はじめての指輪

なぎ

はじめての指輪

 桜岡麻里が初めて指輪を買ったのは、麻里が高校生に上がった年の、ある冬の日のことだった。ちょうどクリスマスの少し前で、街全体がわくわくするような音楽と、キラキラとした色とりどりのイルミネーションに浮かれていた。コンビニやスーパー、本屋に並ぶ雑誌にはクリスマス用の特集が組まれ、プレゼントの紹介やお勧めのデートスポット、レストランやカフェ、遊園地などの記事が躍っていた。

 吹きぬけていく風は乾燥していて冷たく、ときおりチラチラと粉雪が舞っていた。人々の足取りは忙しそうではあったが楽しそうで、……そんな雰囲気に、麻里も呑まれてしまったのかもしれない。

 教室で友人たちと見た、雑誌の特集にも影響されたのだ。

 クリスマスの、お勧めのプレゼントが写真入りで特集された雑誌だった。

 恋人同士の甘いクリスマス。その演出として、ペアリングや腕時計、鞄、財布などのプレゼントをしてみてはいかがですかと、そのようなことがキラキラとしたロマンチックな言葉でたくさん書かれていた。

 それを見て、麻里はふいに“いいな”と思ってしまったのだ。


 麻里には恋人はいない。また今までにいたこともないので、恋人がいる人達の心境はわからなかったが、なんとなくロマンチックで、素敵な予感がしたのだ。

 誰か一人、自分が心から愛する人が自分を好きだと言ってくれる。お互いに相手を信頼できて、予定があえば共に時をすごし、一緒にご飯を作って食べたり、どこかに遊びに出かけたり、……そこからはもう麻里には想像もできなかったけれど、とにかく素敵な感じがしたのだ。また、もしもそういう人がいたら、自分はどれだけ幸せなのだろう。寒い日は同じ布団でぬくぬくと眠り、朝、二人でご飯を食べる。クリスマスの夜景スポットや初詣にも一緒に行くのだ。

 そんなことをいいなぁと思ってしまうなんて、やはりあの時の麻里は少し街の雰囲気にのまれていたに違いない。

 そう、麻里はふいにそんな“恋人がいる人の気分”を味わいたくなったのだ。

 それでいきついた結論が、自分で自分に指輪を買う、ということであった。


 ブルーダイヤが小さく埋め込まれた、シンプルな銀の指輪。

 麻里はそれを自分のために一つだけ買った。ただし薬指につけてしまうと万が一誰かに見られた時に怪しまれるので、左手の中指のサイズに合わせて買った。

 ただ買った時に、店員さんに自分用ですとは言えなくて、……結局プレゼント包装までしてもらったのだ。

 その指輪を、麻里は家に帰る途中の電車のボックス席であけて、つけた。

 周りの人達から見れば、恋人から指輪を贈られた人に見えていたことだろう。


 初めて指に銀色の指輪をつけた時、麻里の心はどうしようもなくはずんだ。

 指輪をつけた、というだけで、まるで世界がキラキラとして見えた。目にうつる空気はとても澄んでいて、イルミネーションだけでなくただのビルの窓から見える蛍光灯の光までが輝いて見えた。

 今、自分には、どこかに自分のことを一番に想ってくれる恋人がいるのだ……!そんな夢が見られたような気がしたのだ。


 だが、麻里の明るく浮かれた気分は、家の最寄り駅に帰りついた瞬間にさっと消えうせた。

 駅の改札外の柱のところに、一歳年上の幼馴染・水原誠二が、着ていたジャケットのポケットに両手を突っ込んで、柱に寄りかかるようにして立っていたからだ。

 今日はクリスマス直前の土曜日。普段着よりもほんの少しだけおしゃれをしていそうな恰好をしているところを見ると、もしかしたらデートの約束でもあるのかもしれない。

 それを見て、麻里は思わず息を飲んだ。

 誠二のクラスのとてもきれいな先輩が、誠二に告白したという話を聞いたばかりだったからだ。

 麻里はとっさに、左手をコートのポケットに隠して、改札内に戻ろうとした。けれどもすぐ後ろから乗客たちが流れてきて、そのまま前へと流される。ならば、と誠二に気づかないふりをして目の前を通り過ぎようとしたが、誠二が、麻里に気づく方が先だった。

