『魔人』-後編-
「もう少しで道路の無いエリアに差し掛かるよー」
「うん、わかった」
夜の山。
ナツミは車のハンドルを握りながら、助手席のスズへ声をかけた。あと数百メートル先で道路は途切れてしまう。
故に車を降りて調べなければならない。ヘッドライトが前方を照らしてくれてはいるが、どうにも視界が悪かった。
不運なことに霧がかかっている。ヘッドライトの光を掻き乱し、見通しを悪くしてしまう。
「そろそろ降りよう」
ナツミの一言で車のドアを開けようとしたその時、隣から悲鳴があがる。
「き──!?」
「き? なに、どうしたのスズ?」
「だって、前に」
恐る恐る前を向く。
ヘッドライトの位置を高くして、視界の隅からすみまで確認する。
しかし何も見えなかった。
「な、何もないじゃん! 変におどかしてくるんだから……」
そう言ってナツミは重たい溜め息をつく。背筋の強ばりや恐怖心を諸共に吐き出した。
「はぁ。そろそろ行くよスズ!」
「う、うん……」
二人は恐る恐る前方のドアを開ける。しかしドアを開けても何も起こらない。
「ほらね! 流石に幽霊はいな──」
「きゃあああああ!! ナツミちゃん! う、後ろ……」
甲高い声が鼓膜を震わせる。背筋の凍るような感覚と、久々に顔を出した恐怖心。
「え、ええ!? 何? 何が見えるのスズ?」
「っ…………!」
ナツミは後ろを振り向けなかった。
背中に何かがいると、ピリピリとしたものを感じていたからだ。
「ひ……」
声が出ない。喉が枯れてる訳でもなく、ただ純粋に声を出すという行動をとれない。それが離れていくのをじっと待つ間も、ナツミは震えていた。
「え、何も……なかった?」
吐息の正体は──木々の間を縫うような小さな隙間風。
霧に光が散乱し、その影が偶然にも生霊に見えたのだろう。そのように二人は考えた。
「あ、ああー! もう、さっきまでのはなんだったのか、不思議と肝が冷えたよ」
「ナツミちゃん、不思議じゃなくて。肝が冷えて当然だよ」
「そうだよね」
途端に肩の力が抜けていく。背中を丸めた後、背筋を伸ばして深呼吸。先程までの嫌な気分を入れ替える。
「それじゃあ帰ろっか、スズ」
ナツミの催促にぐっと頷くスズ。帰路に着こうと車のドアを開けた。
「うわぁぁあっ!」
「な、なに!?」
突然の激しい風。
思わず目を瞑ってしまう二人だったが、目を開けた次の瞬間、
「「赤い……人影?」」
雑木林の少し奥の方に見える怪しい影。色は真っ赤で、顔色は窺えない。
否、顔がないと言った方が正しい。赤色の何かが風に舞い、偶々人を象ったような様子であった。
人影は二人に気がつくと、緩やかに近づいてくる。
「「ひっ!」」
恐怖心に身を寄せ合うが、二人はその場を離れることが出来なかった。足が言う事を聞いてくれないのだ。
その間も真っ赤なシルエットは迫っている。
人間一人分の隙間まで近づいた人影は赤い右手を差し出してきた。
「握手?」
ナツミは促されるように握手をする。次に人影はスズとも握手を交わした。
何かがおかしい。どこかがおかしい。
言葉に表せない『違和感』に気づく。ふと手を見下ろしてみれば、手は赤黒く爛れていた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
焼けるような痛みと、何故か込み上げる咳。
喉も爛れてしまったのだろうか、灼熱感が込み上げてくる。咳を幾度も吐き出したが、数分後には額が熱い。
「げほっ! 痛い!! 痛い……!」
痛みに喘ぐ二人を『魔人』は優しく抱擁した。
赤い手が触れた
喉の灼熱感に
…………。
二人が倒れたその五十センチほど先。そこにはブナの木が倒れていた。
──赤く赤く腫れ上がった、
『魔人』 文壱文(ふーみん) @fu-min12
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます