35発目 納豆にカラシニコフ
俺と二子はテーブルを挟んで、ソファに座った老人と向かい合うように立つ。老人はゆっくりと顔をあげ…………俺の事を睨んできた。
「久しいな……二子」
その声は低く、迫力があった。思わずたじろいでしまうほどだ。だがここで引くわけにはいかない。それにしても日本語上手いな…………いや、俺に配慮してくれたのか?
「久しぶりですお爺様」
二子も負けじと老人を睨み返す。すると老人は小さく笑った後、俺の方を見る。
「それで……この小僧はなんだ?」
「見てわからない? 私の大事な人よ」
堂々とそう言われるとなんだか照れるな。照れている場合じゃないのは確かなんだけど。
「ふむ……ならどうしてここに来た」
老人は少し考えるそぶりを見せた後、再び俺の方を見る。俺は意を決して口を開いた。
「……二子を解放して下さい!」
「…………はて? ワシは貴様が来た理由を聞いている。…………二子を解放? それをいうのに貴様は必要か?」
「俺は、確かに一般人だ。でも……大事な人を守るくらいの力はあるつもりです」
そう言うと老人は少し驚いた表情をし、そして笑みを浮かべる。
「大事な人を守れるというなら…………ここに来る必要はなかろう…………お前は…………なんでもできると勘違いしているただの子供だ。少し鍛えただけで大人にも勝てると思い上がり、浅い人生経験で大人にも思いつかない事をできると勘違いする……ただの子供だ」
「っ……」
俺は何も言えなかった。確かにそうだ、俺の力はたかが知れている。でも……それでも二子を助けたいという気持ちだけは本物なんだ!
「お前は今この状況さえも…………自分の思い通りに事が進むと思っている。違うか?」
「そんな……こと……」
否定できない。確かに俺は今の状況をなんとかできると思っている。だけどそれはただ俺の妄想と言われればそれまでだ。俺は俺たちは…………子供で人生経験も浅く…………それでいて自分は何でもできると思い込んでいる。
いつもいい決断をしたと思い込んで。最高だと思った行動をして…………それが失敗に終わり…………何もかも間違える。…………それは俺が子供だからだ。高校二年生は…………大人と同じ身体をしている…………子供だ。だけど…………俺が子供なら…………大人ってのは…………大人ってのは…………
「大人は人生経験が豊富だ。だから無謀な事をしない。俺がやっているのは無謀だって言いたいんだろ?」
「わかっているのに…………何故諦めない…………何故だ?」
「何故ってそりゃあ…………俺が粘り強いからだよ!!!」
事前に渡されたケースからアサルトライフルを取り出して構える。使い方は教えて貰った…………撃ったことはないし、人を撃つ覚悟もない。…………でも戦う意思はある。足は震える。手汗はにじむ。視界が揺らぐ。それでも……
「俺は二子を守るって決めたんだ! 失いたくないんだ! だからお前なんかに屈するわけにはいかないんだよ!」
「……そうか、ならば仕方ない。握った銃をすぐに撃てば、運が良ければワシ一人殺せただろう。ここにさえこなければ…………もっと二子と一緒に生活できただろう…………二子にさえ会わなければ…………普通の学生でいられただろう…………だが貴様はそれをしなかった。いや、できなかったのだ!」
「ぐはっ!?」
老人が腕を振ると俺に向かって何かが飛んできた。それは俺の腹に当たるとそのまま俺を吹き飛ばした。
「ぐっ……な……何が……」
俺は痛みに耐えながらもなんとか立ち上がる。銃弾…………じゃない。ゴム弾って奴か? いや、痛すぎだろ。でも殺さないんだな…………殺す気がないって言うなら…………俺の方が上だ。俺は再びアサルトライフルを構える。
構える…………構える…………あとは…………引き金…………引き金…………撃て! 撃て! 撃て! ………………………………………………。
「う……あっ……」
撃てない……引き金が引けない。人を殺すかもしれないと考えると身体が震えてしまう。俺は情けなく銃口を下げた。老人はため息をつくと俺を見る。
「貴様は…………普通の童だ。出来ないことをするものじゃない…………今、お前を殺さなかったのは…………殺す気がないからじゃない…………殺す価値がないとは思うが、価値で殺すわけでもない。…………殺さなかったのは…………より絶望させる為だ」
そう言うと黒服たちが人が一人はいりそうな麻袋を二つ持ってやってきた。中でそれは暴れている。誰だ? 誰が入っているんだ?
