リバーシな俺らのブルーな日常は、こうして輝いた

卯崎瑛珠@初書籍発売中

リバーシな俺らのブルーな日常は、こうして輝いた


 中学二年という多感な年の俺は、とにかく毎日嫌気がさしていた。小学生のころから公園で遊びまくり、リトルリーグに入り、中学で野球部に入ったところまでは普通だったけど。

 

 嫌気がさしているのは、俺の見た目のこと。

 

 外で練習していれば年中日焼けしているのも当然だが、それ以上に地黒。おまけに爪楊枝を乗せられるという、誰も得しないまつげの量と、ややだんご鼻に真っ黒で濃い眉毛を持っている。

 

 そんな俺は、完全に『南米』だ。欧米ならまだよかったのに。

 

 その証拠に、部活の試合などで俺の顔を見るなり、誰もが「ナニジンデスカー?」と無遠慮になぜか片言な日本語で聞いてくる。しかも――


「普通に日本人ですが」

「えぇ~?」


 といった反応がほとんどで、本気で腹が立つ。それってどういう意味ですか、と聞くとあいまいに笑われるのがオチだ。もうあきらめた。

 部活から帰宅後は、砂ぼこりと汗を落とすために風呂場へ直行する。風呂上がりに洗面の鏡を見る度、溜息が出る。黒い。LED照明も俺の黒さには完敗している。影絵か? いや俺だ。


「あさひー? ごはんよー?」


 風呂から上がったのを、バコンという扉の開閉音で判断している母親が、キッチンから叫ぶ。

 ダメ押しなのが、俺の名前が『朝陽あさひ』ってことだよ、母ちゃん。全然明るくない。俺、真っ黒だよ。


「あさひー?」

「今行くってば!」


 頭をタオルでガシガシ拭きながら、怒鳴り返す。

 鏡から目線が逸れると、自分の真っ黒な心からもようやく解放された。なんで毎日こんなことでイライラしなくちゃならないんだろう。

 

 今夜のおかずのことでも考えよう。腹減った。食って、寝る前にスマホでちょっと何かの動画(刺激的じゃないやつな)見て、さっさと寝よう。宿題? 明日教室で誰かの写させてもらおう――女子たちに『よるぴ』て呼ばれてても、気にしない。気にしないんだよ俺は。


 夕食は、親子丼だった。

 上に乗った具があっという間に無くなったので、漬物とタレだけでご飯を二回おかわりし、三回目のおかわりは味噌汁に放り込んでから口の中へかきこんだ。

「良く食うなぁ」と楽しそうに笑う会社員の父親と、「そうなのよ~おかげで食費が全然足りないんだから」と愚痴るスーパーでパートをしている母親。


「ごちそうさま」

 

 そうやって時々ウザイ思いをしながらも、普通の日常を過ごしていた俺が部活帰りに出会ったのは――俺とは真反対の、真っ白な奴だった。



 ◇



 中学の正門から出て、家までの道の間には二軒のコンビニがある。一軒目は、誰もが知っている緑色の看板のコンビニ。もう一軒は、昔は酒屋だったのを無理やりコンビニ形態に進化させた、オリジナル店だ。俺らの間では、キッパリ『コンビニ』『酒屋』と区別して呼ばれている。俺がよく寄るのは、『酒屋』の方だった。コンビニには高校生がよくたむろっているのが面倒だなと思っているからなのだが、この日は酒屋の定休日で、時刻は夜七時過ぎ。七月になったばかりだというのに既に暑くて汗が止まらず、絶対アイスを買うと心に決めていたので、珍しくコンビニへ向かう。

 

 上は下着を兼ねている半そでTシャツ、下は汗と砂の着いた練習着で、重いエナメルバッグを肩にかけたまま店内に入るのは申し訳ないと思ったけれど、ぱっと買ってぱっと出よう、と脳内でいくつかアイス候補を想像していた。

 

 するとコンビニ前で、高校生が誰かに絡んでいるのが目に入った。

 

