第四十四話 ともえさんのくび

 先日、かつて小説の取材先で知り合ったⅠさんという女性と再会した折に、こんな質問を受けた。

「私が小さい頃に読んだ絵本で、すごく怖いのがあって……。東さん、そういうの詳しそうですけど、知りませんか?」

 何でもその絵本のタイトルは、『ともえさんのくび』というらしい。あいにく僕は聞いたことがないし、検索しても、何も引っかからない。

 いったいどんな内容なのか、と尋ね返すと、Ⅰさんは『ともえさんのくび』のストーリーを、僕に語って聞かせてくれた。


 主人公は、マイちゃんという小さな女の子だ。

 マイちゃんはある時、お母さんから、こんなお願いをされる。

「ともえさんのくびを、さがしてきてちょうだい」

 お母さんの後ろには、首のない女の人が転がっている。服は、お母さんが普段着ているのとそっくりだ。

「くびをみつけないと、たいへんなことになるのよ」

 お母さんからそう言われてマイちゃんは、ともえさんのくびを探しに出かける。

 歩いていくと、大きな木が生えていた。木の枝に、女の人の首が引っかかっている。

「もしかして、あなたはともえさんですか?」

「そうよ。わたしはともえよ」

 首がそう答えたので、マイちゃんは喜んで木に登り、首を取った。

 ところが引き返す途中、目の前に悪魔が現れる。

「マイちゃんのもっているくびは、ともえさんではないよ。ともえさんのくびは、おれがもっているよ」

 悪魔はそう言って、新たな首を差し出してきた。木に引っかかっていたのとは、別の女の人の首だ。

「あなたがともえさんなんですか?」

「そうよ。わたしこそが、ともえよ」

 そこでマイちゃんは、二つ目の首も持って帰ろうとする。するとまた途中で、今度はサンタクロースが現れる。

「あくまにだまされてはいけないよ。ともえさんのくびは、ここだよ」

 サンタクロースはプレゼントの箱の中から、また別の女の人の首を取り出した。

 マイちゃんはわけが分からなくなって、叫んだ。

「いったいどれが、ほんとうのともえさんなの?」

「わたしよ」

「いいえ、わたしだわ」

「わたしいがいはみんなにせものよ」

「なんだと」

「なにを」

 三つの首はそれぞれがともえさんを名乗り、喧嘩し始めた。

 マイちゃんは仕方なく、首を三つとも持ち帰った。それをお母さんに見せると、お母さんは冷たい声で言った。

「これでは、どれがともえさんのくびだかわからないわ。かわりに、マイちゃんのくびをもらうわよ」

 マイちゃんは首を切られ、胴体がその場に転がった。その拍子に、女の人達の首は、どこかへ飛び去って行った。

 マイちゃんの首は、お母さんの後ろに倒れていた、お母さんの服を着た誰かの胴体にくっついた。

 そうして立ち上がって待っていると、そこへ別の女の子がやってきた。誰かの胴体にくっついたマイちゃんの首は、女の子の前に立って、こう言った。

「ともえちゃんのくびを、さがしてきてちょうだい」


「……という話なんですけど、どう思います?」

 Iさんは語り終えると、笑顔で僕を見た。僕は少し考え、答えた。

「子供向けの絵本を装った、高学年向けのホラー……といった感じですね。そういうの、たまにありますよ」

「いや、そういうことではなく――」

 そこまで言ってIさんは、手にしていた大きなボストンバッグを、ぐいっと僕に突き出した。

 バッグが、もそもそとうごめいている。

「ともえさんのくびは、どれでしょう」

 Iさんは笑顔で、僕に言った。


   ◆


 これをよんでいるあなたに、おねがいがあります。

 ともえさんのくびを、さがしてきてください。

 くびをみつけないと、たいへんなことになります。




  *


 『絵本百物語』に曰く、三人の悪党がいさかいの末に殺し合い、互いの首を斬り落とした。三つの首は海に落ちてなお、口から炎を吐き、争い続けたという。題して「舞首まいくび」である。

 「ともえさん」とは「ともえ・三」の意味だろうか。

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桃山怪談 東亮太 @ryota_azuma

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