一夜のキリトリセン
8月のはじめ、夏休みに突入してウキウキ真っ只中の高校生
「きゃっはー!海だぁー!」
「ちょっ、美璃待って」
車から降りるなり靴を脱ぎすて走り出した美璃の背中を追い、夢月も駆け出す。それを見て、双方の両親は苦笑しつつ車から荷物を下ろし始めた。
「高校生って言ってもまだまだ子供ねぇ」と美璃の母
「ははは、まぁまぁまだ義務教育終わって半年もたってませんからね」夢月父
「かわいいもんですよね」美璃父
「彼氏とかは作らないのかしらねぇ~」夢月母
「「それはまだ早いんじゃないか」」双方父
「私は中学の時からいたけどね」美璃姉
「えっ、それ聞いてないぞ」美璃父
「言ってないからね」美璃姉
と、大学生の美璃の姉、
塀垣家持参の可愛らしいアニメキャラのレジャーシートの隣に、3倍近いサイズの安沼家持参のブルーシートが敷かれる。そして両家父親が持っていた荷物を置いた。
着替えの入っているカゴを持って、琉音が水遊びをしている最年少二人に声をかける。
「おーい!水着に着替えるよ~」
すでに膝まで水につけてはしゃぎあっていた二人は「はーい!」と元気に返事をして琉音に駆け寄った。
到着10分でびしょびしょになった少女たちを見て、母親陣はきゅっと眉根を寄せた。
「もう、すぐ濡らしちゃって…海水浴終わったらその服をもう一回着る予定だったのに…」
「濡れると洗濯物重くなるのよー」
それぞれの母が苦言を呈す。夢月はそっぽを向き、美璃は眉をハの字にしてたははーっと笑った。
「今30℃あるし乾くっしょ」
琉音が笑って言うと、美璃母が「乾いたところで海水に濡れた服が着れるわけないでしょ!」と怒った。
父親陣がなだめているうちに娘たちはいそいそと更衣室へ向かう。
「も~あんたらがはしゃぐから私まで怒られちゃったじゃん」
琉音が二人を小突きながらそう言うと、少女らは顔を合わせてくすくすと肩を震わせて笑った。
更衣後、男性陣は意図してか目をうつろにしながら浮き輪を膨らましているのに対して、女性陣はわりとまじまじと水着姿の少女たちを見つめた。
しばし無言があったのち、夢月の母親がぼそっと言った。
「……なんていうか…結構差がつくもんだね」
「それっ、それ言わなくていいからっ!」
夢月がガァッとにらみつけた。美璃もぷくっと頬をふくらます。
「姉ちゃんがでかすぎるんだよ!」
そして必然向かった先は、もちろん琉音である。話の的にされた彼女だが恥ずかしがったり怒ったりするそぶりはなく、得意げに胸をそらした。
「へへへ、いいだろ~」
「外でそういう話はやめなさい。…それから琉音」
ごほんと咳払いしてから琉音たちを
「…ちょっと、露出が多いんじゃないか?まだ若いし、危ないと思うぞ」
後ろから控えめな援護なのか夢月の父親も小さく頷いている。
しかし当の琉音はけっと吐き捨てるように眉根を寄せた。
「はぁ?若いから出すんでしょ?美しいうちは見せびらさないと損じゃん」
自分で「美しい」と言っちゃう当たり琉音の自信が感じられる。その自信が独りよがりでないあたりが強い。
「まぁまぁ、可愛いからいいじゃない」
夢月の母親がのんびり言うと、美璃の母親も「上は薄いけど下はスカート型だし大して問題ないでしょ」と同調した。気弱めな父親はしゅしゅしゅーっと縮こまり、ちょっと慌てた様子でBBQの準備を始めた。
それから琉音含め若人は海ではしゃぎまわり、母親ふたりはビーチパラソルの下で世間話に花を咲かせ、父親ふたりはBBQに精を出したりしているうちに徐々に日が落ちてきた。
すっかり泳ぎ疲れて浜辺で寝転んでいる少女たちに母親が声をかける。
「さ、そろそろお宿に行くわよ。服着替えておいで」
「「「はーい」」」
シャワーを浴びて服を着替え、ものを片付けて車に乗り込むころ、あたりはすでに暗くなり始めていた。
塀垣家は母、安沼家は父が運転する車でそれぞれ揺られること一時間、宿に到着した。