「すげー髪の色」

「生意気じゃね?」

「てか目の色もすげー。なに? カラコン入れてイキッてんの」


 髪の色や目の色が『イキッている』ことになる理由が、俺にはサッパリ分からない。

 けれど、関わらない方が良いに決まっている、と脇をするりと素通りしようとすると――


「いまむ……」


 絡まれている男が、高校生の隙間から声を発した。いまむ? 今村は、俺の苗字だな? と反応して振り向いてしまい、目がぱちりと合ってしまった。

 相手は明らかに、動揺している。俺も当然、呼ばれると思ってないので、動揺して「ん?」と言ってしまった。


「あ?」

「なんだ、おともだち~?」


 ヘラヘラしながらこちらを見てくる高校生たちが、俺の顔を見て「え。ナニジン?」とお決まりのセリフを吐く。

 だから俺はこう返した。わざと大きな声で、カタコトで。

 

「ケイサツ、ヨビマスカ?」

 

 ……我ながらひどい。

 ひどいが、たまたま道を歩いていた会社員や女性が、ギョッとしたような顔でこちらに注目してくれた。

 

「ちっ」

「めんど」

「いこうぜ」

 

 絡んでいた高校生たちは、大人に見られたことで我に返ったのか、めんどくさそうな態度で去っていった。あの制服は確かこの地域でも有名な底辺校。ローファーのかかとは踏むしズボンの裾は基本引きずっているのでボロボロだし、金髪や赤髪だし、むしろイキッているのはそっちじゃね? である。

 ともかく、変なことにならずに済んだぞやれやれ、とコンビニに入ろうとすると、「あの」と呼び止められた。


「ん?」

「ありがと……」

「いえい、え」


 言葉に詰まったのは、ちょっと許して欲しい。

 コンビニの明かりに浮き上がったのは、髪の毛も肌も真っ白な男だったからだ。

 しかも目の色も、夜の明かりでは何色か判然としないが、明らかに左と右で色が違う。


「……知り合い、でしたっけ?」


 次に口をついて出たのはそんなセリフだった。あんたは何も考えてないって母親によく怒られるのを聞き流していたけれど、今日ばかりは反省する。

 なぜなら、相手が少し傷ついたような顔をしたからだ。


「……いちおう、クラスメイト……」

「え!」


 申し訳ないが、こんな目立つ存在が教室にいた覚えが全くない。驚く俺に向かって、彼は早口で弁解しはじめた。


「あ、でも! 引っ越してきたばかりでまだ教室には行ってなくて。その、今のはね、こんな見た目だから。帽子、風で飛んじゃってそれで見られて、なんか絡んで来てその」

 

 彼は華奢な体の前で、ぎゅっとキャップを両手で握りしめている。それが、先ほど言っていた風で飛んだという帽子なのだろう、と思いつつ、夜の空気の中でも目立つ真っ白な手の甲に目が行ってしまう。

 

「あー、それはやだったね」

「!」


 見た目で絡んでこられることの嫌さを、俺は本当に腹の底から嫌と言うほど知っている。


「俺もこんな見た目だからさ。さっき見たろ。ナニジン? てよく絡まれる」

「え。かっこいいのに」

「は?」

「あーあー、えっとね。あ! お礼させて」

「いらないよ、礼なんて」

「ああああの僕その。今日、思い切ってひとりで外に出たんだ。だから良かったらコンビニの買い物の仕方、教えて欲しい」

 

 へたくそか、と思った。

 買い物の仕方、知らない奴なんていない。つまりただの口実だろう。

 でも彼があまりにも真剣な様子だったので、俺は笑って頷く。


「いいぜ、その前に名前教えろよ」

「そだった! 黒沢あおい……同じ二年二組だよ」

「おう。俺、今村朝陽あさひ。んで、何買うの?」

 

 ――真っ白なのに、アオイ。黒いのに、アサヒ。


 俺らはよく似ているのかも、と思ったのが第一印象だった。真反対だけど。




 ◇



 翌朝の二年二組の教室には、当然アオイの姿はなかった。その代わり、窓際一番後ろの席である俺の背後の掃除用具ロッカーの前に、誰も使っていない机と椅子がワンセット置いてあることに気づいた。


「まっしろ?」

「声がデカイ」

「ごめんて」

 

 クラスメイトの凛久リクとは、席の前後だからか、よくしゃべる。俺が一番後ろで、リクは俺の前の席だ。俺とは違って、女子全員こいつを一回は好きになるという学年一のイケメンオブイケメン。学校のトップアイドル。上級生も下級生も、大して用はないくせに二年二組前の廊下をうろつく理由は、大体コイツだ。

 ただし中身は非常に残念なことは黙っておこう。未だに「はっぱろくじゅうさん?」ていうぐらいの学力だからだ。

 

「よし。リク様が調べてやろう」

 

 両親共働きで夜も遅い、という理由でもって学校へのスマホの持ち込みを許されているリクは、俺たちに青少年あるまじきあれやこれやを供給することで、イケメンと騒がれつつも男子人気も衰えないすごいやつである。

 そいつが『教室ではスマホを見てはいけない』という校則を爽やかに無視して、机の下で画面上をタップしている。

 

 はっぱろくじゅうよんは分からないが、フリック操作は恐ろしく速い。

 

「あるびの」

「あ?」

「あるびのて言うらしい」


 聞き覚えの全くない単語に、今度ははっぱろくじゅうごか? とか考えてしまう。


「……あさぴ今、俺のことサゲただろ」

「あさぴ言うな。ごめんて」

「いーけどさー」


 スネたフリで両頬を膨らませるだけで、横の列の女子たちがキャッキャ言う。

 お前はなんて恐ろしいやつだ、リク……と俺はいつも感心している。


「あさぴだから、許すんだからねっ」

「ヤメロ、キモイ」

「ひどいー」


 でもたまにやるこういう『ぶりっこ』はまじで止めて欲しい。俺からしたら、キモイしかない。

 ああほら、無駄に色めき立つじゃねえか。教室のテンションを無駄に上げるな。


 ――キーンコーン、カーンコーン。


 チャイムに救われたと思いつつ、俺は机の中の教科書とノートをまさぐって出し、忘れないようにノートの隅に小さく『あるびの』と書いた。


「あー、朝のホームルーム始める前に、ちょっと話がある」


 担任は、数学教師の牧野だ。まきちゃん、と呼ばれている三十代の独身は、もさりとしたジャージ姿で寝ぐせもあまり直さない。そのゆるいところが逆に人気でもある。

 

「今日からこのクラスに、転入生が来る」


 ざわめき始めるクラス全体に向かって、まきちゃんは両腕を挙げて落ち着け、という仕草をする。さっきリクが無駄に上げたテンションが裏目に出てるぞ、と前の席のつむじを意味なく睨む。


「紹介する前に、彼の事情を軽く説明させてくれ」


 俺の心臓が、ドクンと跳ねた。絶対にアオイのことだと確信したからだ。そして、リクに調べてもらうまでもなく、先生が話し始めた。


「事情っていうのはな、彼は珍しい病気だからだ。見た目が人とはかなり違う」

「それって、うつらないんすか?」


 病気と聞いて一番に声をあげたのが、お調子者の林田だ。教卓前の席で、いつも堂々居眠りしている、サッカー部員。


「皆には絶対にうつらないし、病気というより体質と思ってくれた方が良いだろう。先生が口で言うより、実際に見た方が早いな……黒沢」


 まきちゃんが廊下へ顔を向けると、養護教諭が付き添いながら、アオイが入ってきた。目深にベースボールキャップを被り、レンズの分厚いぐるぐるメガネに、白い不織布マスク。制服は俺らと同じなのに、完璧な銀行強盗スタイルだ。


「うわ、ドロボー!?」


 その姿を見るなり、林田が案の定おちゃらけると、皆遠慮がちに笑い声を漏らした。


「林田。茶化すな。黒沢は、『アルビノ』という体質で産まれてきた。聞いたことはあるか?」


 まきちゃんが黒板にカタカナで『アルビノ』と書いた後で首を巡らせるが、全員首を傾げている。もちろん、俺もだ。ひらがなじゃなかった、カタカナだった。こっそりノートの端に書いた文字を線で消して、カタカナを下に書いておく。

 

「生まれつき、色素が薄い」


 まきちゃんのセリフで、意を決したように、アオイが帽子とマスクを取った。息を呑むクラスメイトの前で、彼は肩を震わせながら、声を出した。


「……黒沢、アオイです。よろしくお願いします」

「うわ! しろっ! え? 白いのに黒沢!?」


 ――林田は、ちょっとだまれ。

 アオイは、林田を困ったような顔で見てから、喋りだした。


「あの、こんな見た目ですが、普通の人間です。でも、日光には弱いです。あと、視力も弱いです」


 それからまきちゃんが、引っ越してきたばかりだから仲良くな、と当たり障りのないことを言って、俺の背後にある机へ目線を向けた。あ、これ俺が呼ばれるやつだな。


「あー、今村」

「はい」

「その後ろの机、お前の隣に出してくれるか?」

「はい」


 窓際一番奥、俺の席の横一列は誰も居ない。つまり俺ひとりが溢れている感じで座っていた。隣には誰も居ないことがかえって気楽で、この席を気に入っていた。


 俺は即座に立ち上がり、机をズリズリと引き出し、俺の机と並べる。


「今村の隣に座ったら、そこオセロじゃん」


 またふざけたことを言う林田の脳天を、是非数学の教科書の角で叩きたい。てかオセロじゃない、リバーシだ。


「林田、いい加減にしろ」


 さすがのまきちゃんも、イラッとしている。

 周囲の女子たちは、林田の度を越した無神経っぶりに苦笑の嵐だ。だからモテたい! てサッカー部に入ったくせにモテないんだよ。


 その間に、とことこと教室の後ろまでやってきたアオイが、俺の目の前に立ってにこりと笑った。眩しい。窓際にいちゃいけない存在じゃないか。陽の光よりも眩しいぞ。昨日は動揺していて視界に入っていなかったが、よく見ると綺麗な顔立ちをしていた。それこそ欧米だ。

 

「あー……よろしくな」

「うん、よろしく」

「今村ぁ! あとで校内の案内頼んでいいか?」


 前から飛んできたまきちゃんのお願いには、無言で頷いておいた。


「なあ、なんで俺の名前知ってたんだ?」


 こそりと聞いてみると、アオイはいたずらっぽい笑顔で「ひみつ」と返事した。これは案内と言う名の質問タイムだな、と心に固く誓った。




 ◇


 


 昼休み、教室で給食を食べた後にふたりでダラダラと校内を歩きながら、早速聞いた。

 