 柱から背中を離した誠二が、

「思ったよりも早かったね」

と、なぜかほっとしたような顔で麻里の方へ歩いてきた。麻里は誠二の周囲をちらりと見てから、首をかしげた。

「何の用?誰かと待ち合わせをしてたんじゃないの?」

「麻里を待ってたんだよ」

「私?私、あなたと待ち合わせなんてしてたっけ」

「してないんだけど、さっき用事があって麻里の家に行ったらさ。今日はもう出かけたっておばさんに言われたから」

 言いながら誠二が、駅から出ようとする麻里のほぼ横を歩きながらついてきた。麻里はちらりとそんな誠二を見上げ、首をかしげた。

 子どもの頃から背の高かった誠二は、今はもう、麻里よりも頭二つ分は、背が大きくなっていた。顔立ちだって、麻里のクラスの友人たちに言わせればかなりかっこいい方らしく、着ている服のセンスもいい。

「あなたはどこに行くの?」

 駅の構内を出ながら麻里が聞いたら、誠二は少しだけ困ったような顔をしてから

「麻里と、ちょっとだけお茶がしたいなぁ」

と言ってきた。麻里は困ってしまった。

 つい最近も、こうして特に何の予定もなく二人で歩いているところを同じ学校の生徒に見られ、噂になったばかりなのだ。それにお茶をするとなると、左手につけている指輪のことがばれてしまう。それで「今日はちょっと」と言おうとしたら、その時、強い風邪が吹いてきて、麻里の少し短めの髪をばさばさとあおった。

 右手に鞄を持っていた麻里は、とっさに左手をコートのポケットから出して、前髪を押さえる。同じく左手で風を避けた誠二が、ふと横目に麻里を見降ろして、息を飲んだ。

 麻里のしている指輪に気づいたらしい。

 目をみはり、まるで信じられぬものでも見るような顔で、麻里の顔とその左手を凝視している。

 麻里はとっさにコートのポケットに左手をしまったが、遅かった。

 誠二は少しの間ぼう然としたように言葉をなくし、……しばらくしてから視線を麻里からそらせた。その視線が、どこか不自然に泳いでいる。だが彼はすぐにまた視線を麻里に戻すと、長い前髪の間から見える目を少しだけ細め、いつもより少しだけ低い声でこう言った。

「……その指輪、どうしたの?」


 駅の出口を出て少し行った場所にある、本屋と喫茶店の間だった。

 麻里は、行きかう人たちの邪魔にならないよう、道の端の方へ移動しながら、とっさに目をそらせた。なんて言い訳をしよう、クリスマス気分に浮かれていたんだ、ちょっと衝動買いをしてしまったんだ、恋人がいる人の気分を味わってみたかったんだ……。色々な言葉が頭の中をぐるぐるとまわったが、けっきょく麻里はそのどれをも言うことができなかった。誠二に対して、そんな自分の子供じみた行動を説明するのが、はずかしかったのかもしれない。

 頬があつくなるのを自覚したが、麻里は黙って耐えた。

 いつだったか学校の友人の一人が言っていた言葉を思い出す。

「何を言ったらいいかわからなくなった時は、ともかく黙っていることがいいのよ。沈黙は金、雄弁は銀よ」

 その言葉とその時の友人の表情を頭に思いうかべ、麻里は黙った。

 誠二が少しだけ位置を移動して、麻里の目の前に立った。駅から出てきた人たちがどんどんと大通りの方へと曲がっていった。駅へと向かう人の姿も多い。

 華やいだ楽しそうな格好をしている人たち、塾へと行くらしい学生さん、親と連れ立って歩ている子どもたち。会社員や地元の人、大学生、などなどなど。


 顔をあげると、すぐそばに立っていた誠二の、とても傷ついたような顔が目にうつった。誠二はコートのポケットに入れたままの麻里の左手首にそっとさわると、そこからぐっと握りこんでひっぱりあげた。

