第15話
デートをしようと決めたロイと真昼は波打ち際を走っていた。
潮風に乗って、真昼の苦しそうな笑い声が響き渡る。
「ぜひゅ~…!ぜひゅ~…!ま、待てー、ロイ!」
「えっ、ええっと…、つ、捕まえてみてください、父上~」
どこか困惑した様子のロイに、人間の身体能力しかない真昼では一向に追いつけない。
あげくの果てに真昼が息を切らして膝をついたのを見て、心配したロイが戻ってきた。
「ぜぇ…ぜぇ…ロイ、捕まえた!」
「捕まってしまいましたが、この追いかけっこには一体どんな意味があったのですか父上?」
「うむ!だいぶ忘却してしまったけど、俺の生きてた場所では仲の良いもの同士はこうして追いかけっこをして、愛情を深めるというのが定番だった気がする!」
「ほ、本当ですか?その話は…」
「あれ?深まらなかったかい?」
真昼がロイを胸の中に抱きしめた。密着して体から真昼の鼓動が聞こえてきて、ロイの胸が切なく締め付けられる。
「…いえ。…やはり深まったようです。それも、間違いなく」
「やったぜ!」
見下ろす真昼の顔を見て、こうして二人だけになったことが生まれて初めてであることにロイは気づいた。いつもは他の家族がいることが当たり前であったが、今日だけはこの笑顔を独占できることに胸が高鳴った。
「それじゃあ、今日は二人でたっぷり楽しもう!俺がロイをいっぱい楽しませるぞ!」
「…はい。どこまでも父上についていきます」
二人は手を取って歩き出した。
歩き回りながら、二人は楽しく会話を弾ませていた。子供の頃の思い出や、昔の荒れていた大地から比べて見違えるほど美しくなったこの場所について語り合い、家族の誰かがやらかした笑い話を交えながら、これからの夢や二人でやりたいことについて穏やかに話した。
ロイは思い悩んでいたことも忘れて大声で笑った。
やがて二人は、海の見える丘にたどり着いた。
水平線の向こうに、夕日がゆっくり沈んでいく。
「綺麗だね」
夕日に照らされた真昼は神秘的な美しさをまとっていた。白く長い髪が風にあおられキラキラと光っている。
「…っ!父上!」
ロイは言葉にならない思いに突き動かされるように真昼に抱き着いた。
「どうしたんだいロイ?」
「僕は…、僕は、貴方を愛しています!」
ロイの告白に真昼は笑って頭を撫でた。
「知ってたよ。俺もロイを心から愛してるよ」
「これでもですか?」
ロイは自身の顔を外した。
内から抑えきれない光が溢れ出し、真昼の顔をグズグズの肉塊に変えていく。
ロイは生まれた時から制御できない力を持っており、その力に真昼から切り取った肉体をかぶせることで人間としての形を保って、ナナ達と生活できていただけだ。
本当の自分は、誰であろうと焼き殺す破壊の化身。生まれた瞬間に真昼を焼き殺したことを、ロイは長年思い悩んできた。
「父上はなぜ僕のような存在を作ったのですか?なぜ僕は、貴方を心から求めてしまうのですか?」
自分のような人の形を借りているだけの存在が、愛する父を、母や家族を、そして世界を破滅に導くのではないかとロイは思っている。
「…さぁ?」
ロイの深刻な悩み相談に対し、真昼の答えはあまりにも軽く、ロイは思わずずっこけてしまった。
「いや…、さぁって、何かないんですか?こう、世界創造のために必要なピースだったとか、僕という力を効率良く使うために初めから親を求めるように定めていたとか…」
「全然!ロイたちができた理由なんて母さんたちが俺に内緒でいつの間にか子供作ってたからだし、俺はナナに襲われるまでは童貞だったからね!」
「それでどうやって僕たちができるんですか!?」
「さぁ?」
ロイは真昼の返答に脱力し、むしろ母親たちを問いただした方が良かったかもしれないと思った。
「ごめんね~。ロイが悩んでるなら、色々と答えてあげたいんだけど、俺本当になんも知らないからさ!あはははは~」
「……いえ、そうでしたね。父上はいつも僕たちに、何一つ隠すことなく生きておられました。
本当は僕自身が怖かったんです。…貴方に、嫌われるのが怖くて」
ロイは顔から漏れ出る光を内にしまいこんだ。
自身は醜いから、父にも同じ醜さがあれば、この気持ちにも言い訳ができると思っていた。
でも、真昼は真昼だった。今まで見てきたとおりの人間で、何一つ隠し立てのできない、偉大な人間だった。
「父上は僕のことを、こんな僕のことを愛していますか?」
「もちろん!」
ロイは、気持ちのままに真昼に抱き着いた。
もう、この愛おしい気持ちを、誤魔化すことはできなかった。
「あんな破壊の力を持っていても!?」
「あれぐらい光と闇に比べたら可愛い可愛い」
「同じ男でも!?」
「性別とか気にしたことなかったからいけるいける!」
「父上大好きー!!」
「はっはっは~!俺もロイのことが大好きだぞ~!」
「ではナナと同じことをしてください!」
「あっ、ごめん、今日はお父さん、男の子の日なんで無理なんだ」
「男の日って初めて聞きましたが!?」
女性の生理はあると知っていたが、男性に生理のような現象はあるんだろうか?ロイはかなり驚いた。
「や、やはり、僕が受け入れられないというのですか!?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、今日はそういう気分じゃないというか…」
「だ、大丈夫です!ナナから父上がその気でない時でも、ハッスルさせる方法は聞いていますし、僕頑張りますから!」
「二人で何話してたの!?って、本当に今日はまずいって言うか」
ロイが真昼の纏っていた衣をはぎ取った。
裸になった真昼を見て、ロイはこう思った。
――美味しそう。
「もうっ。こんな時間まで、二人でどこ出かけてんだか」
――初めての二人っきりなんだから、楽しくて時間を忘れてんじゃないの?
ナナが夕日に照らされた海辺を歩きながら、傍らを飛んでいるクロにぼやいた。
いつまでも帰ってこない真昼とロイに、ナナは苦笑しながらため息をついた。
「まったく…。ナナのお父様が喜ぶ108手をロイに伝授したせいで、きっと二人とも仲良くしてるに違いないわ」
――うわっ…。んなこと教えてたのかよ。引くわ~。
「なによ。家族皆仲が良いに越したことないんだから、これは家族円満のためよ。決して、さんざんいじめられたお父様を私が慰めてあげて、もっとナナに依存してほしいなんて思ってないんだからね」
――はいはい。お前たちの人間が持ってるっていう欲求に素直に従う姿勢は尊敬するよ。そのおかげでガキどもが産まれてんだからさ。…おっ?アレは親父とロイじゃねえか?
浜辺で仰向けになっている真昼の上に、ロイがまたがっていた。
ピクリとも動かない真昼の上で、ロイは激しく動いていた。
「うわっ。まったく、初めてだからって、ほどほどにしなさいよロイ」
――待て。
二人に近づこうとしたナナを、クロが異様な気配を感じて制止させた。
二人の気配に気づいて振り返ったロイの口からは、真昼の腹から伸びる臓器で血まみれになっていた。
声も出ないナナとクロに、ロイは無表情でむさぼっていた真昼の肉を飲みこんだ。その顔が悲壮に染まっていく。
「ご、ごめんなさい…。僕、ナナみたいに、できなかったよ……」
ロイの美しかった肉体が、内側から押し広げられるようにして歪んでいく。
小さな悲鳴をあげながら、醜悪な存在へと変化していくロイに、ナナが絶叫した。
「お父様ー!!」
視線は、ロイの下で、押しつぶされようとしている真昼にのみ向いていた。
ナナが全身から虹を全開放し、ロイへと攻撃が届く前に、ロイの内から溢れ出た光にその身を焼かれた。
「ロイイイイイ!!」
――何がどうなってんだよこれ!?
クロは状況を呑み込めずにいたが、ロイがナナを焼いている隙を逃さなかった。
歪に膨れ上がった肉にロイの顔が埋まりかけているせいか、クロはロイの光を紙一重でかわして、真昼の体を抱えて飛び去さることができた。
――リュウ!俺は親父を安全なとこに連れていくから、後を頼む!
空中ですれ違ったリュウはすでに地上のロイへと、口から破滅の力を吐き出していた。
カシュッ!
気の抜けた音が連続で響いた。
リュウの吐いたものは、夕日よりも海岸を照らし、全てを灰燼に帰した。
しかし、膨れ上がるロイはその破壊のスピードよりも速く再生している。
――あれじゃ、まるで親父の
クロの言葉は最後まで続かなかった。
ロイの体が花のように開くと、中から現れた光が全てを薙ぎ払った。
ロイの光に、海は沸騰し、空は裂け、地面はひび割れていく。天地が激しく震える中を、クロは真昼をくわえて懸命に飛んだが、光を避けきれずに体を焼かれ、真昼と一緒に海へと落ちていった。
――親父……!
クロの最後の声を、真昼はハッキリとしない意識の中で聞いた気がした。
……あれ~?
なんか、ロイにのしかかられて体を食べられたあたりから記憶がないや。死んでたかな?
それにしても暗くて呼吸もできない。
足場がないけど、ここってどこなんだろう?
――あっ!父様が起きた!
ありゃ?右手じゃん?どうしてここに?
――どうしてって、父様が海の中に沈んできたから、私が前から作ってた愛の巣(真昼専用監禁空間)に保護してあげたの!
そっか~。ちなみに、右手の地上の様子ってどうなってる?
――ん~。なんか、皆ものすごくケンカしてる。
え~、なんでだろう?じゃあ、ケンカ止めるためにここから出して。
――ふふっ、だ~めっ。せっかく父様が久しぶりに私と直に語り合える場所に来てくれたんだもん。久しぶりの夫婦水入らずで、いっぱいイチャイチャしようね父様!
あはは~。こりゃあしばらく出れそうにないな。
真昼は時折響いてくる、地上からの振動に、皆仲良くするんだよと、届かないエールを送っておいた。
仲違いがちな神様たち 一人神話創造記 cheese3 @cheese3
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