トドメ カラシくらいがちょうどいい

 あれから三年が経った。俺たちは相変わらず流れ者のように、あちこちの土地を転々としながら自由に生きている。けれど、ひとつだけ大きく変わったことがある。それは、かつてのように追われているという事実がなくなったことだ。


 あの件以来、二子の親戚関係者から一本の連絡が届いた。あの爺さんはまだしぶとく生きているらしい。多少の情けをかけられたのか、それとも何か裏があるのかは分からないが、俺たちが犯した過ち――人に銃を向けた事実――は、どうやら表沙汰にはならないまま、闇に葬られたようだ。だが、そのことが俺たちの罪を消すわけではない。俺たちは、追われることこそなくなったものの、罪の重みだけは変わらず心に残り続けている。


 そんなわけで、俺たちは最初に決めた通り、誰にも自分たちの過去を知られない場所で静かに生きていくことにした。今では日本の小さな離島に落ち着き、島民と馴染みながら暮らしている。この島の人たちは新しい人を温かく受け入れてくれるが、どうやら二子の美貌が一役買っているらしい。彼女が島に来たときの盛り上がりようといったら、それはもう賑やかだった。俺も新入りとして迎えられたが、どうやら期待されているのは俺自身というより、もっぱら労働力の部分らしい。それでもいい。どこにいても自分の手を動かし、役に立つのは悪くないからな。


 ま、どうやら二子の彼氏であることは不服なんだろう。若い娘が来たのに男付きなら仕方あるまい。


 日々、島のあちこちで肉体労働に明け暮れる俺を見て、二子が少し笑ったのを思い出す。彼女も家事をこなしているのだが、実は、今まで自分が何もできないふりをして、俺にすべてを任せていただけらしいことが、最近発覚したのだ。あの自由奔放でわがままな二子が、今では当たり前のように料理を作り、洗濯をし、家を整えてくれている。こんな姿を見られる日が来るとは夢にも思わなかった。


 今日は、そんな平和な日々の中でも特に特別な休日だった。二人で砂浜に来て、海の音を聴きながら波打ち際を歩いていると、二子がぽつりと話しかけてきた。


「夏人」

「ん?」

「……ありがとね」


 突然の感謝に、少し戸惑った。いったい何に対しての感謝なのか、俺には見当がつかなかった。でも、二子がこんな風に素直にお礼を言うときは、決まって過去の出来事や、俺たちの人生に関係している時だ。


「お前を幸せにするのは、俺の一番大事な仕事だからな」


 冗談めかしてそう言うと、彼女は少し微笑んでから、真剣な瞳で俺を見つめ返してきた。


「……当然でしょ? 幸せにしてくれるって信じてるから……貴方と二人で生きているのよ」


 その一言に、俺の胸がじんと熱くなった。俺も自然と笑顔になり、彼女の手を取りながら言葉を続ける。


「二子、俺と結婚してくれ」


 二子は少し驚いたような顔を見せたが、次の瞬間、そっと俺の唇に触れる柔らかい感触があった。それは彼女の唇だった。思わず息を呑む俺を見て、彼女は照れたように真っ赤になって、少し目を逸らしている。


「幸せに……してくれるんでしょ?」


 彼女の不安げな視線に、俺は言葉の代わりに力強く頷き、彼女をしっかりと抱きしめた。二子は俺の胸に顔を埋め、安心したように目を閉じている。


「幸せにするよ……絶対に」

「なら…………好きにすればいいわ」


 ふたりでただ静かに寄り添い、波の音に包まれながら時を過ごす。この離島での穏やかな暮らしは、かつての嵐のような生活と比べると、夢のように穏やかだ。


 陽が少しずつ沈み始めると、俺は彼女の手を引いて、そろそろ家路につくことにした。彼女との出会い、そして爺さんに銃を向けることとなったあの衝撃の日々は、今でも胸の奥で小さな火として残っているが、今は穏やかに生きることができている。砂浜の風景が夕陽に染まる中、二子は少し微笑みながら言った。


「でも……結婚ね……今とあまり変わらないんじゃないかしら?」


 確かに、俺たちはずっと同じ家で暮らしていて、普段から夫婦のように過ごしている。結婚という形にこだわらずとも、今のこの関係は完成されているのかもしれない。


「あんまり変わらないかもな」


 けれど、俺の隣に彼女がいてくれるなら、納豆にカラシが添えられるような少しの刺激と安心を感じられるだろう。カラシニコフしげきは要らない。俺たちにとって、それくらいがちょうどいいのかもしれない。






・あとがき

 初めまして「なとな」です。あとがきはどこに書けばと思いここに軽く書かせて頂きます。まずは最後まで読んでいただきあありがとうございました。私にとって「水戸夏人」を一言でいえば、「良くも悪くもその辺にいる高校生」です。

 それを意識して書いたので特別な能力もなく、だからと言っても行動をしない訳でもない。やりたいことははっきりしていても、それを成す力はない。または体力や行動力があり待っているのに、やるべきことの為にやることがぼんやりとしていて形が出来上がっていない。

 でも高校生になった自分は何か出来るのではないかとつい考えてしまう。大人であって大人でない。子供であって子供でない人間を意識しました。

 自分は出来ると思い込んで意気込んでも、結局大したことはできやしない少年が、身の丈以上の物を手に入れる事にあがいてもがいて覚悟はしても結局…………

 彼にとってラストは彼の思い描いた結末と言えたかはご想像にお任せします。

 ただ一つだけ、今もきっと夏人の隣に二子はいます。

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納豆にカラシニコフ なとな @na_and_na

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