 麻里の手首をつかんだ誠二の指も手も、とても冷たく冷えている。おそらく相当長い時間、駅のあそこで麻里のことを待っていたのだ。

 携帯に電話をくれればよかったのに、と思わず思う。

誠二につかまれた左手の、銀の指輪が、青空からの冬の陽光に照らされてキラキラと輝いた。

 小さなブルーダイヤが埋め込まれたそれは、新品ということもあって、それはもうとてもとてもきれいだった。

 誠二が一度指輪をみやり、悔しそうな顔をして、目をまっすぐに麻里にむけた。

「どうしたんだよ、この指輪」

「…………」

「誰かにもらったの?」

「…………」

 麻里はいたたまれなくなって目を伏せた。その行為を、誠二は誤解したようであった。

 手首を握る手の力がわずかに強くなり、さきほどよりも目つきがするどく、声が低くなった。

「誰にもらったの?……まさか、恋人ができた?」

 誠二のその声を聞いた時に、麻里は思わず顔をあげた。

 誠二は、ひどい顔をしていた。

「いつのまに、恋人なんて作ったんだよ。全然、そんな気配なんてなかったじゃないか」

「いや、その……」

「それともなに?今日できた?……言われてみれば、麻里がそんなに浮かれた様子で帰ってくるの、初めてだもんな。今日できた恋人に、もう指輪をもらったの?ちょっと早くないか?」

「ちょ、ちょっと待ってよ、水原、……これは別に、そういうんじゃないの!」

「そういうんじゃないって、じゃあ何なんだよ。おばさんに聞いたら、麻里が朝からおしゃれして、楽しそうに出かけて行ったっていうし。クリスマス前の休日に、恋人以外の誰から指輪をもらうんだよ!女友達と、そんな意味深そうな指輪を交換するか!?しないだろ、少なくとも、麻里と親しい友達とは、そんな感じじゃないじゃないか!」

 誠二は怒っていた。というよりも、彼はなぜかとても気落ちしていて、それを悟らせまいとしているように見えた。まるで麻里が誠二に対して、何か抜け駆けでもしたかのようだ。麻里は一瞬、“水原は、自分に先を越されて悔しいのか?”とも思ったが、まさか水原に限ってそれはあるまいと首をふる。いつだって女生徒に囲まれているくらい、高校ではモテにモテまくっている水原だ。水原の人気っぷりは、一学年下の麻里の教室にまで聞こえてくるし、麻里のクラスメイトにも、水原に好意を持つ生徒が何人かいる。

 水原ならその気になれば恋人くらい、すぐに作ることができるだろう。

「水原…」

「その“水原”っていう呼び方だって。昔は誠二くんって名前で呼んでくれていたのに」

 誠二が麻里の左手から手を離しながら、ふてくされるようにそう言った。麻里は思わず目を丸くする。

「あなた、私に名前で呼ばれたいの?前に子どもっぽいからやめてくれって言ってたじゃない」

「麻里には言ってないだろ!?従姉妹の姉ちゃんだろう、俺がそう言った相手は!」

「………そうだったかしら」

 麻里は首をかしげた。

 誠二がため息をついて、落ち込んだように肩を落とした。このままここにいてもらちがあかないと、再び二人で歩き出したが、特に行く当てもないので、二人の自宅がある方へと向かう。

 歩きながら、誠二が横目で麻里を見て、目線を落とした。

「それで、恋人ができたの?いつ?」

「………できてないわよ」

 麻里は、なんとも答えようがなくて、そう言った。誠二が歩きながらじろりと麻里のことを見て、

「じゃあ、誰からもらったの、その指輪」

と、ふてくされたように聞いてきた。大通り沿いの歩道は混んでいて、いつもよりもほんの少しだけ歩くのに気を使った。ただ、大通りが二つぶつかり合う、大きな交差点についたら、歩道も広く、人込みもまばらになったので、麻里は、今日は定休日らしい不動産屋さんのシャッターの前で立ち止まり、目の前の横断歩道の信号が青に変わるのを待った。