そして袋からコンクリートの床に投げ出されたのは、口も手足も縛られた二人の女子高生。浅葱と光だ。手足は痣だらけ。もしかしたら服の下も…………
「どうだ? 二子と逃げてもいいぞ? ただし、この子ら連れていく。二子を置いていくなら、二人を連れ帰ってもいいぞ」
「なっ!?」
それは……卑怯すぎるだろ。二人は驚きの表情をしているが猿ぐつわで声すらまともに出せない状況だ。浅葱は状況を多少理解しているみたいだが、光はボロボロに泣いている。彼女はこの中で唯一普通の女子だ。巻き込むべきじゃない相手だ。
「普通に戻れるなら…………今じゃぞ?」
どうする? 何が正しい? 俺は…………誰を救う? 俺は誰を守る?
「…………アンタさ…………馬鹿にしすぎだろ」
撃つ勇気がない。人殺しはできない? ここまでされてか? 俺は……臆病者だ。でも……それでも……
「女の涙ってのは…………うれし泣き以外は失恋と死別以外で流させちゃダメだろうが!!!!!」
「なっ!? 貴様!?」
俺はアサルトライフルを突きつける。
「撃つのね夏人」
二子がそう声をかける。そうか、この人は腐っても二子の…………
「うわああああああああああああ!!!」
俺は引き金を引くと同時に老体とは思えない身軽さで俺の懐に潜り込んで鳩尾に拳を叩き込んできた。俺はその場に膝をつく。
「夏人!! 大丈夫!?」
「うぐっ……がはっ……だ……大丈夫だ……」
俺は立ち上がろうとする。しかし二子が制止した。彼女は俺に駆け寄ると俺を抱きしめる。……ああ、なんて暖かいんだ。
「もういいわ…………アサギとヒカリを解放してください…………私は…………私はお爺様に従います」
「嘘だろ…………?」
俺は絶望しながらそう呟く。老人……いや、彼女の祖父が二子に近づこうとした時、俺の目に映ったのは…………夜なのにサングラスをつけた二八と神薙さんの二人だった。 あれは…………爆弾? いや、サングラスってことは…………あれだ! あれ! かっこいい奴か!? …………スタングレネード!! 目が眩むほどの光と音が周囲を襲う。俺はとっさに見ないようにしたが…………アレって音するのかよ!!!!!
「ぐああ!!!!」
老人は目を抑えながらのたうち回る。多分なんかしゃべってるけどキイイイイイイイイイイイイインって耳鳴りで何もわからねえ。でも今がチャンスだよな。そして……浅葱と光を二八が抱えると神薙さんはその場から駆け出した。
俺もすぐに二子の手を掴み…………
「二子! 走れ!」
俺は叫ぶ。そして走り出そうとした時、彼女は…………あ、多分こいつも耳鳴りでなんも聞こえてねーわ。
俺は二個の腕をぐっと掴んで走り出すが、彼女は走り出そうとしなかった。…………なんで? どうして? どうしてだよ二子。
二子は口を開く。何かを言っている。何を言っているか…………耳鳴りが俺の邪魔をする。涙を流す彼女を見て…………俺は彼女をうれし泣きさでもなんでもない涙を浮かべさせた。
彼女の口は何かを伝えようとしている。口を大きく開けて、口を横に開いて、また口を大きく開ける。少し開けた口を縦に長く丸にして最後は軽くすぼめた。
そして彼女はケースから銃を取り出すと…………俺に向ける。
「二子!!!!!!!!!!!」
伝わるだろうか、聞こえただろうか…………俺にはその答えはわからなかった。ズガン! 撃たれた弾は…………痛みを感じさせるものの、死を感じない。
コイツ…………最初からゴム弾でここに来ていたのか。俺はアサルトライフルを二子に向ける。彼女は微笑んだ。そして彼女は自らの祖父に手を差し伸べ連中と一緒にどこかへ消えようとしていた。なんでだ? 二子。
二子がこちらを見てもう一度口を開く。彼女は…………何度も見た口の動きをする。俺の名前を呼んでいる。…………そんな気がした。
意図が分からないままポカンとしている俺。どうしてお前は何度も俺の前から消えようとして…………交渉出来ない場合は、一緒に逃げる手はずだろ? なんでだ?
