうとするが、喉がへばりついたような感じがして、うまく声が出せなかった。

「私、お水もらって来ますね!」

 そう言って小鳥は小走りに出て行ってしむう。

 それを見送ると、咳払いを一つ。

「まあな。そっちこそ元気そうじゃないか」

 なんとか声が出たのでホッとした。法華津ほけつはニッと歯を見せて笑うと、

「それはもう」

 と、力こぶを作って見せるのだった。

 顔には火傷の跡が見えるものの、この様子だと心配ないようだ。

「まったくお前って奴は」

 栗花落つゆりが近づいて来ると、凸守でこもりを見下ろす。

「わたしたちへの攻撃を防ぐのにかまけて、自分の回避を怠るなんてな。間抜けもいいところだ」

「面目ないです」

「でも、闇属性ってさすがですよね」

 法華津ほけつは感心したようにうなずくのだった。

「精神的ダメージも少しずつ闇に取り込んじゃうんですもんね。もはやなんでもアリって感じですね」

「そんないいもんじゃないさ」

 凸守でこもりは体を起こす。

「俺は何日くらいで寝たんですか」

「2週間だ」

「そんなに⁉︎」

 自分の腕を見る。点滴の針が刺さった腕は心なしか細くなっている気がした。

(それだけようが目の前で頭を吹っ飛ばしたことが精神的に堪えたということか)

「義兄さん。あれから『八咫烏ヤタガラス』の動きどうですか?」

「不気味なくらい大人しいな」

 栗花落つゆりは腕を組んだ。

「何かを企んでいると考えるのが自然だろうな。何せ奴らはこの国からを恨んでいるんだから、このまま大人しくしているとは思えない」

「ですね。それから『伊藤』の方は?」

「そっちはトツの復帰待ちだ」

「ということは、『八咫烏ヤタガラス』は『伊藤』を奪還しなかったということですか」

「正確には『奪還しても意味がない』と思ったんだろうな」

「どういうことですか?」

 と、聞いたのは法華津ほけつだ。「ズズッ」と音がしたなと

思っていたら、売店で買って来たであろう紙パックのジュースを飲み干したところだった。ストローでの最後のひと吸いだったというわけだ。

「『伊藤』はトツの記憶を消されてる。正確にはトツから『伝達』された小鳥はさにだがな」

 いつの間にか呼び方が「小鳥」になっている。凸守でこもりがなっている間に和解できたらしい。

 喜ばしいことだ。

 栗花落つゆりは続ける。

「トツはダブル闇属性を使って記憶を消している。だから戻すにもやはり闇属性が同時に扱える者でないとダメなんだ」

「ただでさえ希少な闇属性をメインとサブに持ってる人かぁ。そりゃ難しいですね」

 法華津ほけつはそう言ってあんぱんにかじりつく。完全に復活していると言って差し支えなさそうだ。

「動くことさえままならない者を、仲間として置いておいても邪魔になるだけだからな」

「奴らから奪った『天照アマテラス』と『伊奘冉イザナミの方は?」

「大丈夫だ。あの『玉依姫タマヨリヒメ』はどうやら小比類巻こひるいまき博士でないと破壊できないらしい」

「そうですか……」

 凸守でこもりは少し声を落とす。

「その博士の様子はどうですか」

 美兎もまた「別天津神ことあまつかみ計画」によって生み出され、しかも「神威カムイ属性』を持っていたということは、心身ともに過酷な状況に追い込まれていた可能性が高い。そのことで何かしらの障害が出ているのではと心配していたのだった。

「今のところ、問題ないようだ。小鳥のおかげでな」

「小鳥の⁉︎」

「そうなんですよ」

 3つ目のパンに取りかかっている法華津ほけつが後を引き継いだ。

「彼女、めっちゃいい子ですよね。博士は普段、クールなのに、小鳥と話してる時はよく笑ってるんですよ」

 噂をしていると、病室のドアが開き小鳥が水差しを持って戻って来たところだった。

 ずいぶん時間がかかったな、と思っていたら、その理由がわかった。

「お待たせしました! 看護師さんたち忙しいみたいで、なかなかお水をもらえなかったんですよ」

 目が真っ赤になっていた。

 どこかで泣いていたのだろう。

(心配してくれる人がいるなんて、ありがたいことだ)

 ついこの間までは、いつ死んでもいいなんて思っていた凸守でこもりにとっては、劇的な心境の変化だ。

 妻が亡くなってから初めて、心穏やかに過ごせた日だった。

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ある探偵の懺悔 〜君の遺書に返事を書いた〜 らるむ @Rooha

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