その情熱、燃やすなら宇宙の果てで!

二八 鯉市(にはち りいち)

その情熱、燃やすなら宇宙の果てで!

 シクハ星には、何も無い。ただただ白い土地が広がっている。


 唯一。宇宙船の発着場と、そして一軒家ほどの大きさの四角い施設が建っている。それだけだ。


 今、銀色の宇宙船がゆっくりと発着場に降りてきた。

 バンドTシャツにチノパン姿の男――この施設の管理人、シュウは、窓から宇宙船を見上げた。

「ん、来たか」


 やがて、宇宙船のドアが開き、二人の女性が降りてきた。

 二人とも、二十代から三十代ぐらい。Tシャツにジーンズやロングスカートというラフな服装である。

 それぞれ、かなり大きめのトランクを引きずっている。白い大地に、トランクの跡が爪痕のように残っていく。

 二人が降りたのを見届けて、宇宙船は黒い星空へと去って行った。


 「うっわ、マジだ。本当に

ショートカットの女性が耳を押さえ、心底驚いた様子で言った。その隣の眼鏡のロングヘアの女性も、何度も何度も頷く。

「うわっ、ほんとだ……久しぶりかも、こんなに静かなの」

「ねっ」


 二人に向かって、管理人のシュウは言った。

「まきまきさんと、菜菜子ななこさんですね」

「あ、そうです」

「ではこの星での暮らし方について、注意事項をお伝えします。施設へどうぞ」

「はい」

シュウに続いていく女性二人は、どこか緊張した面持ちで――或いは、決意に動かされた顔で彼について行った。

 白い施設のドアを開ける。

 中もまた、簡素なつくりになっていた。シュウが普段使っているデスクの他に、ダイニングテーブルとイスが四脚。

 テレビなどは無く、「必要最低限」を体現した部屋であった。

 ただ何故か部屋全体に漂う南国風のコーヒーの香りだけが、ちぐはぐな生活感を醸している。


 「この通り、この星には何も無く、静かです」

シュウが言った。二人の女性は頷く。

「キッチンは自由に使ってもらって良いです。ただし、私たち管理人も使いますが」

「はい」

「お二人の部屋はこちらです」


 シュウが、廊下の奥の部屋を開ける。ガチャリ、と。近頃珍しい、物理的な鍵を回して開閉するようだった。

 白い壁、白い床、そして白いベッドに、機能性重視のテーブルとイス。

 清潔感のある簡素な部屋、あるいは独房のようでもある。

 申し訳程度に置かれた電気ケトルとインスタントスープ、携帯食のセットだけが、ここを「生活の部屋」と主張しているかのようだった。


 「好きに使ってもらっていいです」

「……はい」

ショートカットの女性、まきまきが強ばった顔で頷く。他方、菜菜子と呼ばれた方の女性は、この何も無い部屋を見て、どこか挑むような笑みを浮かべていた。

「そもそもここは簡易研究拠点として作られた施設ですので、宿泊施設としてあまり快適ではありません」

シュウは大して感情らしい感情をみせず、説明を続けた。

「もちろん、トイレや風呂、洗濯機などの最低限の設備はあります。ただし、このような星ですので節水を心がけてください」

「わかりました」

二人は頷いた。その目はまだ緊張している。


***


 「では契約書の記入をお願いします」

「はい」

荷物を置いた二人は、先程のリビングに戻った。


 テーブルの上に置かれた書類には、

「どんな命の危機が起きても管理者に責任を問わない。法的に訴えない」

「規定された日数まで宇宙船による迎えが来ないことを理解している」

という旨のが書いてある。


 その文言に多少動揺を見せながらも、それでも怯まずに淡々と書類を書く二人。その時だった。部屋の一角――アトリエに繋がるドアがガチャリと開いた。ヘッドフォンを首にかけた若い男が顔を出す。

「おっ、新しい情熱の塊がやってきたようだゾ! どんな輩だァ!?」

「こら」

シュウがたしなめてから、二人に向けて言った。

「もう一人の管理人、ヒスイだ」

「どもどもどーもー。いやいや、こんな宇宙の果てまでご苦労様。何もかもがそろった便利な星から離れて、こぉーんななんっっっっにもない星まで来るなんて、よほどですナ!」