 麻里の横に並ぶようにして立ち止まった誠二が、ため息をついて麻里を見る。

 誠二はずいぶんと落ち込んで見えた。

自分が指輪をはめてきたことで、なぜ誠二がショックを受けたのか、麻里にはよくわからなかったが、麻里はこれ以上、こんな風に落ち込んだような誠二の姿を見たくなかった。

 どうしようかなぁと悩んだすえに、麻里は恥を忍んで、正直に話すことにした。

 指輪をつけていない右手の方を軽く握って口元にあて、コホンと一つ咳払いをする。


「水原、正直に話すから、誰にも言わないで。いや、言ってもいいけど」

「どっちだよ」

 誠二は、むすっとした顔でそう言って、視線を麻里に合わせた。麻里は、視線を泳がせながら口を開いた。

「少しクリスマスムードに浮かれててね、……自分で買ったの。自分用に」

「……は!?自分で」


 誠二が、数秒あけてから、やっと話を理解したのか、素っ頓狂な声をあげた。麻里は頬があつくなるのを感じた。横断歩道の手前で信号待ちをしていた歩行者たちが、ちらりとこちらを見たような気がして、思わず「しー!」と口の前に人差し指をたてる。誠二が慌てたように口を押え、視線を動かした。麻里はため息をついた。

指輪を買って浮かれていた数時間前の自分に“目を覚ませ”といいたい気分だった。

 それは不幸の指輪だぞ、桜岡麻里。その指輪を買って帰れば、あなたは間違いなく、幼馴染に醜態をさらすことになる……。


 麻里が頬を赤くさせている前で、誠二はまじまじと指輪と麻里の顔を見つめ、一人で色々と表情を変えた。そして最後にもう一度、本当に怪訝そうに麻里を見つめて、

「……自分で買ったの?その、ペアリングの片割れみたいな指輪を?」

と言った。麻里は肩をすくめて頷くと、毒を食わらば皿までの心境で、誠二にことの経緯を説明した。

 話を聞き終えた誠二が大きく息をはき、その場にずるずるとしゃがみこんだ。まるで大切なテストで回答欄を一つずつずらして書いてしまったかのように額に手を当て、下を向いている。こんな誠二を見るのはわりと久しぶりだ。いったい、何がそこまで誠二をおちこませたのだろうと、麻里は妙に冷静な気分になって、腕組みをして誠二を見降ろした。

「それで、水原はさっきから、何をそんなに落ち込んでいるの」

「ああ、もう……!!」

 誠二が腹立たしげにそう言って、勢いよく立ちあがった。思わずぶつかりそうになって麻里は後ろに退いたが誠二はまったく気にした様子はなく、乱暴に首の後ろをさすりながら着ていたジャケットのポケットに手を入れる。そうしてポケットの中から何かを取りだし、腹立たしげなため息とともに麻里を見ると、持っていたものを麻里に押し付けた。

「ああ、もうびっくりした!死ぬかと思った!!」

 急に背後からお化けに襲われた時のような声で、誠二が言った。麻里はそんな誠二とつきだされた小箱を見て首をかしげる。誠二がもう一度息を吐き、髪をかきあげて麻里の目を見た。

 こころなしか、どこか照れたような、バツの悪そうな顔をしている。麻里は眉をよせた。

「なにをそんなに怒っているの」

「別に怒っているわけじゃないよ!」

「どう見ても怒ってるでしょ」

「怒っていないよ!ただ、もうひたすらにびっくりしただけだから!」

「……びっくりって、」

「ああ、もう……!いいから!これ、あげるから!」

 そう言ってつきだされた小箱を、麻里は受け取った。店は違うようだが、見覚えのありすぎる大きさだ。箱の大きさと雰囲気から、開けずとも中に何が入っているのかわかってしまう。おそらく入っているのは、……指輪だ。

 リボンをといてあけてみると、やっぱり想像した通りの指輪が入っている。しかもマリッジタイプの、メレダイヤがきれいに埋め込まれた、かわいらしいデザインだ。

 誠二が首の後ろをさすりながら、途方にくれたような声を出した。

「もうさぁ、本当になんなんだよ……。ふつう、自分で自分に指輪を買って、浮かれて帰ってくる?しかもマリッジタイプの指輪。そんなもん、誤解するに決まっているだろう。ボーナスでご褒美を買うOLじゃないんだから……」

「なに、その具体的な例え……」

「姉ちゃんが時々、買ってくるんだよ!よくわからないものを!」

「ああ、めぐみさん…」

「もうさぁ、本当に俺の計画が無茶苦茶なんだけど。せっかくクリスマスだから、二人でどこかにお出かけして、そこで満を持して、きれいな景色の前とかで渡そうと思ってたのに!」

