aftersun/アフターサン
後輩、映画って普段何で観る? 映画館か、配信か。
いや、最近会った映画好きがネトフリかアマプラでしか観ないらしくて「ミニシアターとか行くのはガチ勢だけだろ」って言われちゃったんだよね。
先輩は一度観た映画のリバイバル上映とか、ディスク化されなさそうな短編の映画祭とかも行っちゃうんだよ。言わなくてよかったなと思ってさ。
こういう話できるの後輩だけだよ。
今週六月二十二日土曜日にTAMA映画フォーラムって映画祭が会って、好きな映画の特別上映やる上に、ポスターデザインしたひとのトークショーまであるんだよ。
いや、無理には誘わないけど。先輩も行けたら行きたいなってくらいだし。
その映画がね、『aftersun/アフターサン』。
これ本当にいいんだよ。これから夏だしぴったり。ちょっと切ない系なんだけど。
アメリカの映画でね、十一歳の女の子が離婚して出て行った父親と最後に過ごしたトルコでのバカンスの話なんだよ。その映像をお父さんと同い年の三十歳になった娘が再生して観るって流れなんだ。
ちょっと珍しい撮り方っていうか、容量の少ないビデオカメラで撮った映像だからすごく断片的なんだよね。
しかも、バカンスなのに観光地に行ったとか美味しいもの食べたとかメインイベントはほとんど映らないんだよ。
お父さんが宿の予約を間違えてベッドがひとつしかないとか、食事の最中にチップを強請られそうだから逃げようとか、どうでもいい場面ばっかりなんだ。
でも、子どもの頃の旅行の記憶って案外そんなもんじゃない?
バスの添乗員のお姉さんの言い間違いをずっとネタにしてたり、談話スペースで酒飲んでる親の隣でご当地の訳のわかんないサイダー飲んだりさ。
体験教室みたいなイベントで作ったお土産はどっか行っちゃったけど、旅館の隅のやる気のないゲーセンのUFOキャッチャーで取った汚いフェルトのマスコットはずっと机の隅にあった、みたいな。
別にそんなことないか。
この映画ってストーリーがしっかり生まれる前にどんどん場面が切り替わるから、観てる方が勝手に自分で補完して、自分の思い出に繋げちゃうんだよね。忘れてた記憶をぎゅっと絞り出されるっていうか。
ちょっと手法がツァイ・ミンリャンとかビー・ガンみたいなアジア映画っぽいなって思った。これ伝わらないな。
親子役のふたりがすごい演技上手いんだけど十一歳歳という設定もちょうどいいんだよね。
小学生とはいえちっちゃい子に混じって遊ぶのはもう嫌じゃん。
でも、彼氏彼女を連れた中学生は別の次元で生きてるひとたちみたいに遠く見えるし、そっちに行くと子ども扱いされる。
同い年くらいのこと恋でもした方がいいのかなとか微妙に焦ったりしたことない? ないか。後輩モテそうだもんな。
タイトルにもなっているアフターサンクリーム、日焼け止めじゃなく日焼けした後に塗るやつね、の使い方もいいんだよ。
最初はお父さんに塗ってもらってたけど、カップルがやらしい感じで塗り合ってるのを見てからは独りでやろうとしたり、でも、結局背中はお父さんに塗ってもらったり。
微妙な孤独感とか疎外感の演出が上手いんだよね。
この映画ってぱっと見明るいけど結構哀しい話なんだよ。ちょっと病んでるときなら引っ張られそうなくらい。
最後のバカンスって言ったじゃん?
たぶんだけど、この後もうお父さんいなくなっちゃってるんじゃないかなって。ところどころで仄めかされるんだ。
お父さんは明るくて面白くて娘を楽しませようと頑張ってくれるんだけど、独りだとちょっと危うい感じがするんだよね。
敢えて轢かれそうな車道を歩いたり、暗い海に向かったり、部屋で泣いてたり。
ビデオにはそんなところ映ってないはずだから、娘が想像で補完してるんだと思う。
このビデオを観てる理由も「今ならあの頃の父の抱えていたものに気づけるかな」ってことじゃないかな。
それで、たまに今の娘の場面とか、暗いダンスフロアにいるお父さんの抽象的な映像が入ったりして、ビデオと違って時間は巻き戻らないよって突きつけてくる感じがするんだ。
夏休みってそんな感じだよね。楽しくてもつい宿題のこと考えたり、終わりまでの日にちを数えちゃうような。
あと、いい映画って音楽の使い方も上手いんだけど、これも昔のシティポップが流れるのがすごくいいんだ。
女の子がカラオケで歌う失恋の曲がいなくなっちゃったお父さんに向けてのメッセージっぽく使われてたり。
あとね、Under Pressureって知ってる? クイーンとデヴィット・ボウイってすごいコラボの曲なんだ。先輩でも知ってるような大御所だよ。
大御所のコラボだからさ、せっかく曲作ったのに予定合わなくてPV撮影できなかったんだって。
だから、PVにはクイーンもボウイも映らなくて、ホラー映画の怪物からキスシーンまでいろんな映画の切り抜きが使われてるんだよ。
この映画の作り方と似てて、観終わった後聴くと、あーそういうことかってなるよ。
でも、たぶんこれ刺さるひとには刺さるし、刺さらないひとには全然刺さらない作品なんだよな。
好きな映画として初対面のひとには言いたくないんだよ。共感しなくてもわかってくれるひとには教えたい類のやつ。
後輩には……、それ言うのは今更だろ。
先輩と一緒に多摩行く? 何線に乗れば着くかもわからないけど。
映画の話をしに来る蔵戸真夜先輩 木古おうみ @kipplemaker
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