ああ、そうか。浅葱と光が捕まった状態で顔を合わせたんだ。俺の事なんてとっくに調査済み。逃げられないってわかったんだ。…………だったら俺は…………
俺は痛みに耐えながらも耳鳴りに苦しみながらも足を前に運ぶ。それに気付いた二子がもう一度俺を撃つ。俺はまたゴム弾の痛みに苦しめられる。…………それでも…………どんなに痛くても…………俺の足は前に進んだ。
俺は二子の元に行って彼女を抱き締める。振り向けば二八が何かを叫んでいる。光はともかく浅葱も泣いている。神薙さんは…………ため息でもはいていそうな顔だ。
俺…………二子と行くよ…………二子がその運命から逃げられないなら…………俺も背負う。たとえ人道外れても…………二子と一緒にいれば俺は…………幸せになれるから。
伝わってるかな? 伝わると良いな。俺も連れて行ってくれ二子…………すべてを捨てる覚悟なら一緒に逃げ出そうって言った時からあるんだ…………そうだよな。彼女はため息を吐くと俺がいつの間にか落としたアサルトライフルを拾って俺に持たせる。そして彼女は俺の手を引いてマフィアたちの元に連れていく。
耳鳴り終わらねえ。マフィアたちは光と音でやられた集団が何人かいたが対処で来ていた連中もいる。そいつらに俺と二子は無理やり引きはがされるが、二子が的確にそいつらにゴム弾を発射して俺の腕を引っ張る。そして二子の祖父であるボスが立ち上がる。
耳鳴りもやみ始めた。
「小僧共が…………だが…………貴様、実力もない癖に度胸は良さそうじゃないか…………」
「なあ、俺はどうすれば二子と一緒にいられるんだ?」
俺はアサルトライフルをその老体に突きつける。これは二子が用意したものだ。ゴム弾だろう。
「…………道は二つ…………ワシを殺すか…………二子と共に…………ワシの元に来い…………立派なマフィアにしてやる」
一緒に罪を背負う。そう決めたつもりだけど、二子はどう思う? 俺は二子に視線を向ける。彼女は頷いて銃を持つ俺の手に自らの手を重ねた。
「俺は……二子と共に居続ける! あんたはこれから俺達がぶっ潰す!!」
「小癪な小僧だ……」
老人の身体は…………紅に染まる。最後、彼は手を挙げた合図は撤収の合図。マフィアの部下たちは老人を護ることなく…………その場から消えていく。
「……………………実弾? はは…………二子、俺が銃を撃つのをためらわないために…………自分のはゴム弾にしたな?」
「……………………そ、そうよ!」
なんでちょっと歯切れ悪いの? 実は違う理由?
「ま、なんでもいいや…………一緒に死ぬ気だったんだぜお前。むしろそれよかマシだろ」
「そうかしら? そうかも」
でもなんでこの爺さん…………最後は部下たちを下げたんだ。死にたかったのか。それとも…………
「なあ、爺さん。なんで最後に部下を下げたんだ?」
「……さあな……ワシにもわからん」
血を吐きながらもまだ息がある。
「…………アンタ、ほんとは少しだけ二子に幸せになって欲しいって思ったんだろ?」
「…………二子の幸せは…………貴様の隣とは限らん」
「ああ、でも隣りじゃないとも限らない…………そう思ってくれたんだな?」
返事はない。
「じゃあな、爺さん……もう会うことはないだろう」
俺はそう言ってこの場を後にする。二子も俺についてきてくれるようだ。
倉庫から出ると二八や神薙さん、それから浅葱と光がいた。二人にはちゃんと説明しないとだな。
「浅葱、光……怪我はないか?」
「……納豆くん? ……怪我だらけですよ! 見ればわかるでしょ!!」
「そうだよ納豆! でも、無事でよかった!!」
二人は泣きついてくる。俺が慌てて二子の方に視線を向けるとかなり不服そうだ。でもさすがに今は二人のケアさせてくれ。
そしてみんなに事の顛末を伝える。二子の実家の事。それからさっき俺たちが人殺しになったことだ。
だけど、誰も俺たちを攻めよとせず、ずっと泣いてくれた。きっと俺たちは間違えた。二子の爺さんが言っていた通り、どこかで普通の人生を選べば…………それはそれでそれなりの幸せを歩めたんだろう。
でも…………俺は間違った道を選んだ。最善を選ぶことが幸せとは限らない。でも誤った道が正しいとは絶対に言わない。
でも俺たちは……そっちを選んだ。
「みんな…………いままでありがとな」
俺と二子は浅葱たちにそう伝えると…………みんなはどこか納得したようにうなずいて俺たちの元から離れていく。俺たちは人殺しの線引きを超えた。だから、もう一緒に入れない。でも、俺と二子は罪を背負い合った。…………だからずっと一緒にいよう。
「夏人…………お疲れ様」
二人で朝日が昇るのを見届ける。さてと…………これからどうっすかなぁ…………ま、二子と二人で入れるならなんだっていいか。
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