夢月が車からおりると、しかし、光景は一時間前と大して変わらなかった。
彼女の視界に広がるのはひたすらに青い海。藍色の空を写し取って、柔らかな白波がきらきらと輝いていた。
「ここねぇ、プライベートビーチなのよぉ」
荷物を持った母親が呑気な声で言う。
「え、私たちが使えるの?」
「そうよぉ。まあ、一泊だし今晩だけだけどね」
「へえ!すごい!」
夢月が海に吸い込まれるように見入っていると、後ろから誰かが駆け寄ってきた。彼女はそれが親友のものであることは分かっていたから、振り返ることなく話しかけるのを待っていた。
「夢月っ!」
肩に勢いよく乗せられた手で体勢を崩した夢月の視界に美璃が飛び込んでくる。その瞳は白波に負けない爽やかな輝きを放っていた。
「コテージ、見た!?あそこに泊まるのよ!」
「え」
くるりと振り返ると、ビーチから少し離れたところに小さな木製の(おそらく土台はコンクリートだと思うが)小屋があった。これがコテージというものなのか、と夢月は息を呑む。
ランタンを模した暖かなライトが入口を照らしており、周りに特別建物がないのも相まって隠れ家のような雰囲気があった。
美璃と共に中に入ると、やはり木製の造りで、西洋風の柔らかな色調の家具を暖色のライトが照らしている。まるでアニメや映画の世界に飛び込んだような錯覚を起こしそうなほどお洒落でファンタジックな内装だった。その見慣れない世界観に見知った顔がいるものだから脳味噌がエラーを吐きそうである。
美璃は目を一層きらきらさせながら、夢月の手を引っ張って二階に駆け上がる。
「あたし達!二階で寝る!」
元気にぱたぱたと走り、扉をあけるとそこに大きな白いベッドが四つ並んでいる。思ったよりその数が多かったために立ち止まった美璃達へ一階から琉音の声がした。
「上はベッド四つ、下は三つだから家族別だぞー」
「えぇえええぇぇぇぇええええ」
美璃がその場に崩れ落ちた。
「やだやだやだ!夢月と夜を過ごすんだもん!ふたりっきりの夜なんだもん!」
「そんなの小っちゃいころから何度も過ごしたでしょ」
美璃母の呆れ声が聞こえる。
「今日は一回しかないもん!」
美璃も手足をばたばたしながら反抗するが、「高校生にもなって駄々こねないの」と母親に窘められる。
うりゅうりゅした目で立ち上がった美璃に、夢月が微笑みかけた。
「どうせ外で星見るんでしょ?一晩中起きとけばいいじゃない」
美璃はぱぁっと目を見開く。
「そしたら二人きりで夜を過ごせるよ」
ね?と夢月が首を傾けて言うと美璃はこくこくと頷く。表情に明かりが戻ってきた。
「えー?せっかくのふかふかベッドで寝ないの?もったいなくなーい?」
階段を上がってきた琉音は夢月の話を聞いていた様子で、顎に人差し指をあてて頭を揺らした。
「いいもん!外で夢月と星見ないほうがもったいない!」
その美璃の大声が聞こえたのか、夢月の母親ののんびりした声が一階から飛んでくる。
「いいんじゃな~い?まわりに大した明かりもないし、きっと星綺麗に見えるよ~」
「でも危なくない?流石に夜中に子供二人は」
夢月と美璃のふたりが一階に降りていく途中で、美璃の母親が心配そうに言った。しかし夢月母は「んー」と呑気に笑う。
「大丈夫じゃないかな。この大きな窓からビーチは丸見えだし、どうしてもっていうならお父さんたちも一緒に過ごしたらいいじゃない」
「え、やだ」
「美璃!パパ、夜は美璃たちと一緒に外ね」
夢月母の提案を渋る美璃を叱りつつ美璃母は夫に娘たちを頼む。夢月母も「あなたもお願いね。明日の運転は私がするから」と言う。
父親陣は慣れない遠出と寄る年波もあり、ふかふかベッドで眠りたかったが、大事な娘のためと言われれば仕方がない。男二人も海辺で一夜を過ごすことになった。
コテージについていた大きなキッチンでそれぞれ持ち寄った食材を調理し、普段では考えられない豪華な夕食を済ました後、夢月と美璃のふたりは薄着のまま外に飛び出した。正面から吹き付ける風に潮の匂いがする。