 俺の名前は、学校見学に来た時に見かけて、まきちゃんに教えてもらったらしい。視力が弱くても、俺の特徴的な見た目はすぐに分かったのだとか。良いのか、悪いのか。


「こんなこと言われるの嫌かもだけど、なんか僕と似てるかもって思って……あと、ゴメン!」

「いや、俺も似てるなって思ったし、いーよ」

「そうじゃなくて。昨日、思わず名前呼んじゃって。巻き込んで本当にゴメン」

「いやいや。そりゃ困ってる時に知ってる奴みたら、呼んじゃうっしょ」

「……優しいね、今村くん」

「アサヒでいーよ」

「んじゃ僕のことも、アオイ。ね?」


 こてんと首を傾げるアオイは、完全にあざと男子だ。その顔立ちでその仕草は、ずるい。


「わーった。いやー、やっぱ俺ら似てねーわ」

「え!? なんで!?」

「だってアオイ美人系だもん。俺南米系だし」

「ええ!? そんなことないよー」

「フォローはいらねー。密売人とか、マフィアとか言われんもん」

「誰がそんなこと言うの」


 ぷう、と横を歩いているアオイの白い頬が膨れる。

 なんか冬にこういうお菓子あったよな。コンビニで、餅みたいなのに包まれてる、ケーキみたいなの。中には真っ赤なイチゴ――と考えながら、俺はポンとそいつの名前を言う。


「林田」

「うわ」


 ぎゅん、と眉間にシワが入ったのを見て、俺はゲラゲラ笑ってしまった。


「もー、笑わないでよ」

「だってさ、一瞬で嫌われすぎだろ」

「そりゃそうでしょ」

「ぶふ。あいつあれで、リクに対抗してんだぜ。あ、リクって俺の前の席のアイドルみたいな奴な」

「いやそれ、笑えないんだけど」

「ギャハハ!」


 さりげなく毒舌なアオイとの会話は、テンポが良い。つまりリズムが合う、相性が良い、なんかそんな感じだ。


「あれー、あさぴが爆笑してる!」


 教室から出てきたリクに見られた。


「あさぴ言うな」

「妬ける〜」

「きっも」

「ねーねー、トイレいこーよー」

「だからいちいち連れション誘うなっての」

「おねがーい」


 これには致し方がない事情がある。

 リクと言えば、廊下を歩けば告られる男。ただただめんどいのだそうだ。俺はその、女避け。報酬は、ジュースやチョコだ。


「アオイも行くか」

「え、いいの?」


 アオイが遠慮がちにリクを見ると、ばちん! と鮮やかなウインクが返ってきた。ファンサえげつない。


「いーよー! 俺といると目立っちゃうけど、ゴメンねー!」

「おっまえなぁ。ドン引き」

「! あはははは!」


 自意識過剰なリクの発言にドン引く俺とは反対に、アオイが腹を抱えて笑い始めたのには驚いた。

 

「え? え? なんで爆笑!? 嬉しいけど!」


 リクが、キラキラの目で問い詰めると、ひー、ひー、と苦しそうに呼吸をしながらアオイが言った。


「はー、くるしー。あのね、僕ね、人生で僕より目立つ人、初めて! 嬉しい!」

「!」

「うわー、うわー、俺役に立っちゃった! やったね!」


 学校のアイドルと、真っ白美人と、密売人。

 だいぶ濃いキャラの三人が仲良くなったのは、自然なことだった。だがそれを良く思わない奴も、当然居るわけで。


「目立つからって調子乗んなよ」

「なんであんなのがリクと居るのー」

「てか、白いからって体育免除? ムカつくんだけど」

「病気じゃなくて、染めてんじゃない?」

「金髪ずるーい」


 特に新人は、目をつけられやすいもんだ。

 けど、アオイは良い奴だから、みんなもちゃんとアオイのことを知ればそのうち収まるだろう。俺はそう気楽に構えていた。


 


 ◇




「無視すんなよ」

「してない」


 夏休み直前、ホームルーム前の二年二組の教室の入口で、林田がアオイに向かってイキり散らかしていた。


「調子乗んな」

「乗ってない」


 アオイは儚い見た目とは裏腹に、芯があるやつだ。

 

「おい、どした」


 登校したばかりの俺はカバンを背負ったまま、ふたりの間に割って入る。


「今村は黙ってろよ」

「なに怒ってんだってば」

「関係ねえだろ」


 俺にはなんとなく原因が分かっている。

 女子にモテたくてたまらない林田は、アオイが女子たちに美人だと騒がれているのが気に入らない。さらに、学校のアイドルであるリクと仲が良いのも気に食わない。おまけに、体育の授業を全て免除されていることが特別扱いだとお怒りだ。

 つまり、ただの八つ当たり。

 けどそれは林田だけじゃない。うっすらと同じような考えの奴らも、何人か観測していた。


「無視って何した? アオイ」

「僕、視力が弱いから、見えないんだ。誰か分からなくて……」

「あー。林田、まきちゃんも最初に説明してただろ?」


 授業中は瓶底メガネだし、歩く時は重すぎて痛くなる、とそのメガネは外している。大体0.3くらいしか見えないと言っていた。

 

「声で分かんだろが! 病気利用すんなよ、ずりぃ」

「っ!」


 その林田の発言は、絶対言ってはいけないことだった。

 本人は頭に血が上って気づいていない。


 アオイは両目に涙をいっぱい溜めて、キッと林田を睨んだ。


「っぼくが! 望んでこうなったと! 思ってるの!? 林田くんはずるいよ! 健康だもん!」

「はあ? お前だって毎日学校来てんじゃん。病気とかいって」

「っ僕みたいに、日光でヤケドなんて、したことないんでしょ! ……夏に、僕は死んじゃうかもしれないのに!」

「夏に、死ぬってどういうことだよ? バカじゃね? 大袈裟……」


 俺は、衝動的に林田の顔面を殴っていた。

 

 あれ、拳が熱い。なんでだ? と首を捻る間に、林田が軽く吹っ飛んだ後、床に転がっていた。

 ああ、俺、殴ったのか。

 あまり実感が湧かず、自分の手の甲を眺めていると、

「きゃあああっ!」

 事の成り行きを見守っていたクラスメイトが悲鳴を上げた。


「おいおい、どうした!?」


 教室にやってきたまきちゃんが、血相を変える。

 床に寝転がる林田を起こそうとワタワタと手を差し伸べるまきちゃんに、林田が「今村に殴られた! 暴力だ!」と騒ぎ出し、収拾がつかなくなってきた。


 ――アオイと俺は他の空き教室に移動させられ、先生たちから事情を聞かれ、説明すると「気持ちは分かるが、暴力はいけない」と当たり前のことを言われた。


「言葉の暴力は良いんすか? 一方的な攻撃から守るには、殴るしかなかったっすよ」


 俺の言葉に、ちゃんと答えられる先生はいなかった。ま、そりゃそうだよなぁ、だ。


 すぐに俺の母ちゃんが生徒指導室まで呼び出され、説明したら「表向きはごめんなさいするけどね。よくやった、アサヒ! お友達を庇うとかヒーローじゃん!」と感動された。

 さらにアオイの母ちゃんにも涙と一緒に感謝され……前の学校でも同じようにイジメられて、あまりに酷くて実家に避難したんだとかなんとかいう、深刻な事情まで暴露されてしまった。背後でアオイが真っ赤になってプルプルしてたので、笑っちゃったけど。



 結局俺は厳重注意(実質お咎めなし)になった。

 林田の母親は、最初こそ俺を責めようとガルガルしていたが、アオイ自身が涙ながらに俺の無実を訴え、クラスメイトたちも状況を見ていたことから、問題にはしないことで決着した。

 

「うちの息子が軽口を叩いたのかもしれませんけどね。殴るのは間違ってますからね!」

 

 これには、俺の母ちゃんが殴りかかりそうだった。うん、これは完全に母ちゃんの遺伝だな。


「軽口と仰いますが。アオイに向けたご子息の言葉の暴力を、私は絶対に忘れません。もう一度同じことがあった場合は、教育委員会を通じて然るべき抗議をさせていただきます」


 アオイの母ちゃんも負けてない。うん、アオイの芯の強さも母ちゃんの遺伝だな。


「っ」


 非を認めないのは、林田の母ちゃんからの遺伝かぁ。

 人って面白い。

 俺は違うと思ってても、繋がってるもんなんだなぁ。


「おかえり、ボス」


 三時間目が終わった頃に教室へ戻ると、リクに笑顔で迎えられた。


「ボスってなんだよ」

「だって、マフィアのボスじゃん! チョーチョーかっこよかったあさぴ〜」

「うっざ」


 リクは気にせずニコニコとアオイを振り返る。

 

「アオイも大変だったね〜」

「ううん。ボスのが大変」

「おいおい、アオイまでボス言うな」

「ふふ。ごめんね、騒がせて」

「ううん。林田くんは〜、病気の子に悪口言う〜さいってい野郎だーって結構でっかい声で言っちゃったけど良いよね? キャハ」


 俺とアオイは顔を見合わせてから、リクをじっと見つめて言った。


「「鬼」」

「えぇ〜?」


 あきらめろ林田。お前がこの学校でモテることは、一生なくなった。


 アオイが、キラキラ輝く青い色の瞳で笑う。右が濃い青、左が薄い青だ。きっとお前の母ちゃんは、この瞳の色を見て名前を決めたに違いない。


「ありがと。僕、分かったよ」

「分かったって?」

「なにが〜?」

「誰も僕のこと分かってくれなくたって。二人が分かってくれてたらそれで良いんだ!」


 今度は、俺とリクが顔を見合わせてから、アオイを見つめた。


「いやいや、ちゃんと知ってもらおうぜ」

「そうだよ〜せっかくだし〜」

「あははは!」


 楽しそうに笑うアオイと、夏休みはどこに行こうか。

 俺の肌の黒さが気にならない季節は、元から好きだったけど、これからは一年中気にならなくなるかもしれない。

 真っ白な友達とリバーシみたいに並ぶのは、楽しいから。

 

 野球部の練習、宿題、進路。

 新しい友達と、思い出。

 そうだ、花火大会なら、夜だし大丈夫だろう。あとで誘ってみよう。


 ――俺らの未来は、こうしてどこまでも続いていくんだ、とキラキラの青い目を見ながら、思った。

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