月岡温泉
あらいぐまさん
第1話 新潟駅周辺の散策
ケンから連絡があった。
今月の交遊会は、有名な温泉街に遊びに行くことに決まった。
10:00に、海の近くの駅で落ち合って、そのまま、バスに乗って有名な温泉街へ行くルートの説明があった。
有名な温泉街についたら、お酒の試し飲みをして、美人の湯につかって、昼食を食べて、おみあげを買って帰ってくる予定である。
今回は、シンボが欠席して、善行とケンとウッちゃんの3人で行くことになった。
ケンとシンボは、同じグループホームに入っているが、彼らの詳しい事情は、はっきり、分からない……。何か、施設の職員と揉めているような話しぶりだった。
さて、旅行当日、善行は、準備を整えて9時に家を出た。
出来るだけ、「凄い」とか「楽しい」と言って、場を盛り上げられるかどうかが、今回のポイントだった。
何故なら、善行は、意図していないのに、暗い言葉が出て場を白けさせてしまう、癖があったからだ。
これができれば、もう一段階、自分が成長できると、善行は考えていた……。
善行は、今回も海の近くの駅に、早めに着くと、改札を抜けて、駅の周りを見てまわり、有名な温泉街行きのバス停を見つけた。
……ケンの話だと、バスの片道は、300円と聞いているが……
バス停を確認すると、善行は、指定の待合場所で待っていた。10時を回ると、ケンと、ウッちゃんが、列車に乗ってやってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
三人は、挨拶を済ませて、善行の案内で、バス停を目指した。
善行は、歩きながら二人に言った。
「今日は、晴れていて、楽しくなりそうですね」
「ああ、でも、午後から雨になるそうです」
「ふん~」
善行は、ケンの話を軽く流すと、3人は期待を胸にバスに乗り込むと、バスは直ぐに発車した。善行は、バスに乗っていると、見たことのない景色に興奮していた。
善行は、もともと、他所から来た人間で、地元の人間じゃないからかもしれない……。
すると、走行中のバスは、お客を喜ばせるために、有名なについて、簡単なアナウンスを、流し始めた。
「有名な温泉街は、元は、石油の採掘所だったのですが、お湯が、出てきたので、大正4年のごろから、湯治場として栄えた……」
でも、栄えた割には、辺りに緑が多く、どこかのどかで、田舎の風情があった……。
アナウンスの後、暫くすると、バスは有名なにつき、ケンの持っている雑誌に載っている、停留所にバスが止まると、3人は、そこで降りた。
善行は驚いた。
「あの饅頭屋、蒸気が出ている、凄いな」
ケンは、「ははあっ」と笑いながら、先を急いだ。
ケンは、歩きながら、行く先を、2人に話し始めた……。
「最初に行くところは、この雑誌に書いてあるところで……これ、これ……」
「へぇー」
2人は、ケンの持っている雑誌を覗き込んだ。
暫くすると、ケンは、雑誌に載っていた、お酒を試飲できるお店の前に来た……」
「ここ、ここ」
ケンは張り切って、お店の中に入った。
「こんにちは、今、やっていますか?」
すると、店員が、「後、15分で私達は、休憩の時間に入りますので、良かったら、午後にいらしてください……」
「わかりました」
そう行って3人は店の外に出た。
ケンが仕切り直して、「じゃあ、美人の湯に行きましょう」と、音頭を取ると、歩き出した、2人は、ケンの後について行った。
それから、結構歩いたが、坂の上にある美人の湯館を、彼らは見つけた。
美人の湯館に着くと、カウンターでお金を払って、浴槽を目指した。
浴槽は、狭く硫黄の匂いがする所だった。
善行は、シャワーで体を洗って、頭を洗うと浴槽に入る準備を整えた。
ところが、善行は、体を伝うシャワーの水流がおかしいと思って、お尻に手をやった。
「げっ」
お尻の谷間に「何が」、挟まっていた。
急いで、トイレを探したが、見当たらなかった。
善行は、建物の陰に行き、鞄から道具を取り出して、クルクル包んで「何を」、処置した。
これは、善行の障害で、穴の周りに皮膚感覚がないので、パンツの近くまで出れば、わかるのだが、ちょっとの「何を」、割れ目に隠れている「何を」、正確に出ていると知覚する事ができない障害を持っている……。
この障害がもとで、今まで、女性との交際を諦めてきた……。
……女性は、不潔な人間が嫌いだからだ……
