第42話 長篠の戦いで家康と戦う
1548年に、武田信玄の家臣の芦田信守の子として依田信蕃は生まれた。
信蕃は当初から信玄に信濃国先方衆として仕えたという。また、武田信玄の駿河侵攻で駿府に乱入した軍勢の中に信蕃もいたされている。さらに。1573年の三方ヶ原の戦いにも参陣した。
三方ヶ原の戦いに勝利し、依田信蕃は嬉しさをにじませていたという。
「徳川軍に勝利したぞ。このまま勝ち進めば、織田にも勝てるやもしれぬ」
高笑いをあげるほど喜びをにじませる信蕃であった。しかし、そのうれしい状況はいつまでも続かなかったのである。
なんと、信蕃の主君である信玄が、ほどなくして亡くなったのである。信蕃達、武田の家臣団はショックを隠し切れずにいたのである。
「まさか…お館様がお亡くなりになられようとは…これから一体…どうなるのだ…!?」
信蕃は動揺を隠し切れずにいた。そんな中、新たな主君に武田勝頼が拝命されたのであった。
信蕃は勝頼の家臣となり、父・芦田信守と共に、遠江国二俣城の守将を務めたという。
その後、1575年に織田信長と武田勝頼は相まみえることになり、長篠の戦いが始まったのである。
長篠の戦いの際、父・芦田信守と共に、信蕃兄弟も籠城し抵抗したという。
「なんとしても、この城を守りきってみせる」
信蕃は覚悟したという。
長篠の戦いで武田軍が大敗し徳川家康率いる徳川軍が反攻して来ると、僅かな手勢で堅固に守ったという。
しかし、この間に病床にあった芦田信守は、最後が近いと判断して、信蕃を呼び寄せる。
「父上…父上…お気を確かに…」
信蕃は父に何度も呼びかけていた。
「信蕃よ…わしの寿命ももうじき近い…お前に後を託す…」
「何を言われる!! 病気を治し、元気な姿で指揮してくだされ」
「信蕃よ…自分の体のことはわしが一番わかっておる。もうじきわしはなくなる。ゆえに…寿命尽きる前に…お前に後を託すのじゃ…」
父の真剣な表情を見て、覚悟が伝わったのか、信蕃は信守の言う通りに守将となり、弟の信幸と共に籠城が続行された。
「父が命を懸けて守った城を徳川方に簡単にはくれてやらんぞ。皆の者、なんとしてもこの城を守り切るぞ!!」
「おおーーー!!」
信蕃の覚悟が伝わったのか、家臣たちは士気高く城を守り切ったのである。
攻めあぐねた徳川方は、城の周囲に複数の砦を築き兵糧攻めにすることしかできなかったという。実に半年にも渡った攻防の末、結局力攻めでは落せないと判断した徳川方の申入れが行われた。
ほどなくして、長篠の戦いで敗れた主君の武田勝頼の「甲斐に引き挙げろ」との命令がくだったのである。
「悔しいが…お館様の命とあっては致し方なし。この城を開城ことにしよう!!」
徳川方の申し入れには「全員の助命を条件に開城する」という条件で、退去することになった。
しかし、退去する際に雨が降っていた。
「蓑(みの)や笠を身に付けて城を退くようでは敗残の兵のようで見苦しい」
そう思った信蕃は、「開城は延期してほしい」と家康に申し出た。その申し入れは受け入れられ、晴天となった3日後に引き揚げたという。
明け渡しに立ち会った家康の重臣大久保忠世が城内に入ると、そこはきちんと清掃され、整然としていたという。大久保の報告を受けた家康も感心したと伝えられている。
その後、城をお館様の命がくだるまで守りきった信蕃は、武田家中で名を上げ、駿河田中城の城将となったのである
戦国時代の色んな逸話の物語を特集します ナイトジョーカー @kazyo12324567
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