「お、結構涼しいね」
日中は照り付ける陽光でうだるほどの暑さだったが、日も落ち、風が吹くようになると大分過ごしやすい気候になっていた。
「熱中症と風邪に気を付けろよー」
矛盾しているようでしていないことを言いながら出てきた父親がそれぞれにペットボトルの水を持たせる。
「パパ達ずっとそばにいるの~?夢月との内緒話聞いちゃヤなんだけど」
「え、内緒話するの?」←美璃父
「わかった、わかってるよ!僕らも端っこで晩酌してるし」←夢月父
ビール缶を見せつつ美璃父をひっぱる。しかし彼はわずかに抵抗している。
「待って、内緒話ってなに、まさか彼s―――」
「ほらもう行くよ!」
「まって、くっくわしくぅぅぅ……」
ズルズルと引きずられながらビーチの端っこに向かう。その姿に美璃は元気に手を振った。
そもそも、晩酌しながらちゃんと見守ることができるのだろうか。
塀垣家持参小さなレジャーシートの上にランタン型の持ち運びライトと薄手のブランケットを置き、ふたりはごろりと寝転がった。
「ねねね!なに、何話す!?やっぱりまずは恋バナかな?そうだ、
「……熊谷くんはそういうんじゃないし」
ぎゅっと眉間にしわを寄せながら、夢月は空を向いて手を伸ばした。
「まずは、空見ようよ。満天の星空見るんでしょ?」
「う、もうそれ間違えてただけだから!満天の星!でしょ!?わかってるもん!」
かつての自分のミスを指摘されて、足をばたばたするせいで砂が舞い上がって目に入って痛い。仕方がないのでしばらくなだめ、改めて星空を指さした。
「ほら、もう星出始めてるよ。綺麗」
むぅと頬を膨らませつつも空を見上げた美璃はわかりやすく息を呑んだ。
視界のほとんど全てを占めるように広がる藍色に散ったまばらな輝き。それは彼女らが知っている夜空とは違っていた。
空と言うのは、常に目に入っていながらもなかなか意識を向けることが少ない。そしていざ仰ぎ見た時、その雄大さにため息が出そうになる。それは美しく、広く、あたたかく、それでいて突き放してくる。この世で最も矮小で孤独な存在のような気にさせてしまう。
ただ、今は少なくとも孤独ではない。
少女二人は、ほとんど無意識に互いの手をたぐり寄せた。
ぎゅっと握るその手に圧はない。しかしじんわりと芯まで温める熱があった。
「すごく、綺麗……」
ぽつりと、独り言のようにこぼれたそれを、夢月は静かに噛み締めた。
夜が更けていくにつれて、二人の周りは闇に呑まれ、空は一層華やかに輝いていった。
ぬるい風が煽った砂さえも白い星に見えた。それほど、彼女らの視界は星々で満ちていた。自分の目の中に星の影が落ちるのをじっと見ていた。
おそらく、この時ふたりは既に夜空に呑まれていた。一言も交わさず、しかし夢の世界に落ち入ることもなく、ゆっくりと姿を変えつつも輝き続ける空にただ見入っていた。
そのあまりの高次元的な、神々しいという言葉でさえ言い表せられない大自然の美しさに押し潰されそうになるたび、握った手の温かみを確かめずにはいられなかった。
それだけが互いを、もしくは自分を、思い出させてくれる鍵だった。
「…夢月」
唐突に美璃がつぶやいた。
「起きてる?」
「…起きてるよ」
むっとして顔を美璃のほうに向けると、すぐに目が合った。彼女の黒い瞳の中に星が映っていた。
「ねえ、」
少しはにかむように美璃が微笑んで言う。
「星座でもつくらない?…あたし、このままじゃ夜じゅうずぅっと空に吸い込まれちゃって、夢月よりも星空が記憶に残っちゃいそう」
それはそれでいいんじゃないの、と思いつつ夢月も口を開く。
「つくるって…私達が創作するわけ?星座を?」
「そうよ。例えばあの星、赤い星、あれとすぐそばの小さな星を何個かくっつけて、猫みたいに見えない?」
「どの星よ。赤い星なんて何個あると思ってんの」
「数えてみる?」
「馬鹿じゃないの」
とかなんとか言いつつ、実際に赤い星を数えだした二人だったが、しばらくしてほぼ同時に投げ出した。
「もう無理ぃ!」「やってられるか!」
ばたっ、と両手を広げた美璃と頭を抱える夢月。
「もう目がチカチカするよぉ」
「数えれば数えるほど増えていくし…」
冷静になったら深夜テンションだったな…と振り返る夢月に美璃が問う。
「何個まで数えれた?」
「ひゃく…さん?いやにじゅうと……えーと128くらいだったかな」
「はい、あたし150行きましたー!」
「はーぁ!?100超えた時点で勝ってると思ってたのに」
「根気勝ちだね」
「くそ、もっと頑張ればよかった」
しかしよく考えたらほとんど同タイミングでギブアップしているので、単純に美璃のほうが数えるのが速かっただけである。
「空ってさぁ」
今度は夢月が話を始める。美璃は空を眺めながら静かに聞き入った。
「なんだか…ぞわぞわしない?ずっと見てるとさ、お腹の下のところが」
「あ、わかるかも」
その感覚こそが夜空に呑み込まれたと錯覚させる最も大きな原因なのだろう。
「なんだろ、真上にあるのに落ちちゃいそう、みたいな。もしくは引っ張られてる感じっていうの?そういうのがあるっていうのはわかる」
「そうだよね?やっぱり美璃もその感覚あったんだ」
夢月の顔がすこし緩む。
「でもさ、その、ぞくぞくするんだけど、嫌いではないんだよね。ただぞくぞくするだけ。嫌悪感じゃない」
「わかる!むしろどきどきにも近いかな。ずっと見てたくなる」
「そうやって見てるうちに頭がぐるぐるしてきちゃって、星数えだしたりするんだろうね」
「うわー、今度は青い星数えようか」
「さっきより多いじゃん、嫌だよ」
夢月があからさまに嫌な顔をしたが、美璃は愉快そうに笑い、「でもいいね」と続ける。
「こういうさ、すごく何気ない時間なのに、なかなか手に入らないんだよ?こんな綺麗な星空の下で過ごすなんて」
「というか、今この瞬間はもう2度と手に入らないよね。美璃が言ってたのと一緒。今日は一回しかない」
「うわーなんかエモいね~!」
「そうだね」
深夜テンションに合わせて星空の下ふたりっきり(父親陣はもはや視界にはない)というムードも相まって若干感傷的になる。(ポエマーにもなっているかもしれない。)
記憶に残る一瞬一瞬が尊いのは事実として、最も輝くのは間違いなく
変わらず流れていく時の中で、ふたりは取り留めもなく語りあった。
その姿を夜空は静かに眺めていた。
移動中の車で眠っていたおかげで大した眠気を感じないまま、空は白み始めた。
「え、え?空明るくなってない?」
苦手な教師について熱弁していた夢月の隣で美璃がハッとした様子で口を開く。夢月も改めて空一周を眺めると、ちょうど足元―――海のほうの空がじんわりと明るくなっている。
「ほんとだ…」
久しぶりに上体を起こしたので、一気に血が心臓に流れたのか一瞬くらっとする。眩暈で瞬いたうちに美璃も起き上がった。
「ほんとに一晩中、話してたんだ」
美璃がしみじみと言う。夢月もおもわず心の中で苦笑した。なんだかんだ毎日色々話しているだろうに、会話のネタが尽きないのが我ながら―――我らながらすごい。
夜は徐々に明け始めたと言っても、あたりはまだ暗く、空も海側以外は暗い藍色に白いそばかすが散ったままだ。太陽もまだ姿を見せていない。
ふとぐるりとあたりを見回すと、コテージの近くに父親陣の姿を見つけた。そういえばいたんだった、と思い出す。少し遠いし暗いので確信は出来ないが、美璃の父親はコテージのほうを向いたまま寝転がり(おそらく寝ている)、夢月父はブランケットをかぶり、海を見ながら膝を抱えて座っていた。なんとなく起きていることはわかるが、あまりにも動かないのでおそらく目は開いているが意識はない。
運転諸々で疲れているだろうに、こんな夜じゅう潮風浴びまくりながら過ごすなんて言う(夢月達以外には)わりと苦行でしかないことに巻き込んでしまって若干申し訳なく思い始めた夢月の肩を、ぽんぽんと呑気な調子で美璃が叩く。間違いなく彼女は父親への罪悪感など抱えてはいない。
「あそこから、太陽が昇ってくるんだよね」
そういいながら彼女は遠く、水平線を指さす。徹夜明けのはずの眼はきらきらと輝き、鼻先と頬には光が落ちて赤らんでいた。
「そうだね」
「うわー、すごいな。日の出とか見るの初めて!」
「お正月とか、初日の出見に行ったりしないの?」
「行かないなー。朝起きれない」
ぽりぽりと鼻先を掻きながらはにかんで笑う。夢月もつられて微笑んだ。
「うちはお父さんが行きたがるから、なんだかんだ毎年行ってるな」
「へー!やっぱり初日の出って年越し感ある?」
「結構あるよ。正直私からしたら12時まわる瞬間より太陽が昇ってくる瞬間のほうが1年の始まり感じる」
「じゃあさ、」
美璃の目線が夢月から海へと移る。海は空の色をそのまま映して、沖のほうはじんわりと白くなっている。
「あの、水平線から太陽が昇った瞬間が、今日が、入れ替わる瞬間なのかな」
感覚としては、と付け足して言う。夢月はそうだねと頷いた。
「今日も年越しと一緒で寝てないし、その感覚強いかも」
そのときふと、キリトリセンだな、と夢月は思った。
太陽が西の木の向こうに沈んでから、日が昇るまで、そのたった一夜を分かつのがこの水平線なのだ。
「……太陽が昇る寸前にさ、水平線で空と海の間を切っちゃえば、今日を…この夜を、残せるのかな」
そのつぶやきは無意識に口からこぼれていた。
「え」
美璃の声で我に返った夢月がはっと友人の顔を見ると、困惑した様子で眉根を寄せて、かすかに微笑んでいた。かぁーっと熱が耳まで駆け上がる。
「なんだか…ポエマーだね」
「うわぁあああ!もう忘れて!忘れて!」
「ええ、いいじゃん。いやごめん、あたしがからかっちゃった感じになったけど、すごく、素敵だと思ったよ」
「もういいから!まじで恥ずかしい…」
夢月が頭を抱えてちぢこまる。美璃は幼子をなだめるようにその背中をなでた。
「なんでー?あたしは好きだったよ?あれでしょ?あの、水平線が、この一夜のキリトリセンになるってことでしょ?」
「ぇ、ぅぁ、っ~~~!」
近いことを先に言っていたとはいえ、自分と同じキリトリセンというワードが美璃の口から出たことへの驚きと、改めて自分の発言を嚙み砕いていわれた恥ずかしさでぐっちゃぐちゃな感情になった夢月は声にならない叫びを出す。
あまりにも恥ずかしがるものだから美璃のほうもなんだか笑いがこみあげてきて、本気で思っているもののなだめる口調が半笑いになっていく。
「いやっ、ほんっ、ほんとに、いいと思ったんだよ…?ッンフ」
「笑ってるじゃん!」
「わ、笑ってないよっ」
しばらくそうした押し問答をしているうちに、いつのまにか太陽が"キリトリセン"を越えて姿を現した。
「わっ、まぶしい」
言い合い途中だった美璃が思わず顔を背ける。流石と言うべきか、太陽の光は尋常ではなく、また海にも一気に白い光の道が出来上がったこともあって、闇に慣れ切っていた眼が急激に刺激された。
「おお、綺麗だね」
夢月は日の出は見慣れているからか、美璃に比べるとすぐにその光に適応した。
白い波に朝日が透けて弾ける。それが小さな宝石のように輝き、美しかった。
「…今日、楽しかったよ」
海を見たまま、夢月が呟く。美璃は少し目を瞠って、いたずらっぽく微笑んだ。
「もう"昨日"だよ」
「あーもううるさいなぁ!そういう感じじゃないし、今!」
「んふふ、あたしも、超楽しかった!また一緒に満天の星空みようね」
「満天の星、ね?」
「あー!あー!うるさいうるさい!!」
意地悪顔をしている夢月から遠ざかるように美璃が立ち上がる。しかしすぐに夢月も立ち上がり、美璃の隣に並んで顔を上げた。
水平線を境に橙色に染まっていく空を見ながら、一夜が明けたのを実感した。
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