「わ、渡すって、この指輪を?」

「そうだよ」

「私に?」

「そうだよ!」

「だけど、……その、私達は別に、付き合っているとか、そういうわけじゃないでしょ?こんなもの、私に渡したら誤解される。さっき、あなたがそう言ってたじゃない!」

「…………」

「……ふつう、こういうものを渡すのは、恋人とかなんじゃないかと思うのだけど。水原は私の、恋人になりたいわけじゃないでしょ…?」

「普通になりたいけど!?」

「え!」

 麻里はびっくりして、箱を握ったまま、目を丸くした。

 向かいになっていた誠二が、ふてくされたように目を細め、じとっと麻里のことを見つめる。

「そうじゃなかったら、あんなに普段からかまわないよ!俺とお前のうわさが出た時、俺は嬉しかったのに、麻里の方が速攻で否定しまくるから、正直、かなり傷ついた」

「え……」

 麻里は目を丸くして誠二を見つめた。

 誠二が力なく視線をめぐらせて

「だから告白しようと思って指輪を買って来たのにさ。お前は家にいないどころか、指輪をつけて戻ってくるし」

「ご、ごめん…」

「謝られることじゃないけど、でも本当に驚いた。その指輪、本当に自分で買ったものなんだよね?」

「まあ、そうよ、うん」

「他に、好きな奴がいたりとか…」

「好きな奴って、そういう意味なら、別に、」

「………、」

「しいて言うなら、家が近所の水原誠二ってやつが、まあ私の周りを常にちょろちょろしていて、じゃまかわいくて、きらいじゃないんだけど、……」

「じゃまかわいいってなに。それに、俺、ちょろちょろっていう見た目じゃなくないか?わりと身長ある方だと思うけど」

「そうね」

 麻里は視線を落としながらそう言って握っていた箱の中に入っている指輪を見つめた。

 麻里が、自分では買うのをためらってしまうほどに、かわいらしいデザインだった。お店で見たら絶対に自分には似合わないと思ってしまうのに、これを、誠二が選んできてくれたことが何より嬉しい。

 おそるおそる指輪を取り出して、

「こんなにかわいいの、私に似合うかな」

と思わず呟いたら、誠二が麻里の手から指輪を受け取って、

「麻里はかわいいから、絶対にこういうのも似合うよ」

と言ってくる。

 さわやかイケメンだ。

 そのイケメンぶりを、私の前で発揮しなくてもいいのに、と思わず笑ったら、少しだけふてくされたような顔をした誠二が、麻里の右手を取って、薬指に指輪をはめた。

 きれいでかわいらしい、素敵なデザインだ。

 指輪のついた自分の手が、まるで自分の手ではないように思えてしまい、麻里は思わず息を飲む。

 満足そうにそれを見て笑った誠二が、楽しそうな表情に、いたずらっ子のような色をまぜて、

「ねえ、麻里が今日買って来た指輪、俺にくれない?」

と言ってきた。

 麻里は驚いて、自分の左手を見た。

 誠二が少し伺うような表情で笑いながら

「こっちの指輪は麻里にあげるから、そっちの、麻里が選んできた方を俺にくれないかな」

「これ?これでいいの?」

「うん」

「でもこれ、そんなにいいやつじゃ…」

「麻里が選んでくれたってだけで、俺にとっては付加価値がすごい。一生大切にするから、お願い」

「………」

 麻里は、左手のブルーダイヤの指輪をはずして誠二に渡した。

 誠二が嬉しそうに自分の薬指にその指輪をはめて、幸せそうに顔をほころばす。

 嬉しそうだ。

 麻里の贈った指輪で、こんなに嬉しそうな顔をされてしまったら、麻里ももう、それ以上、何も言えなくなってしまう。


 そんなこんなで指輪を交換した後で、せっかくだからと二人で近所にある有名なテーマパークのカフェで、たこ焼きを食べながらお茶をしていたら、どうやらその一部始終をすっかり同じ学校の生徒たちに見られていたらしい。

 次の週、二人が学校に行ったら、麻里と誠二がペアリングを交換して、その後デートをしていたことが、かなりロマンティックに脚色されて、クラス中、学校中で、かなり話題になっていた。

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はじめての指輪 なぎ @asagi-maki

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