ニヘニヘと笑うヒスイ。小さくため息をついてから、シュウは言った。

「気を悪くさせてすまない。こいつはこういう奴だが基本的にアトリエからは出てこないから」

「いいえ。あの、私達だって、ここに好きで来てるのは事実ですから」

まきまきの言葉に、シュウは硬く首を振った。そして、興味深そうにひょいひょいと二人に近づこうとするヒスイの首根っこを掴み、言った。

「俺が解せないのは、こいつがだな。ここへやってくる誰かに対してとやかく言える立場なんかじゃないってことだ」

「え?」

首根っこを掴まれたヒスイは、「ニヘニヘ」と笑った後、油絵具に塗れた指を広げて、二人に見せた。

「アタシはただ、アトリエにこもりたいだけ!」

「っていうわけだ。好きで長く暮らしてるんだよ。だからこそ、ここに客として来る人間の事なんて、絶対にとやかく言えない」

「えぇー? シュウくんだってアタシに何か言えた立場じゃないよぅ」

ヒスイの絵の具まみれの指が、部屋の一角を指した。


 「え、あれって」

菜菜子が興奮した声をあげた。そして部屋の隅へと駆け足ですっ飛んでいく。

「こ、これ、CDプレーヤーじゃないですか? 歴史の教科書で見たことあります」

「……ああ、そうだ」

シュウは困ったような苦いような顔を浮かべ、自身のバンドTシャツを指した。

「いかんせん、古いバンドが好きなもんでね」

声に感情の乗らないシュウに対して、だが、菜菜子の興奮は収まらない。

「そ、そっかCDでしか音源が残ってないってこともあるんですね。そっかそっか、うっわーすごい。初めて実物見た……! ごめんなさい私こういう古い機械大好きで……えっと、これがあれば音楽が聴けるんですよね?」

「そうさ」

そう言ってから、シュウはハハッと降参したように笑った。隣でヒスイがニヤニヤと彼を見上げている。そんな様子を見てまきまきは戸惑う声で言った。

「ど、どうしたんですか?」

「いいや。ま、確かに宇宙の果てで、毎日音楽鑑賞に勤しんで、ギター弾いて。そして毎朝わざわざコーヒー豆を挽いて、あえてヤカンでコーヒー淹れてる。……俺もコイツと変わりない、変わり者だなと思ってな」

「それは……えっと」

言いよどむまきまきに変わって、

「確かに、否めないですね」

きっぱりと言い切る菜菜子の声が勇ましく、一同は緊張感が砕けたように笑い合った。


 ひとしきり笑い合ってから、シュウはやれやれ、と言った様子で、優しい声で言った。

「ま、頑張れ。泣いても笑っても、これから5日間迎えは来ないんだから。体調だけは気を付けて」

「「はいっ」」

「じゃあアタシはアトリエ戻るね~バイバイ」

ヒスイが手を振る。まきまきと菜菜子は小さく会釈をした。


***


 宇宙の果て。ただ白いだけの、何も無い星。


 数十分後。身支度を整えたまきまきと菜菜子は、部屋のテーブルの上に様々な道具を用意した。まきまきは柴犬のヘアピンで前髪をとめ、菜菜子は好きなキャラクターをモチーフにした髪ゴムで髪を一つにくくる。

 テーブルの上はカオスと整頓が入り混じっている。詳しく述べるなら、まきまきの方の手元は何もかもクリップや付箋などでまとめられているが、菜菜子の方は資料もおやつも何もかもとっちらかっている。


 さて。いよいよ二人の目は、熱い情熱に燃えている。

「すっごい静かだね、ここ」

「うん」

「来てよかった」

「本当に」


 頷きあう。

 二人の部屋の窓からは、ただただ白いだけの大地が遠くまで続いている。何も無いのだ。


 「がんばろうね」

「うん」


***


――人間の脳に端末を埋め込み、直接インターネットに接続できるようになった近未来は、それはそれは便利であった。


 スマホを無くす、という事が無くなった。

 両手が使えない状況下でも、脳内で調べ物や文書作成、事務作業ができるようになった。

 脳内に直接音楽や動画が響く世の中では、イヤフォンやヘッドフォンというものが過去の遺物となった。 


 だがもちろん。

 長所があれば、短所もある。


 だから、まきまきと菜菜子の二人は。今、のだ。


 「じゃ。始めようか」

「うん」

漫画の作画資料を用意。ネーム或いは下書きを表示。そして、二人はそれぞれ、ペンタブレットのペンを手に取った。

「よっしゃ!」

「いやーマジで締め切りまであと2週間とか信じられんのだが」

「それな。ひとまず表紙だけはなんとかしたが本文まだ何も進んでない」

「ウケる。でもアタシまだ表紙できてないから」

「やっば」

「いやいや、でもさあ」

HN.菜菜子は、HN.まきまきに向けてにやりと笑った。

「こんな宇宙の果てで5日も時間あったらなんとかなるっしょ。なんかアタシ、2冊目作れる気がしてきたわ。根拠ないけど」

「はーナナちゃんがまたなんか言ってるわ……って……一言投稿したいけど、ここ電波無いんだった」

「わかるわ。ほら、作業始めよ」

「うん。……ありがとう、こんなところまで付き合ってくれて」

「いいよ。後でレポあげようね。宇宙の果て原稿合宿レポ」

「最高じゃん」


 SNS、動画サイト、ネットニュース、『ちょっと調べ物するだけだから』の為の検索――からの2時間のネットサーフィン。


 ありとあらゆる誘惑を遮断し、己を追い詰める極限の同人誌原稿合宿。


 宇宙の果て。

 ただただ何も無い白い星に今、それぞれの滾る情熱が燃えている。

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