善行は、不潔からくる、別れの予感を想像して、中々、交際に踏み込めなかった。
処置をした後、せっかく来たのだからと、ちょっとだけ、浴槽に入った。
でも、何となく、心が動揺して、気分が晴れなかった。
一方のケンとウッちゃんは、楽しそうだった。
温泉でゆっくりするかと思えば、浴槽を出ると直ぐに、ケンは、「次のお店に行こう」と、2人に言った。ケンの先、先を行き急ぐ、悪い癖が出たようだ。そこには、ケンの暴走を、止める、シンボは、いなかった……。3人は、それぞれ違和感を抱えながら、次のお店に、向かった。
次のお店は、ピザ屋のような所で、昼食をとることだった。
美人の湯を後にして、道なりに真っすぐ、そして、坂を上がっていくと、大きな商業施設があり、3人はその建物の一角で、身なりを整えて、ピザ屋に向かった。
3人は、ピザ屋に行って、料理を注文して待っていると、善行の前に、前菜が運ばれて、店員さんから、その前菜や、後から出てくるピザの料理の説明を受けた。
「この料理は、なんたら、かんたらで……」
「凄い、料理の説明を受けるなって、こんな事、今までの人生で、1度か2度しかないぞ……」
善行の驚いている様子を見ている、ケンとウッちゃんは、嬉しそうに眺めていた。
やがて、彼らにも料理が届いて、3人は、どう食べていいのか分からずに、ピザを分割すると伸びるチーズと格闘していた。
食事を終えると、ケンが、お目当てにしていた、お酒の試飲ができるお店を目指した。
予定では、このお店が最後になる。
移動中、善行は、元気のないウッちゃんを、気にかけ声をかけた。
「今日は、楽しいね」
うつむき加減のウッちゃんは、顔を上げて「はい」と言った。ケンとウッちゃんの2人は、口論したというが、見た感じ、そんなに険悪なそぶりも見せなかった。
……二人は、喧嘩するほど仲が良いという事か、でも、もしかしたら、何か? 隠れた、しこりが、あるのかもしれない……
すると、ウッちゃんの様子から、善行の気分が、突然、激しく落ち込んだ……。もう一人の陰の善行が、心のマイナス・スイッチを、オンにしたからだ。街に入る橋を渡った所で、やる気の元である、心の力が目立って萎えてきた。
善行は迷っていた。
……こんなに、「凄い」とか、「楽しい」と言って、2人を喜ばせようと頑張っているのに思った程の効果が得られないのはオカシイ……お風呂に入って、食事をして、上手くやってきたのに、この不安は何? ……
善行は、ボロボロになりながら、最後の力を振り絞る。
……確かに、マイナス・スイッチは、オンだ、そして、まだ、プラス・スイッチへの切り替え方が分からない、それでも、泣いても笑っても、最後の一か所、ここまで来たら、やり抜くしかない……
善行は、有りっ丈の気持ちを奮い立たせて、午前中に行った、試飲のできるお店に、ケンと一緒に、扉を開けて突入した。
600円で、おちょこ1杯を3回分で、3種類の違ったお酒が飲める。
善行は、早速、一杯飲む。
「んっ、凄い、口アタリがいいから、何杯でも行ける……」
「ほんと」
ケンも一杯目を、飲みあげている。
最後の一杯を飲みあげて、彼らは店を出た。
今日の予定は、これで終了した。
帰りのバスには、まだ、時間がある。
ただ、ひたすら、バスを待つのも、苦痛なので、有名なのアタリを散策すること にした。
途中、雨が降ってきたので、屋根のある建物で、雨宿りしていたら、そこで、無料の芸者のショーが始まった。
芸者のショーを見ながら、善行はケンに言った。
「このショー、楽しいね」
「はい」
善行は、唇をかんだ。
ショーが終わると、時間が来て、帰りのバスに乗って、海の近くの駅に帰ってきた。そこで、善行は、2人と別れて、列車に乗って、自宅のアパートに帰ってきた。
自宅に帰った善行は、打ちのめされていた。
自分自身の行動に、納得感がなかったからだ。
……友達になれてないのかなぁ……
今回の旅行は、善行にとって、少しほろ苦い、旅となった。
2021.5.16
月岡温泉 あらいぐまさん @yokocyan-26
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
体得/あらいぐまさん
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます