第八話 何処にも行けない。

 例え自身が何処に居ようとも、そう、閉じ籠って居た部屋を出て、風通しの良い外を出歩いて、どんなに広々とした景観を目の当りにしたとしても、己の心に施した錠前が固く閉ざされている以上、何処に出向いた所で、自身の内に有る何かを閉所に押し込めた様な、重苦しい感覚が消える事は無い。


 目に映る物全てが、鉛を鋳型に流し込んだ様な鈍色の、何れも同じ、何ら語り掛けて来る事の無いオブジェとしか感じられず、大小に拘らず、其れ等は心の中でその大きさを増して行き、ゆっくりと平衡を失って倒れ掛かり、終いにはこの身を圧し潰してしまおうとする。


 自身の内に掛かった鍵が、自らの手で自身を幽閉し、固く鎖されたこの鍵が、この牢獄の世界から他の場所に行く事を許してくれない。


 遅かれ早かれ、心の安寧を求めて閉じ籠った筈の、他ならぬ自分自身にこの身を滅ぼされる事になるのだろう。


 固く鎖された錠前を開ける為の鍵は、既に失われて久しかった。


 もう、何処にも行けない。


 嘗て、自身の夢を乗せ、まだ見ぬ世界へ羽ばたかんと大きく広げた翼。


 今やそれは地に落ち、往来を走る車に幾度も踏みにじられ、見る影も無くなってしまった。


 地に倒れ伏し、泥濘の中嗚咽を洩らしながら啜る泥水は、苦みと蘞味えぐみと。


 それは、常日頃、自身の心に覚えていた物に他ならなかったのだ。

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