牢獄逍遥記

色街アゲハ

第一話 斯くて、語り手は自らを牢獄に閉じ込める。

 何時の頃からか、自らを牢獄に閉じ込める、と云う妄想に取り憑かれて、頭から離れなくなった。


 暗くざらついた石の壁、高い所に小さく穿たれた窓から射す僅かな光が、部屋を薄く照らし、自分は有り余る時の殆どを、思索に費やしている。


 襤褸同然の毛布に包まりながら、殆ど這う様に部屋の中を動き回る事しか出来る事は無く、今置かれている状況とは全く関係なく、自由に想像の羽を広げ、何時しか現在自らが置かれている境遇も忘れて、思索にのめり込んで行く。


 身体的な自由を極限までに制限された反動からか、却って想像の領域は留まる事を知らず、何時しか牢獄としての意味は失われ、精神の内なる探索を行う上で、この上なく適した場所としての役割が、替わりに浮かび上がって来る。


 そもそも、この状況が自ら望んだ物であり、他者に強いられた物でない以上、最初から牢獄としての意味合いが薄かったのかも知れない。


 それどころか、煩わしい世間から遠く離れて、思う様己の妄想に耽るために用意された場所、極めて心地良く秘密めいた所、誰にも邪魔されない外界の影響を完全に廃した結界として機能し、しかも、己だけの楽しみに耽る事への後ろめたさを和らげる、‶閉じ込められた″と云う言い訳も用意されている、使用者にとって実に都合のいい、隠れ家としての、これは巧妙に姿を変えた物なのだろう。


 籠の中の鳥は、嘗て世界の中に見い出し、自身の中で育んで行った自分だけの夢、そして、年月の経るに従って擦り切れ、見る事も稀になってしまった夢、それを再び取り戻す為に、想像の羽を今一度、大きく広げるのだ。

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