映画の話をしに来る蔵戸真夜先輩

木古おうみ

みなに幸あれ(R15)

 映画観る前に聴いておきたいんだけどさ、後輩は「フィクションで人間が死ぬのはいいけど犬猫は駄目」ってひと?

 そこ確認しておかないと事故るからさ。そうじゃないならいいんだけど。


 先輩はちょっとそういうタイプの映画好きは苦手なんだな。

 だってさあ、罪がない存在が死ぬのは駄目って言っても、パニック映画の死人って善良な市民もいる訳だし。何より、犬猫が死ぬのは映画でも嫌って言ったって、映画館の帰りに牛や豚は食ってる訳じゃん。興味関心の問題だよな。

 まあ、今日観る映画はそういう話。



『みなに幸あれ』。

 先輩は劇場で観たけど、配信始まったから一緒に観よう。ネタバレしないし同じ映画は何度見ても楽しいから平気。

 今更だけどがっつりホラーだから。でも、邦画のホラーのイメージとはだいぶ違うんじゃないかな。

 一言で言うと因習村だけど、因習が世界全体規模だったら田舎怖いで終わらないよねって話。



 これは優しい看護学生の女子が久しぶりに田舎の祖父母宅に帰省して、昔いい感じだったひととかと交流しつつ過ごすんだけど、徐々に何かおかしなものが隠されてるってわかっていくホラーでね。

 もう生理的嫌悪を感じるものとか、敢えて人体が滑稽に見える動きとかたくさん配置してる、褒め言葉として厭な映画なんだよ。

 でも、断面図が映るようなグロはないからミッドサマーがいけるなら全然いけるかな。比較対象おかしいか。


 この映画のテーマが「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」なんだけど、舞台演劇っぽく直接的な台詞やわかりやすいメタファーが多いんだよね。

 優しかった若者が幸せになった途端前は助けた老人に見向きもしなくなったり、若者が死にかけてるとき、老人が生の営みしてる高齢社会の暗喩とか。

 登場人物に名前が一切ないのも「これはあなたのことでもある物語ですよ」っていうのがわかりやすいし。


 露悪的で地獄な映画というより、逆にテーマに関して優等生だから、ホラー好きの中ではそこで評価が分かれるかもしれないな。


 でもね、ちゃんと田舎だけじゃなく世界全体に因習があって、何も知らずに生きてた人生もいろんな犠牲の上に成り立ってるんだよって細かく追い詰めていく感じがすごくいいんだよね。

 理想と正義でこんなこと駄目って言っても、とっくに恩恵受けてるし、それを否定するんじゃ自分も大事なひとも不幸になるけど大丈夫?って。


 後輩はアーシュラ=K・ル・グィンって作家のオメラスから歩み去る人々ってSF小説知ってるかな。

 MOZUってドラマでも出てきたんだけど。登場するたびに様子がおかしくなる長谷川博己が引用するんだよ。


 簡単に説明すると、オメラスっていう気候も住民も最高な街があるんだけど、そこの地下牢ではひとりの子どもがひどい環境で監禁されてて、その子が不幸である限り街の平和が守られてるって話。


 オメラスで生まれた子は一定の年齢になると、真実を教えられて、だいたい憤慨するんだ。

 でも、街を破壊して大事なひとたちを死なせる訳にはいかないし、地下牢の子も精神的におかしくなっちゃってるから今更解放したところでどうにもならないよねって諦めていくの。

 そう思えない何人かが無言でオメラスから出て行くって短編なんだけど、似てるよね。

 違うのが村単位じゃなく全世界なら逃げ場なんてないってところ。



 この映画でも因習に反発して虐められてた中学生が、ある日受け入れたら周りからも認められて幸せに暮らし始めましたってくだりがあってさ。

 でも、虐められてるときに助けてくれた主人公が苦しんでいるのを見た中学生が、自分が犠牲になってもいいですよってぽろっと溢すんだ。

 最悪な世界観だけど、捨てきれない善良さとか、それでどうにもならない虚しさとかの描き方は上手いよ。



 あと、細かいところだけど、よく主人公が「大丈夫?」って言うんだよね。

 それも明らかに大丈夫じゃないだろってところで。聞かれた側も明らかに大丈夫じゃないのに「大丈夫」と返すんだよ。

 それって子どもが大人の問題に首突っ込んで、問題解決できなくても大丈夫だと思い込みたいって感じでさ。優しくて頑張り屋の主人公って描き方もできたのに、そうしない突き放したところが面白かったな。


 結局、映画で犬猫が死ぬのは嫌だけど、家畜も同じ扱いしてたら生きていけないし、どっかで割り切って生きていくしかないんだよね。

 でも、犠牲があるってわかっちゃった上では前みたいに無邪気に生きられるのかよっていう。



 何か暗い話になっちゃったな。

 これと同じことやってるけど少し希望持って終わる鬼太郎誕生:ゲゲゲの謎とかと一緒に観るといい感じで中和されるから。

 されない? そうか。いや、もう一本映画に付き合わせたいだけなんだけど。



 まあいいや。また来週も何か観ようぜ。

 次はもう少し明るい話探しておくからさ。

 先輩は周りに映画の話出来る奴全然いないんだよ。社会福祉の一環だと思ってさ。

 よろしくな。

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