彼のすくわぶ

詩人(ことり)

本文

 唯一の友人が鳩である。

 しがない物書きである私は、最近、手料理を持って近くの公園に出向く。料理と言っても、焼いた鶏肉を食パンに挟んだだけの手軽なものだった。

 春は基本的に穏やかだ。怒ることは少ない人格で、きっと他の季節からもよく思われていることだろう。かくいう私も、春のことはなかなか嫌いになれない。花の繁殖に巻き込まれて鼻炎を患っている方々も多いが、それも春ではなく、春にかこつけてお盛んな植物に問題があるのだ。

 私は春は好きだが、花は好きでもない。花が目を惹く美麗な色をしているのは、虫を使って受粉を手伝わせるためだが、他者を利用して生息を助けてもらおうという、土の下に埋まっているその性根が気に食わない。しかも、その鮮やかな色で虫だけでなく、人にも良い顔をする。八方美人というやつだ。自分から相手の花に愛を伝える気概というものがない上に、そうやって周りに愛想と花粉を振り撒くのだ。仲良くなれそうもない。

 鳩はいい。ちゃんと交尾をする。自分で相手を見繕い、巣まで作って子を守る。一本筋が通っている感じがする。

 公園の椅子に腰掛けてパンと鶏肉を齧ると、足下を友人の鳩が横切った。彼の名前は知らない。なにせ、名乗られていないので知る由もない。家庭を持っているのかも、何を生業としているのかも知らない。けれど、その非対称な羽の柄だけは知っている。

 向こうもきっと私の名前を知らない。私も奴に名乗っていないのである。知られているはずがない。私が物書きであることも知らないに違いない。けれど、パンと肉を持った人間であることは知っている。

 そういう関係を友人と呼んでいいものか。私の中の常識は首を傾げるが、こういうのは言ったものの勝ちな節がある。誰がなんと言おうと、私とこの鳩は友人なのだ。

 足下をぐるぐると歩き回る鳩は、いつもの通り落ち着きがない。たまには私のようにのんびりと座って、自分の考えていることを文章にしたためでもしてみないかい。そう誘ったみたこともあるが、返事はなかった。考えてみれば翼ではペンが持てない。失礼なことを言ってしまったと反省したその日は、夕食を抜いて贖罪をした。

 怒っていないかと次の日も公園に出向くと、鳩は同じようにぐるぐると歩き回っていた。落ち着きがないのも、奴の特徴のひとつである。私がどうこうと言って変えてやるものでもない。鳩の方こそ、何を座ってやがるんだよ、たまには歩き回ってくるっぽーと一度でも鳴いてみやがれ、と私に言いたがっているかもしれない。けれど、それを言うのは無粋だと理解して、座る私を見守ってくれていたのだ。今となっては、私も鳩もお互いに何も言わず、それぞれの生き方を尊重している。

 ばさばさと羽音を鳴らして鳩が飛び立ったとき、私も帰路に着いた。明日も同じように会えるだろうと思っていた。

 翌日、鳩は現れなかった。一日中、座っていたが、あの非対称の柄を持つ鳩は現れなかった。こんなとき、お互いを知らなすぎると不便である。連絡のひとつも寄越してやれないのだから。昨日、奴が飛び立つ直前に名刺でも持たせればよかった。

 じっと座って考えるのが私の特徴のひとつだが、友人が行方不明であるにも関わらず落ち着いているような人格ではない。ここは奴に倣って、ぐるぐると周囲を歩き回りながら探してみようではないか。

 公園の周りを歩き出して二十三秒経ったとき、道路の真ん中に平たくなっている友人を発見した。非対称な柄が広がっていて、良質な絨毯のようだ。

 私はその亡骸を持ち帰った。拾ったとき、後ろで見物人が息を呑む音がしたが、関係はない。

 翌日、その肉を焼いて食パンに挟んだ。今までの鶏肉に比べれば、くせがある。嫌いではない。

 友人の肉とパンを齧る。公園に何羽もいる他の鳩は、どいつも綺麗に対称の柄で面白くない。

 手料理を食べ終わったころ、試しに歩き回って、くるっぽーと一言だけ呟いてみた。意外に面白いと思った。尊重などと言って、やってみないのも勿体ないことだ。

 ペンをあの嘴に咥えさせて、原稿用紙に奴の考えを書かせてみればよかった。

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彼のすくわぶ 詩人(ことり) @kotori_yy

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